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幸せにならないといけない子たち。

おじいさんとジロさんのはなし

あの震災から2カ月が過ぎようとした頃、
「圏内に置いてきてた犬を救出したい」とシェルターに依頼がありました。
おじいさんが可愛がっていたという犬の名前はジロさん。
「警戒心が強いから捕まらないかもしれない」という家族の心配をよそに
ジロさんは自宅の前でお行儀よくレスキュー隊を待っていました。

しかしジロさんは大好きなおじいさんと再会することが出来ませんでした。
震災以降すっかり体調を崩してしまったおじいさんは
ジロさんが無事に保護されたことを知ると
まるでホッとしたかのように静かに息を引きとったのだそうです。

人なつっこいジロさんはすぐにシェルターのアイドルになりました。
その姿を見てレスキュー隊員は思ったそうです。
「おじいさんはとっくにジロさんに会いに来て可愛がられるコツを伝授してから旅立って行ったんじゃないだろうか?
「愛想良く!げんきに!しっぽ振って保護されるんだぞ!」って。

ジロさんは大好きなおじいさんの教えを守って、おじいさんの分まで幸せになろうとしているのかもしれません。


これは月曜日の田村祭にいらしていた動物救出ボランティア「にゃんだーガード」の方のコーナーに貼りだされていたパネルにあったお話です。
縁あって震災被災犬のコロを保護している身としては足を止めずにはいられませんでした。
にゃんだーガードは以前、ここでも少し書いたことがありますが、震災後警戒区域に置き去りにされたペットたちの救出の為に警戒区域に救出に入り、救出された犬猫を保護しているボランティア団体です。
大越町に第二シェルターがあり、最近三春の古いホテルに元は仙台であった拠点を移して活動されています。
震災直後、大熊町の方の多くはバスで、数日中には戻れると信じてペットを置いて避難してきたと聞きました。車で避難した方の中には犬や猫を連れてこられた方もいて、
「犬の為になんとか毛布を分けて貰えないか」と仕分け担当である私に尋ねられ、でも人間にも望むだけはいきわたらなかったあの当時、犬の為には渡せず、古着の暖かいものを分けるのが精一杯でした。
この寒さの中、可哀想で申し訳ないと思いましたが、今思えば家族と一緒に逃げられた分、まだ幸せな子であったのかもしれません。
震災後、警戒区域に取り残されたペットたちは数千を超えるとされ、そのうちのかなりが命を落としました。
にゃんだーガードをはじめとする、ペット救出ボランティアに救出された子、我が家のコロのように自力で山を越え、警戒区域の外で保護された子などもいますが彼らも間違いなく、原発事故の被災者です。
こんなことが無ければ家族の元で幸せに暮らせていた筈なのに。

でも、いくら泣いても憤っても時は戻ることはありません。
失われた命が戻ることもありません。
だから、私達(被災者全て犬猫、動物たちも含む)はジロさんのように、失われた命の分まで絶対に幸せにならなければならないのだと思います。

にゃんだーガードの代表の方は福島に住民票を移して活動されているとか。
その精神と行動を心から尊敬します。
そして今もまだ家族の見つからない動物達が一刻も早く家族の元に帰れるか、新しい家族の元へ行って幸せになれるように祈らずにはいられません。

私は猫アレルギーがあるので猫に近づけず、シェルターに手伝いに行くことはできないのですが、その分募金をしたり、我が家のコロを精一杯可愛がっていきたいと思います。
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