お菓子を食べるってとっても気分をいいことだよね?
お菓子を食べたあとのちょっとした満足感、安心感は誰だって感じるシンクロニシティー。
否定なんて出来ないはずだ!
誰だって満たすためにお菓子を食べる。私だって食べる(今の場合一人称はウチにすべきかな?)
今日だってるんるん気分でお菓子を買ってきて食べたんだ。ちゃんと許可はもらったしね(それ重要)
食べ過ぎると太るけどね。最近、太ってきたし。今も現在進行系で太ってますしー。
それでも、痩せるより、お菓子食べたいんだよねっ。
楽しいじゃん、食べるの。
まだ生きています。
でも、最近、悪い予感というか胸騒ぎがしててます。また鏡に映った私の顔が死んでる人みたいでしたので(笑)
あ、話が変わるのですが。
時々、過去の記事をみると創作(ただの駄文)サイトを運営していた名残があったり。
だいたいは幼稚な文章で痛かったりな記事ばかりです。
最初はここはメンタル系のブログにするつもりではなく。
主にサイトの報告や日常日記メインにするはずでした。
だが、よくよく考えてみると文を書いているのは主に基本的な人格であって日常を送っているのは中の人でした。
しかも、一番人間と関わってて一番余裕がなかった時期だった。
だんだんとメンタルというか愚痴というか……そういったブログになっていきました。
あと、最近は曖昧にというか。主に生活をしているのは私なので。
ここのブログで一人称を分けて使用することが少なりました。
それに時間が経つと一人称も変わってきますね。
今の生活は私一人が外に出ても事足りるのです。
ただ、喜怒哀楽を少ししか感じられないのはちょっと寂しいですね。
人並みの感覚かそれ以下って感じです。
まぁ……激しい憎しみを抱くよりはいいかなって思いますが。
私達の人生が終わるとしたら悲しいことではない、ですね。
死にたい、と常日頃から考え思っていましたから。
悲しむ事柄ではないのです。
遅かれ早かれみんな死へと向かっています。
現在も確実に。
だから、無理に死ぬ必要もないのです。
でも、この世界は無情なことも多いので受けいれることが出来なかった時に。
無理に死ぬことがあるかもしれません。
生きていくだけでは人生ではないと私は思っています。
私は無理に死んでしまったとしても、はたまた事故だったとしても。
私の人生は怠惰として終わるのでしょう。
それもいいかな、と感じている私はやはり……。
ただ、残された人はどんな感情を抱くのか私は怖い。
関わった人間がはやく私を忘れてほしいと願うばかりです。
私は死ぬことに迷いはないのです。
だから、私が死んだことを哀れに思わないでほしいです。
この日記は遺書とは違いますが、明日(今日)で何があるか分からないので残しておきます。
私は過去の辛い経験は一切ない気がする。
どっちかというと今が辛いのだ。今、生きているのがとことん辛いのだ。
もうやってらんねーってくらい。
昔つらかった思い出は?なんて聞かれた時に。
それは私ではなく、私の中にいる人にしか分からないことだと思う。
いや、私は昔あった出来事は言えるんだ。
ただ、気持ちは推測でしか計れないだ。
嫌な思い出だろうなっていうことでも私は笑って言えるほど他人事な自分の現実なんだ。