桜見丘

 きゃあきゃあとはしゃぐ子供の声が聞こえる。二人、いや三人か。女の子が川縁の土手の上に立つ桜の木の下で、顔を合わせて笑いあっていた。
 一番小さな子は、小学校に上がったか上がらないか位で、後の二人は制服から察するに地元の中学生のようだ。姉妹なのだろうか、どことなく顔立ちが似ている。

「ふふ」

 その微笑ましい光景に我知らず体を揺すって、声を出して笑ってしまい、あわてて普通の車を装う。今ではトランスフォーマーの存在は広く認知されているし、この地域の人間は我々に対して寛容だが、突然トランスフォームして驚かせたりはしたくなかった。幸いにも彼女達は橋の上の車…俺に気を止める事なく、
楽しげに花見を続けている。

 この惑星に居を構えたのは随分昔の事だ。
大きく変わった所があれば、変わらない所もある。例えば目の前の穏やかな光景は、人や時代が代わろうとも、この土地に不変的に有る。
 笑い合える誰かがいるってのはいいもんだな。そうひとりごちていると、ぶわっと強い風が吹き抜けた。それは少なくない量の砂ぼこりを巻き上げ、少女たちは口をつぐんで目を瞑り、身を竦ませる。それは時間にして二・三秒程だったか、再び目を開いた少女達が空を仰いで感嘆の声を上げた。

 爽やかに晴れた青空で、無数の薄紅が踊っている。先の突風が造り出した桜吹雪は花弁を高く舞い上がらせ、少女達を、川辺を、橋を鮮やかに彩る。
 そんな中、少女の内のひとりが瞳を輝かせながらこう言った。

 五回連続で、桜の花びらが地面に落ちる前に捕まえる事が出来れば、恋が叶う
。と

 帰り道。空の青が柔らかな金を帯びはじめる頃。さりとて黄昏時には少し早い、そんな時分。再び土手の橋の上を通ると、少女達は既に家路についた様で、付近には人っ子一人見当たらない。
 トランスフォームして件の桜の隣に立つ。そうして手のひらを広げ、風に揺らめく花びらを受け止めようとするが、それが思いのほか難しい。
 しばらくチャレンジしていたが、人間の小指の先程しかない花びらは、トランスフォーマーにとって砂粒と大差なく、小さく肩を竦め、結局その場に腰を下ろして花見に専念することにした。



  *  *  * 




「ただいま〜」

 なにとなくぼんやりしている間に空は茜色にかわり、家に着く頃には濃紫になって宵の明星が西の空に輝き初めていた。少しのんびりしすぎたかなと思いながらカラカラと引き戸を転がし、玄関を開けて奥にいるパーセプターに声をかける。そしてはたと思いだし、床に上がる前にと玄関の脇に備え付けられているエアーダスターで砂ぼこりを吹き飛ばした。春先は黄砂やら花粉やらでどうしても汚れやすい、特に今は、何やら繊細な機器を研究室から持ち帰っているらしいから、何かと気を付けなければ。

「お帰りドリフト……おや」
「ん?」

 奥からパーセプターが顔を出し、いつものように俺を迎えに来てくれた(お帰りの一言を言うためだけに彼はいつもやって来るのだ)(俺はそれが嬉しくて玄関で彼を待つ癖がついてしまった)のだが、パーセプターは何かを見つけたのか、オプティックをチカチカと明滅させ、きゅるりと肩のスコープを俺に向ける。

「どこで寄り道をしていたのかと思えば…また花見かい」
「?え、ああよく分かったでござるな」

 俺が首を傾げると、パーセプターが近づいてきて指先でちょいちょいと頭を下げるよう示す。素直に方膝をついて姿勢を低くすれば、自分では見えない頭の上から、パーセプターがそうっと何かをつまみ上げた。

「ほら」

 パーセプターが見せてくれた何か、は薄紅の桜の花びらだった。

「まだ頭の上についているよ」

 一枚、二枚……計五枚の花びらがパーセプターの手のひらにのせられる。

「ふふ」
「なんだい、何か面白い事があったのかい」
「いや、何でも無うござる」

 さてこれは成功した内にはいるのだろうか?かがんだ態勢のままパーセプターの手のひらに頭を擦り付けると、彼は少しばかりオプティックを丸くして、そして柔らかく笑い俺の頭を一度撫でた。

「よくわからないが…花見がそんなに楽しかったのかい?」
「まあそんな所だ」