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もしこの道を進めたなら20

「…孤独、か。ワシは様々な者に囲まれている。それなのに孤独というのは変な話じゃないか?」
「囲まれていようがなんだろうが、貴様の心が閉ざされているのならばそれは孤独だ」
「……そんなことをワシが言ったら、皆どう思うだろうな」
苦笑混じりに言った家康を、三成はじっと見つめた。家康はぐ、と上体を起こし、ふぅ、と息を吐き出す。
「…お酒、」
「家康」
盃に伸ばした家康の手首を、三成はがしりと掴んで止めた。そのまま家康の手を自分の目線の位置まで持ち上げた。
家康は不思議そうに三成を見る。
「…刑部がいつだったか、こう言っていたことがある。全ての者に分け隔てなく優しい者は、その実誰にも興味がないのだと」
「…?」
「誰にも期待をせず、誰にも何も求めていない、だから誰にでも優しくできるのだと」
「…ワシがそうだとでも言いたいのか?そんなことはないぞ、ワシはこれでも無い物ねだりする質だからな」
「ならば聞くが」
三成は家康の言葉に、視線を家康の手から家康の目へと移した。

「今の貴様に、秀吉様と半兵衛様のような強い絆が……心から、友だと言える人間は存在するのか」


家康は、答えられなかった。答えようと開いた口は、家康の意に反して、何の音も発さなかった。
家康はそんな自分に驚いたように口をぱくぱくと動かした。すっ、と三成は目を細める。
「…言えないだろう」
「…いや、待ってくれ、ワシは…!」
「確かに貴様は絆に囲まれているのだろう。だがその絆は一方方向だ」
「………そんなことは……!」
「一つでもあるならばその人間が貴様の状態に気がつくはずだ!」
家康は三成の言葉にぐるぐると視線をさ迷わせる。

独眼竜。忠勝。そう頭に浮かんだ者はいた。
だが何故か言えなかった。言葉にはできなかった。

三成は畳み掛ける。
「貴様はついさっき、言えないと認めただろう。貴様には心を明かせる者がいない!」
「なんだよ!なんなんだ!何が言いたいんだ、三成!ワシをそう追い詰めて何がしたい!!」
家康は混乱する頭で叫んだ。掴まれた手でそのまま三成の着流しの襟をがしりと掴んでぐいと顔を近づける。
三成はぎろり、と臆せず家康を見た。
「貴様は今の自分を認めろ!自分から逃げるな!逃げているから孤独だと認めることができない!」
「寂しいって認めただろ?!それでもワシが自分から逃げてるっていうのか?!」
「そうだ!」
「なんだそれ!お前に何が分かるんだ!!」
家康は思わず、そう叫んだ。三成はわずかに驚いたように目を見開き、すぐに細めて家康の襟を掴み返し、思い切り。

家康を殴った。

「っ、」
思いがけない行動にバランスを崩し、尻餅を着く。三成はふん、と鼻を鳴らした。
「…貴様の事など知った事か。私が知った事か!!」
三成は怒りを込めた声でそう怒鳴る。家康は殴られた頬を抑えて三成を見た。三成は今にも抜刀せん勢いで怒りに震えている。
こんな事で、三成に怒られるのは初めてだった。
「…なんでそんなに怒るんだよ……」
「貴様のその腑抜けた姿に腹が立つ、それだけだ」
家康はぐ、と頭を膝の間に埋めて丸くなった。

