たまたまマンガ雑誌を買いに行って、会計を済ませて帰ろうとした時、私の足を止めた一冊の本がありました。
「フクシマの正義 「日本の変わらなさ」との戦い」
帯のフレーズが「デモで原発は止まるのか?」
思わず手に取り立ち読みパラパラ。
大学研究員の書くいわゆる論説集なので、しっかり読むにはちょっと根性が要りますが、読み始めると止まらなくなってしまいました。
福島を取り巻く現状や、その他この間のデモについてや「まるごと博」のようなことについてまで、私が震災以降感じていた色々な違和感について、しっかりとした目線から説明してくれるようであったからです。
立ち読み15分の後、購入。
今までずっと読んでいました。
瓦礫の受け入れも拒否も『善意』
再『宗教』化する社会現象
善意と善意のぶつかり合いや、自分の信じる正義という名の宗教の残酷さ、冷酷さを私はこの一年半でたくさん見てきました。
この本の中である50代の女性が言った事としてこんな言葉が載っています。
「東京の人は普段は何も関心がないのに、何かあるとすぐ危ない危ないって大騒ぎするんだから。
一番落ち着いているのは地元の私達なんですから放っておいて欲しいと思います」
この「東京の人」というのは別に東京に住んでいる人だけを指すわけではなく、たぶん福島の原発事故を
「自分とは関係ないところで起きていること」と思う人のことを言うのではないかと私は思いました。
「西日本のキレイな土地を汚すな」と言い、岩手の米を「セシウムさん」と呼び、福島のささやかなイベントを「傷害罪」だという方々のことを…。
他にもいろいろと思うことがあり過ぎてまだ全部は読み切っていません。
でも、しっかり読んでもっと良く考えたいと思います。
福島で生きて行くという事。
フクシマの正義を。