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もしこの道を進めたなら25

「三成、」
家康は驚いたようにそちらを振り返った。いると思っていなかった。
城下に下りるためか、きっちり鎧を着込んだ三成はどことなく不思議そうに家康を見ていた。
「朝から出ているとは聞いていたが、こんな所まで来ていたのか?」
「あぁ、元親に会ってな。見送ったところだ」
「もと……。長宗我部…なんとかか」
「うん、元親な」
ワシが言っているのに何故そうなる、と思いつつも家康はそう返した。
こちらのでの三成はあまり元親といい関係ではないのか、渋い顔をしてわずかに唇を尖らせた。
二人は並んで歩き出す。
「確か奴は四国の…。…なぜ大阪に?」
「大阪は食の流通が良いから食料調達に来たようだ」
「?そうなのか?」
「そうなのか、って、ワシも元親に言われるまで知らなかったよ」
「…まぁ、確かに流通に関して許可は出したが…」
「お前の城下だろ……」
家康は僅かに呆れたような困ったような顔でそう呟いた。三成はむっ、としたように顔をしかめたが、すぐに悔しそうに唇を噛む。
「…私に秀吉様と半兵衛様が行われていた事が、早々出来るか………」
「…!」
家康ははっとしたように口元を抑えた。三成はそんな家康の所作に気がつくと、ふん、と鼻を鳴らして薄く笑った。
「なんだその顔は」
「あ…いや、失言だったと思って……」
「別に…私がなっていないのはよく分かっている。それを未熟者だからと言い訳して逃げるつもりはない」
「待て三成、ワシはそういうつもりで言ったんじゃ」
「それも分かっている」
慌てたようにそう言った家康に、三成は静かに、だがそう即答した。三成の言葉に家康は驚いたように目を見開く。
三成はちらと家康を見、薄く苦笑を浮かべた。
「…私が貴様の言葉をしょっちゅう取り違えている事も何となく気がついてはいる。貴様が本気で私をなってないと馬鹿にしている訳ではない事は分かる、今のは冗談だ」
「……お前の冗談は慣れてないから体に悪い」
「な…ッ貴様、」
「冗談だよ、ははは」
「………っ」
三成は家康に乗せられたことに気がつき、むす、とそっぽを向いた。家康はすまんすまん、と笑った。
 しばらく二人は黙って道を進んだ。日はだいぶ沈み、辺りは暗い闇に包まれ始め、店店のぼんやりとした灯りが灯り始めた。
昼間の城下とは大分違う。昨日は帰り道はほとんど街を通らなかったから気がつかなかった。
「…大阪の街はこんな景色もあるんだな」
「?」
「こんな刻限に、ここに来たことはなかったから…」
「…確かにな」
三成はそぼそりとそう返しただけで、それ以上は言わなかった。
家康は三成の後ろについていきながら、きょろきょろと辺りを見ていた。夜になるというのに、街の人々には笑顔が浮かんでいる。
「…いいな。いい街だ」
「………秀吉様が亡くなられた直後に比べれば、随分と活気が戻ったものだ」
「!」
家康の言葉に三成はぽつり、とそう返した。家康は僅かに驚いたように三成を見、黙って三成の言葉を待った。
「…城も大方元通りなった。私には、広すぎる城だが…」
「……ワシが来る以外は…一人なのか?」
「一人ではない。豊臣軍の兵たちはまだ生きている。それに、一人部下もできた。今は少し出ているがな」
「!部下が?そうなのか!なんで最初に教えてくれなかったんだ?」
「貴様が知らないというのを失念していた」
「…はは、なるほどな。後でどんな男か教えてくれ!」
「知ってどうする」
三成は楽しそうな家康に呆れたようにそう言った。

もしこの道を進めたなら24

「……これはあいつを追い詰めたなぁ………」
「?どうした?」
「いいや、何でもないよ」
「……何でィ、なんかあったのか?」
元親はそう言って首をかしげた。家康は誤魔化すように明るく、にやっ、と笑う。
「いや、ワシがそこまで信頼されてるとは思ってなくてな!」
「!はっは、何でぇそりゃ!」
元親は家康の言葉にわずかに目を丸くし、ぶっ、と吹き出すとケラケラと笑った。
そんな元親に、疑り深い男でなくてよかった、と家康は密かにそう思った。勘のいい、人を疑う者だったら、家康の演技にもすぐ気付いていただろう。
ひとしきり笑い終わった元親は家康の顔を覗き込む。
「にしたって、どうしてそんなもしもを?アンタらしくもねぇもしもじゃねぇか」
「ん?んん…ちょっと三成と昔話に花を咲かせていて、裏切りの話になってな。豊臣時代にちょっとあったんだ」
「ははっ、まァこういう言い方よくねぇのかもしれねぇが、豊臣はそういうもん多くても不思議じゃねぇからなぁ」
「………秀吉公も半兵衛殿も、何か急ぐように進められていたからな…今ならその理由は分かるが…」
「へぇ?まっ、どんな理由があれ、俺は納得できねぇけどな」
「………そうだな」
元親の言葉を聞きながら、家康はす、と目を細めた。

ー奴の犯した罪を、なぜ誰も咎めない!?