もしこの道を進めたなら19

三成はどこか呆れたように家康を見、ちら、と忠勝に目をやった。そんな三成に、家康ははっとしたように忠勝を振り返った。
「いや、別にお前が特別じゃないとか、そういう意味じゃないからな?!忠勝!」
「!!!」
どことなくしょぼんとしていた忠勝は、家康の言葉にほっとしたように音を立てた。
三成はふん、と鼻を鳴らした。
「責められたい、戦いたくなかった、そう来て、寂しい、か」
「…お前は怒るかもしれないけどな……」
「………」
三成は家康の言葉に目を細めた。そして、ふ、と思い出したようにわずかに顔を傾けた。
「…そういえば、真田に、貴様は最初から私と共に天下を目指す心づもりだったようだと言われた時、何を思っていた」
「…三成、お前なんか、人の感情に敏感になったな……」
「戯言をほざく暇があるならさっさと答えろ」
「…」
家康は三成の言葉に薄く笑う。家康はわしわしと頭をかいた。
「ワシもそうありたかったと、急に思ったんだ…」
「…だから戦いたくなかった…寂しい、か」
「…もっと怒っていいんだぞ?三成。秀吉公に反旗を翻しておいてお前にそんな思いを抱いているワシを」
「私が何でもかんでも怒るとでも思っているのか貴様は」
家康がおずおずとそう言うと、三成はむすっ、と顔をしかめてそう言った。
家康はぷぅ、と唇を突き出す。
「だって事実すぐ怒るじゃないか」
「なんだと!」
「ほらまた怒った!」
「貴様が怒らせるようなことを言うからだろう!」
「怒りっぽい奴はみなそう言う、」
「イエヤスゥゥゥウ!!」
「わー!すまん、悪かった!」
わいわいと突如喧嘩になった二人に忠勝は一人ぽかんとしている。
三成は家康に馬乗りになるように家康を押し倒した。だが、家康の顔を見下ろしたところで動きを止めた。
家康は顔をかばうように上にあげていた腕の隙間から三成を見た。
「………貴様は今孤独か、家康」
静かな三成の言葉に家康は驚いたように三成を見、しばらく考え込んだ後、視線を斜め下へ逸らした。
「………分からない」
「……………」
「お前は孤独を味わった…そのお前にはそう見えるのか?」
「教えてなどやるものか」
ガンッと音をさせて、三成が刀を鞘ごと家康の顔の横に突き立てた。家康はもう慣れたのか、目を震わせることもしない。
三成はわずかに顔を歪めた。
「…貴様は自分自身の為だけに生きたことがない人間だ」
「そんなことは、」
「ある。いつだって貴様は他人のことばかりだ。…貴様は私と違い生まれついた時から大将になることが決まっていた身だ。だからこそ理解できないのだと考えれば合点はいく」
「…………」
流暢に話す三成に、家康はその話を黙って聞いてみる事にした。
三成はそのままの体勢で話を続ける。
「貴様は生まれた時から守るべき人間がいた。貴様を慕う人間がいた。だから貴様は孤独を知らん」
「………そうだな。少なくとも…一人きりだと感じたことはあまりないな。お前の過去は良く知らないが…」
「…知る必要はない」
「…寂しいのだとは分かった。だがそれが孤独と認めてしまえば、ワシは……」
「貴様のお得意の絆を否定することになるな」
家康は三成の言葉に、きゅ、と唇をかんだ。なまじ事実故に、言い返すことができない。
三成は刀をどけ、家康の上から降りた。

もしこの道を進めたなら18

「………自分の言うことが綺麗事だという自覚でもあるのか?」
「…綺麗事だとまでは思ってないさ。理想論と言われても仕方が無いとは思ってる」
「そう貴様を揶揄する者がいなかったとでも言うのか?」
「言っただろう?面と向かって言ったのはお前くらいだって」
「……影で言う者はいる、ということか?」
三成の顔が不愉快げに歪む。
そんな三成の表情に、家康はまた、寂しげに笑う。
「そう言ってそんな顔をするのもお前くらいだ、ははは」
「馬鹿にしているのか貴様!!」
ちゃき、と小さな音がした。くすくすと笑いながらそちらに視線をやれば、三成が腰元で刀を構えていた。
家康はむくりと起き上がり、降参と言わんばかりに両手を上にあげた。
「そんなんじゃないよ。皆お前のように本音を言えるような、強さというか図太さというか…そういうのを持ち合わせてはいないってことだ」
「……?何が言いたい。言いたいことは簡潔明瞭に述べろ」
「もうワシには、そうずけずけ言ってくれる人間がいないってことだよ」
家康はぽつり、とそう言った。三成はなんとなく納得したように刀を下げたが、すぐに怪訝そうに首をかしげた。

