――夢を 見た
【pain】
一条の光も差さない…真っ暗な部屋、黒と静寂が支配するその部屋で、不思議と俺の姿だけははっきりと見えた。
凝り固まる黒
この場所で、俺だけが異質だとでもいいたげに、腕に 脚に 指先に絡みつく。
「…出てこい、そばにいるのはわかっている」
途端に絡みついて来た黒が何かに怯えるように霧散し、カツン…カツンと硬質な足音が徐々に近づいて来る
『…久しぶりだな、兄弟』
声の方向に目をやれば、そこには闇があった。
赤い瞳
黒より黒い、漆黒の闇を身にまとう奴は…いつも俺を兄弟と呼ぶ
「俺に兄弟機はいない」
『つれないな』
冷たく言い放って睨み付ければ、奴は僅かに口端をあげ、ゆるりと微笑んだ。奴が現れると、決まって俺は強烈な焦燥感に駆られる。重要な何かを置き忘れて来たような。何かを閉じ込めているような
『…お前は、いつまで過去を置き去りにする気なんだ』
「何のことだ」
『本当は気付いてるだろう』
「知らないな」
俺の頑なな態度に、奴はやれやれと肩をすくめ、ずいと近寄って来た。
思わず後ずさろうとして、いつの間にかできた壁に背がぶつかる。俺の動揺を見て奴はまた笑い、顔が眼前まで迫る。
『殺せ』
「…っ」
囁くように滑らかに、しかしはっきりとした声が俺を射抜く
『殺せ』
「や…め」
思考回路が混線し、奴の声にかぶって酷く懐かしい…メモリの奥に響く声が、俺の思考回路を浸食しようとする。
* * *
「あ…た、助けてくれ殺さないでくれ!!私はただ―――」
眼前で無様に命乞いをする男を、一刀のもと両断する。断末魔すら上げられずに男の首がゴトリと床に落ち、生暖かいオイルが切断面から吹き出て、俺の頬を濡らす。何と無く落ちた首を一瞥、その表情は極限の恐怖のために醜く歪み、青いが光の失せた両眼は既に濁っていた。
特に何の感慨も無くソレから視線を外し、目指す部屋へと歩を進める。
とうに日の暮れた夜闇の中、天には白銀に輝く満月が座し、地上に淡い光を投げかけていた。その青白い光に照らされ、流血で彩られた惨劇の舞台は、まるで質の悪い三文芝居のような、乱世では珍しくもないありがちな光景
奥の方から、バタバタと数人の男達が現れ、俺の周囲を取り囲んでいく
「畜生!ディセプティコンめ、よくも…ぶっ殺してやる!」
「今すぐ地獄に送ってやる!!覚悟しやがれっ!!」
襲いかかってくる男達を、どこか他人ごとのように感じながら、ぽつりと呟く
「天国でも…地獄でも、この憂き世よりマシなら喜んで行くさ。」
* * *
『なあどうしてだ?今までずっと仲良くやってきただろう』
「黙れっ!!」
俺の右拳が奴の左頬を捉え、鈍い音と同時、奴は数メートルも吹き飛ばされ、右肩から床に叩きつけられる。本当はすぐにでも刀を抜き、両断してやりたかった。
「な…ぜ……」
奴を殴り飛ばした右手が震える。
来るはずのない左頬からの衝撃に膝が力を無くし、ずるずると床にへたり込む
『…当たり前だろ兄弟、俺は…俺達は間違い無く一つの個体なんだからな』
「……馬鹿な」
茫然と奴を見据えたまま、奴の言葉が何度も頭の中でリフレインされた。
殺せ!!
* * *
「 !!」
(……声?)
「ド…っ!!」
(誰…だ…よく知ってる)
「ドリフトっ!!」
「あ――」
急に視界が開け、黒のかわりに飛び込んで来たのは、抜ける空のような青い光。ぱちぱちとまばたきをし、目だけで辺りを見回すと、ここは基地の仮眠用ベッドの中
思い出した
任務が終わって
メンテナンスもし終わって
その後
パーセプターと約束を…していた
ここ数ヶ月…互いに任務続きで気が滅入っていたから、散歩がてら気分転換に出掛けようと
「パーセプター、俺…は…」
「ドリフト、一体どうしたんだ…酷く、苦しそうだった…まさか異常箇所があったのか?」
ベッドの中に半身を乗り出し、心配そうに俺の顔を覗き込む
「いや、大丈夫だ…ただ…」
「ただ?」
…黒い影
俺の過去
拭えない罪
俺 は 、たくさんの命を…
「ぃ゛っ!〜〜っ!!」
「ドリフト!?」
突然頭部に正体不明の激痛がはしり、我知らず呻き声をあげて眉をしかめる。
「今ラチェットに連―
「待て!!」
通信機を作動させようとしたパーセプターを制し、痛む頭部を押さえてベッドから下りる。
「心配させてすまない…だが俺は大丈夫だ、異常はない」
「…しかし」
「大丈夫だ」
夢の内容を、一つずつブレインから削除すれば、それに比例して頭部の痛みも消えていく
「本当に、大丈夫だ」
「………ドリフト」
あんな夢など忘れてしまえ
「夢を…見た気がする」
「夢?」
耳をふさいで目を閉じて
「中身は…覚えてない」
口を閉じれば
もう、誰も夢の内容はわからない
――夢を 見た
覚えているのはそこまで