聖なる夜のハプニング38

スポンジを取り、顔についた泡を拭うと、片付けを中断して官兵衛は真田に座卓のところいにいるように促した。
真田が座卓の前に座って少しすると、コップに入れた茶を手に官兵衛が戻ってきて真田の前に座った。
「ほら、茶」
「か、かたじけのうござりまする…いただきまする」
真田はタジタジとなりながらもコップを受け取った。官兵衛は気にせずコップの茶を飲み、はぁ、とため息をついた。
「…小生が言うのもなんだが、お前さんらの軍のまとまりのなさは何なんじゃ。そんなんじゃやる前から勝敗は決まっちまうぞ」
「う……む…」
「それぞれ目的があることはいいこったがな、手前の目的しか考えられねぇ奴はいずれ滅ぶわ」
「…!それは、」
「間違ってたら悪いが、日本のため、なんてもんを考えているのは権現だけのように見えるぞ、小生にはな」
「……!」
真田ははっとしたように官兵衛を見、わずかに視線を落とした。ぐ、と膝の上で拳を握る。
官兵衛は真田の反応に肩をすくめ、視線をそらした。
「…確かに………それがしは徳川殿と戦うことを目的に、西軍に属しておりまする…」
「……別にな、手前の目的だけってのも悪いことではないさ。ただな、そうした目的ってのは大体勝負がついたら終わっちまうもんなんだ」
「…?それのなにが、」
「勝った後、目的を遂げた後、その後お前さんどうするつもりか考えたこと、あるか?」
「!」
官兵衛の言葉に不思議そうに顔をあげた真田だったが、続いた言葉に大きく目を見開いた。
「その後の事も含めた目的を持ってる奴、果たして何人いるんだかな」
「……」
「仮にも一国の主なんだろ?お前さんらの事にはこれっぽちも興味はないがな、その責任ってもんは負うべきなんじゃないのか」
「………」
官兵衛の言葉に真田は目をきつく閉じ、考えふさぎ込んでしまった。言い過ぎたか、と官兵衛はあたふたと腕を動かした。
「説教とは主もえらくなったものよなァ」
「吉継!!」
そこへひょっこり吉継が姿を見せた。論文に使うのだろうか、古い本をお手玉のように投げながら、居間に入ってきた。
真田は吉継を振り返る。吉継はにやにやと笑っていた。
「何を言い合っておったのよ。興味ないのではなかったのかァ」
「こういう無責任な戦いってのは嫌いなんだよ」
「よう言うわ…一番大事な戦いで捨てた主がそれを言うか」
「捨てたからこそだ…他人が自分と同じ道辿んの見るのも嫌いなんじゃ」
「……主も優しきよな」
真田のとなりに座った吉継は肩をすくめ、だがどこか柔らかい笑みを浮かべてそう言った。官兵衛は意外そうに吉継を見たあと、わずかに顔を赤らめ視線をそらした。
真田は二人の様子を見たあと、視線を落とし、膝の上で拳を握った。
「……確かに、某の目的は武田を率いるものとしては無責任なのかもしれませぬ、されど政宗殿には……」
「……主にとってどちらが大事かという話よな。プライドか立場か…」
「ま、立場を大事にしたところで正解とら限らんがな」
「……貴殿らは、某たちの戦をどう見ておるのでござりまするか」
「会って2日の者に聞きやるか」
吉継はけたけたと笑ったが、だが真面目な顔で身を乗り出した。