「何故それが悲しい」

「えっ?」
家康は予想していなかった三成の言葉に驚いたように三成を振り返った。三成は冷奴用の箸をビシ、と家康に突き付ける。
「自分がどんな面をしているのか分からないのか?その情けない面はなんだ」
「…悲しい……のか?」
「私にはそう見えるが」
家康はぱちぱちと瞬きをした後、自分の顔に手を当て、ふいに吹き出した。
三成は声をあげて笑う家康にあっけに取られたように家康を見た。近くにいる忠勝も困惑していろんな音を立てている。
「…気が狂ったか」
「はは、はははっ……」
「……何故泣く」

家康は笑いながらぽろぽろと涙をこぼしていた。忠勝はさらに困惑したか、さらに色々な音を立てる。
三成は刀を傍らに置き、家康の隣に座り直した。
「家康」
「は、は…ぁ、う…っ。ワシ、は……っ」
「…無理に話すな。どうせ夜は長い、嗚咽混じりの訳のわからない言葉を解読するくらいなら貴様が泣き止むのを待つ」
「………ぅ…………あ、ぁ…………」
家康は両手で顔を覆い、うずくまるように体を丸めた。三成はその隣で、話かけることもなくただ盃をあおった。忠勝は慌てたように二人を見たが、三成に任せることにしたのか、黙ってその場に待機した。


 「…………すまん」
「構わん。だが待ってる間に飲みすぎた、早くしろ」
家康はぐい、と目もとを拭ってそう言った。三成は家康を見ないまま先を促した。
家康は俯いたまま、小さく笑った。
「…よく分かったよ。ワシは、寂しいんだ」
「…またみっともない事を。貴様には本多がいるだろう。徳川第一の絆だと、豪語していただろう」
「…………お前はまた、別格なんだよ」

もしこの道を進めたなら17

「こうして味を楽しむ余裕がある状態で酒を飲むのは久しぶりだなぁ」
「随分と多忙なようだな」
「ワシ一応、天下人だからな」
「なるほどな」
家康は普段よりも早いペースで盃をあけた。三成は特に止めることはせず、好きに飲ませている。ふぅ、と家康は僅かに赤くなった顔で、三成がつまみにと持ってきた小さく切られた冷奴をひょいと口に放り込む。
「……三成」
「なんだ」
「少し考えてみたんだ。ワシは…多分お前と戦いたくなかったんだと思う」
「…………」
三成は黙って家康に先を促した。家康はふ、と息を吐き出して空を見上げる。空には変わらず月が輝いている。
「…それは後悔ではないのか」
「後悔ではない、と思う…」
「……誰かに明かしたことはあるのか」
「ないよ。だってさっき忠勝に我慢しているように見えると言われて思いついたことだし…話せるような状況でもなかった」
「話せる人間がいなかった…わけではないのか」
家康は三成の言葉にふふ、と笑った。酒の力か、どうにも気分が浮かれているようだ。
「………いるのかもしれないけど、言えねぇなぁ」
「…貴様飲みすぎではないのか」
口調が変わった家康に三成は眉間を寄せ、家康から盃を取り上げようと手を伸ばした。
盃を持つ家康と三成の指が触れる。
家康は大人しく盃を取られながらも、三成の指を触った。
「…あっちではな。ワシは、弱みがあってはいけないんだよ」
「…………」
「だから、口が裂けてもこんな弱気な事はきっと話せない」
「…ある意味当然だ。頂点に君臨するものが弱いことなど許されない」
三成は家康の手を振り払い、盃を盆の上に戻した。家康はごろんとその場で横になり、腕で額を覆うように腕を上にやった。
三成はふん、と鼻を鳴らした。
「秀吉様は決して今の貴様のような腑抜けた姿を見せることはなかった」
「…そうだな」
「それが貴様が屠った秀吉様が持っておられた覚悟の先の姿だ。貴様が否定した秀吉様こそが、今の貴様に必要な指標だ」
「…本気で言っているのか……?」
「私が嘘をつくとでも思うのか?」
家康は三成の言葉にちら、と三成を見て、またふふ、と小さく笑った。

かつて三成に言われた言葉が、思い出された。辛辣な言葉を吐く三成に、家康が忠告した時のことだ。
ーでは心にもない言葉を吐けばいいのか?貴様はそうやって生きるのか?

