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福島の役割

5月から継続して調査しているガラスバッジの他に、小学校の先生も使用している携帯型積算計量機を少し前から我々も使用しています。
これの単位は1ミリシーベルト。
小数点が2つ後ろにつくので「00.00」こんな感じです。
最初の数日間は0から動かず10日程過ぎて0.05くらいになりましたつまりは50マイクロシーベルトということで、1日5マイクロシーベルトくらいということでしょうか。
この計量計はほぼ家の中で過ごしていますがこの計算数値のまま行くなら5×365で1825で年間約2ミリマイクロシーベルト。
外で動く時間や震災直後の濃い時期を計算に入れると今年の常葉は大よそ5ミリマイクロシーベルトくらいになると予想されるようです。
勿論、内部被ばく等も計算に入れるとまた違ってくるのですが。

正直、放射能数値にこれ以下なら絶対安全という保障はありません。
ただ、基準と言われる1ミリマイクロシーベルトは中通り、浜通りに住む限りは絶対に無理なので、これはもうある程度割り切っていくしかないでしょう。

後は放射性物質と以下に付き合っていくか、です。

あるお肉屋さんのお話ですが「セシウム牛と言われる牛は放射能のついた稲わらを食べたから内部被ばくした。逆に言えば稲わらを食べていない、震災以前の建物内にあった餌を食べた牛からはセシウムは検出されていない。要はこれも人の意識が招いた一種の人災だ」
ということ。
放射能がまき散らされてしまったのはもう、どうしようもないこと。

でも、一人一人がちゃんと意識して対応すれば、状況悪化は食い止められると思うのです。
文句ばかり言っていても始まらない。

私達自身が踏ん張って、未来の為に「これ以上」を食い止めることがこの震災の当事者たる私達の役割だと思います。

毎日の測定も、未来に向けてのデータを残すその一歩。
それをモルモットと言う人もいますが、私はある意味それでもいいと思います。
今なお飯館村に残る方も多いですが、あの方達は飯館村を放射能対策のモデル地域とする考えを持っていると聞いたりしました。

福島が放射能汚染地と言われても、そこからどう立ち直っていくかを未来に伝えられたら、それはそれで意味のあることではないかと思うのですが皆さんはどう思われますか?。
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