戦の最中、三成がそう言っていたと、誰かが酒の席で口していたのを不意に思い出した。
誰もにとって、家康の裏切りは罪ではなかった。それを間違いだ、卑怯だと罵るものはいなかった。だからこそ、元西軍の者でもそう嘆く三成を、笑っていたのだ。

ーよっぽどその友って野郎が最低な野郎だったんだろうな、とは思うな

「……………」
元親の言葉が頭の中で反響し、家康は苦しげに目を伏せる。
「………三成……………」
家康の小さな呟き声は、街の人々の雑踏に飲まれ、隣の元親の耳にも届くことはなかった。


 「じゃあな!また近いうちに三河に邪魔させてもらうぜ!」
「あぁ、またな!」
家康に会うという目的を達成した元親は、食料を調達すると四国へと帰っていった。家康は港でその元親の一行を見送った。
船が見えなくなったところで、振っていた腕を下ろす。空を見れば、夕焼けに赤く染まっていた。
「……、帰るか」
家康はぽつりとそう呟くと、踵を返した。
人もまばらになった道を、大阪城に向けてとことこと家康は歩き出した。
「…本当なら、ワシは卑怯だと罵られても当然のことをした…だが」
だが、自分の今までの行いと豊臣の行いを見る周りの目が、それを卑怯だと見なかった。
豊臣は裏切られて当然だと見られ、家康の裏切りは正当な行為だと見られた。
三成にとって、これほど屈辱的なことはなかっただろう。
「…ワシは三成と同じ土俵には、立っていなかったんだなぁ……」
家康は寂しげにそう呟いた。

どれだけ三成に絶望を与えたのだろう。自分が三成を説得できないと諦め、目を逸らしていた間、三成はどれだけ苦しんでいたのだろう。
誰にも主君を裏切られた苦しみを理解してもらえず、それどころか当然だと冷たい目で見られる。

「………、………」
「何をぼんやりとしている、家康」
思わず立ち止まってしまった家康の後ろから、三成の声がした。

もしこの道を進めたなら23

「大阪は淀川もあるし、瀬戸内海とも接してる。内地の物も瀬戸内の物も、大阪を経由できるようになって一気に流通が良くなったんだ」
「へぇ…確かに、秀吉公がおられた頃は戦乱の混乱もあって、そこまでは回っていなかったからな…」
「あぁ、寧ろそんな事しちまったら懐まで侵入されやすくしちまう。いくら豊臣でも、仮に俺がそんな場所にいたとしても、流石にそれはしねぇしな」
元親はそう言って、にっ、と笑う。家康もその笑顔にふ、と笑った。
 家康は元親の食料調達に付き合い、少し話すことになった。バレるかもしれないのであまり乗り気ではなかったが、断るのも変なので何とか頑張ることにした。
「石田はどうよ?凶王の名前もだいぶ消えてきたようには思えるが」
「うん?あぁ、ここの町の者達ともうまくやっているみたいだ」
「そいつァ何よりだ。存外あいつも、悪い奴じゃないみたいだしよ」
「三成は意外といい奴だぞ。あの性格のせいで誤解はされやすいけどな」
「ちげぇねぇ」
元親は家康の言葉にカラカラと笑う。家康はこちらでも変わらない友の姿にほっとしたように小さく笑った。

今現在、まだ彼とこのように話すことは、できていない。
元親は家康に責任を感じているのか、会おうとしてくれない。気にしていない、寧ろ、どんな形であれ三成に味方してくれたことをある意味感謝してすらいる、そう思っていた。
それをどうすれば彼に伝えられるだろう。忙しい時の合間合間でずっと考えていた。