「…そうだな、お前は心にもない言葉を言える人間じゃあない……」
「………」
「…ワシは別に、そんなつもりで言ったんじゃあなかったんだ……」
「関係のない話を持ち出すな。そして貴様の過去の私と勝手に会話をするな」
即座に家康の事を見抜く三成に家康はどこか楽しそうに笑う。三成はそんな家康に、再びふん、と鼻を鳴らした。
「お前は、なんでそんなワシの事が分かるんだ?」
「…貴様が私に絡んでくるからだろう」
「何故かな、ワシの事を一番見抜いているのは、お前のような気がしてならないんだ」
「知った事か。確かに私は貴様の吐く綺麗事には耳を傾けないがな」
「…ワシの言う事を面と向かって綺麗事と言うのは、お前くらいだよ三成」
三成は家康の言葉にわずかに驚いたように家康を振り返った。
家康はどこか寂しそうに笑っていた。

もしこの道を進めたなら16

「…今でも時々思うよ。あの時ワシが説得出来ていれば、少なくとも……刑部を死なせることはなかったんじゃないかって」
「…それは、本当に後悔だな」
政宗の言葉に家康は困ったように笑い、どうしようもないけどな、と言った。
政宗はふぅ、と煙を吐き出した。
「…だが正直、自分の事だが諦めた事を責める気にもなれないな……」
「Ah?」
「ワシだって完璧なわけじゃない。…三成と敵同士になるなんて、考えたくもないよ」
「!」
政宗ははっとしたように家康を見た。家康は寂しそうな笑みを浮かべている。
家康のそのような表情は、あまり見たことがなかった気がする。
隠していたのだろうか。
「…あいつはそんな素振り見せなかったぜ」
「そうだろうな。決めたからにはそんな事を言うわけにはいかないだろう?」
「まぁ、そりゃそうだろうけどよ」
「…ワシに会ってみたいな……どんな気持ちだったのか、純粋に聞きたい」
「いくらあんたでも、言わねぇと思うぜ」
「…言わないんじゃなくて、言えない。……そう思ってるだろ?」
「……………」

分かってるなら言うんじゃねぇよ。
政宗は心の中で小さくそう呟いた。



 「…」
それから少しして、夕餉を終えた家康は縁側で空を見上げていた。天気が良い空には、ほとんどが欠けた、逆三日月型の月が輝いている。
忠勝はそんな家康の斜め後ろに座っている。
「…なぁ、忠勝」
「…!」
「ワシは、な。多分、三成とは戦いたくなかったんだ」
ぽつり、と家康の口からそんな言葉が漏れた。忠勝はしゅー、と音を立てただけで、家康の言葉を待つ。
家康はふふっ、と小さく笑った。
「おかしな話だろう?秀吉公と戦うと決めたのに、三成とは戦いたくないなんて。……でもそんな気がするんだ。今日、あの日の前までの三成と同じ三成を見て、な」
「…………………」
「あの戦の間、ずっと何かモヤモヤとしていた。それが何なのか、今でも分からない。三成のいう、ワシが無くしたものに、それは関係あるのかもしれないな…」
「…………!」
家康はごろん、と縁側に横になった。風は薄ら寒いが、普段より低い位置にいる分気にはならなかった。
「服も着ずに何をしている、家康!」
「!三成、」
ちょうどそこへ、着流しに着替えたらしい、ラフな格好の三成が姿を見せた。それでも刀は手放さないらしい、腰紐に引っ下げている。
三成は持っていた盆を縁側に置き、そのとなりに座った。どうやら長居するようだ、と判断した家康はのっそりと体を起こした。
「その見苦しい上半身を何とかしろ」
「見苦しいまで言わなくてもいいだろー?」
「見苦しいから見苦しいと言った迄だ」
「分かったよ」
家康はしぶしぶと部屋に落ちていた薄手の羽織を羽織った。三成はどうやら晩酌をしにきたらしい、盆の上には盃が2つ乗っていた。
「真田が土産によこした。付き合え」
「真田が?まぁ、お前酒に強いくせに好きじゃないからなぁ」
「御託はいい、さっさと飲め」
「っと、と」
放るように渡された盃を慌てて受け取り、家康は苦笑しながらそれに口をつけた。
こうして落ち着いて静かに酒を飲むのは、ひどく久しぶりのような気がした。酒を飲むといえば、近頃は宴会の時だけだった。
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