本人に聞けば分かるかもしれない。家康はふとそう思った。
「…なぁ、元親。ちょっと相談に乗って欲しいんだが…」
「んん?アンタから相談たァ、珍しいじゃねぇか。なんでも聞けよ」
「実は一人…他の者の影響でワシを誤解していて、後々誤解は解けたんだが、それを酷く気にしている奴がいてな。ワシは彼と仲直りしたいんだが、どうにも向こうが申し訳なさからか会ってくれなくてな……」
「へぇ…そんな事があったのか。アンタにしちゃ珍しいな」
呆れたように言う元親にお前のことだよ、とは言えず家康は曖昧に笑った。
元親はうーん、と腕を組んで唸る。
「そうだなァ…俺ならまず無理に押しかけるな!」
「お、押しかけるのか?」
「おう!まずは話をしねぇことには始まらねぇからな!」
そう言ってカラカラと笑う元親に家康はわずかに目を見開き、すぐに納得したように笑った。
元親はこういう男だ。そんな彼が、自分から逃げている。彼にとって、自分を裏切ってしまったことがどれだけのダメージを与えたのか、何となく理解できた気がした。
「…元親」
「ん?」
「お前、もしワシが友を裏切ったことがあると言ったらどう思う?」
家康の発言に元親は驚いたように目を見開いた。家康はもしもの話だ、と付け足して元親の反応を待つ。
元親は再び、うーん、と唸った。
「…アンタが裏切るってのは想像できねぇからなぁ…こう言い方はあれかもしれねぇが、よっぽどその友って野郎が最低な野郎だったんだろうな、とは思うな」
「!」
家康は元親の言葉に大きく目を見開いた。家康の反応に元親は僅かに驚いたようにたじろぐ。
家康はかくかく、と顔を動かした。
「…ワシに原因があると、ワシを裏切り者と罵ることはしない、と?」
「え?うーん……もしもの話だろ?誰を裏切ったかによっちゃあ変わるかもしれねぇけどよ、にしたってアンタが裏切るってのはよっぽどのことだろ。相手が悪いとしか思えねぇけどなァ」
「…………なるほどな」
「少なくとも、アンタを知る人間は皆そう思うと思うぜ」
「……そう、かぁ………」
家康は目を伏せ、ふぅ、と息を吐き出した。

もしこの道を進めたなら22

「………………」
一人残された家康はぽかんとしてしまう。忠勝はそんな家康にわたわたとしている。
「…は、はははっ!」
「!!」
突然笑い出した家康に忠勝は仰天して飛び上がった。家康はそんな忠勝に驚いたように忠勝を振り返り、すまんすまんと笑った。
「…忠勝、ワシはどこかで三成を馬鹿にしていたのかもしれないよ。いくら世界が異なるとはいえ、三成がああ言うとは思いもしなかった。いや、普通に考えれば分かったはずだ、今日の三成の態度を見ていれば…」
「………」
「…どうして三成がワシに何かを気付かせようとしているのか、その意図は分からないが…」
「……!」
「ん?はは、それはないというのは流石に分かるよ、忠勝。三成がワシを後悔させようなんて、そんなまどろっこしい事を考える男ではない、それくらいは知ってる…」
家康は最後はどこか懐かしそうにそう呟いた。忠勝はふしゅー、と小さく音を立てる。
家康はふふ、と笑って腰をあげた。空に見える月を見上げる。
「三成やお前のおかげで、何となくモヤモヤしていたものが何なのか見え始めてきたような気がするよ。それを見るのは正直怖いが……今の現状を考えると、見ないでそれから逃げるのはワシだけでなく、日ノ本の為にもよくない、何故かそう思うんだ」
「……!」
「果たして元の場所に戻ることができるのか、それは分からないが…どちらにせよ、ワシはもう逃げてはいけないな。今までは、色々なものから逃げすぎた」
家康はそう言って、自嘲気味に笑った。


 翌日。家康は思わぬ来訪者と出会う事になる。
政務に勤しむ三成の邪魔はできない、と家康は町に出た。江戸に移った家康にとって大阪の町を訪れるのは久しぶりの事だったから、もう一度行きたかったからだ。
活気な町を歩きながら、家康はぽつりと呟く。
「…あちらではワシはこの町からも逃げていたな…今度時間を見つけて出向くか…」
「おい、家康じゃねぇか?」
不意に、後ろからそんな風に声をかけられた。家康は驚いてそちらを振り返った。
「やっぱりだ!家康じゃねぇか!」
「も…元親か?!」
そこにいたのは四国の長、長宗我部元親だった。元親はぶんぶんと手を振り、家康に走り寄ってきた。
「久しぶりじゃねぇか!なんだ、大阪に来てたのか?」
「あ、あぁ、まぁな」
がしっ、と肩に手を回されたところで家康は彼が自分の知る彼ではないことを思い出し、慌てて話を合わせた。
元親は気がつかなかったようで、にこにこと笑っている。
「関ヶ原の時ゃ、大して手伝えなくて悪かったなァ」
「い、いやいやそんなことはないよ」
いまいち良く分からない家康はそう返すしかない。
「にしたってぇ、なんで大阪にいたんだ?お前に会いにこうと三河に向かう前にここに寄ってよかったぜ!」
「えーと、三成に会いに来ていてな。そっちこそ、どうして大阪に?」
「ん、食料調達にな。大阪は今や食通の要になってっからなぁ」
「そうなのか?」
「へ?」
意外な言葉に思わず家康はそう聞いてしまい、元親は不可解そうにきょとんと首をかしげた。
家康はしまった、と慌てて視線をさ迷わせた。
「ま、三河は大阪から離れてるしな、知らなくても無理はねぇか。いくら石田と同盟関係にあるとはいえ、そっちはそっちで忙しかったろ」
だが元親は気にせずそう続けた。家康は気づかれないように、ほっ、と息を吐いた。

もしこの道を進めたなら21

「……これ以上何を認めろというんだ」
「………」
「さっきのだって認めたくなかったんだぞ、皆を否定するようで……」
家康は顔を埋めたままそう苦しげに呟く。三成は何も言わなかった。家康は顔を上げない。
「…否定したところで何だというのだ。誰も貴様の心など理解していないだろう」
「三成!」
「違うか?」
家康はぐ、と唇をかんだ。
ー貴様が否定した秀吉様こそが、今の貴様に必要な指標だ。
ふっ、とさきほど三成に言われた言葉が思い出された。
家康はわずかに顔をあげ、三成を見た。
「…みっともないと笑うか?」
「何?」
突拍子もなくそう言い出した家康に三成は眉間を寄せた。家康は覗き見るように三成を見たあと、視線を落とした。
「さっき言ってたろ、秀吉公は…」
「秀吉様は貴様とは違う」
「そうじゃなくて、」
「貴様は秀吉様を否定した。ああ言いはしたが…否定したからには貴様は秀吉様のようにはなれん」
「…………なる気はないよ」
家康は三成の言葉に目を細め、そう返した。三成はそう言ったわりには家康の言葉に不服そうに家康を見たが、なにも言わなかった。
家康は視線を庭に向ける。昼間いた蝶はいない。
「…だけど…一人になるのは……ある意味当然だよ、な…」
「なぜそう思う?」
家康は埋めていた腕の中から顔をあげた。
「天下人はそんなものだろう?秀吉公には半兵衛殿がいたが…信長公も結局は一人だ」
「……頂点に君臨するものは常に勝ち続けねばならない」
「そうしたようにはしたくなかった…それでも、」
「誰もが貴様を別格と見ている、か?」
「そうだな…一人、同等に接してくれるのがいるが、今のお前ほどじゃ、ない…」
三成は家康の言葉に拍子抜けしたように家康を見たが、すぐにふんと鼻を鳴らし、馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに家康を見た。

「貴様は貴様だ。貴様が何になろうと、貴様が私を裏切らない限りその態度が変わることなどあり得ない」

家康は、三成の言葉に目を見開いた。三成はそんな家康には気がつかないまま、言葉を続ける。
「私は直接貴様に裏切られたわけではないからな。貴様が何になっていようと態度が変わるわけが無いだろう。友だなんだと言っておきながら、貴様は私の何を見ていた?大体貴様はいつもそうだ、他人の所業を自分のせいだと勝手に判断し問い詰めることもしない、全く貴様はお人好し……」
つらつらと家康への文句を並べていた三成は、その時になってようやく家康の様子がおかしいのに気がついた。
家康はぽかんとして三成を見つめていた。
三成はむっ、と顔をしかめ、どんと刀で床を叩いた。
「話を聞いているのか貴様!」
「………え、あ、う、」
「聞いていなかったな?!もういい!」
「わーっ待ってくれ!!聞いてた聞いてた!ちょっと予想外だったから反応できなかっただけだって!」
ぷんすかしながら立ち上がった三成を家康は慌てて引き止める。
「言い訳はどうでもいい!長話が過ぎた、私はもう寝る!」
「ええええここで?!この状況で!?というよりお前ちゃんと寝るようになったんだな!」
「貴様は私を何だと思っているゥゥ!」
完全に怒りスイッチが入ってしまった三成は、げしっ、と家康を蹴ってはぎ倒すとずかずかと部屋を出ていってしまった。
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