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リク品B M伝 副司

 地球を、初めて肉眼で捉えた時、その青さに心が高鳴った。

( あ の ひ と の 色 だ )

 その大気も、光も、温度も、全てが未知の物であるのに、欠片の恐れもなく飛び込めたのは、きっと



「少し大袈裟じゃないか?」
「そんな事無いですよ」

 白くギラつく太陽の光が和らぎ、賑やかな蝉の声が虫の歌へと代わる頃、爽やかな秋風の中サイバトロンとデストロンは、今日も今日とてマイクロンパネルを巡って戦いを繰り広げていた。
 結果はまあ痛み分けといった所で、両軍のトップが重傷一歩手前、マイクロンパネルは何とか確保したものの、戦闘による被害は此方の方が大きかった。
 脚部を損傷したコンボイを、ジェットファイアーが運ぶと名乗り出た時点では、これといって問題は無かった(負傷者は1人ではなかったし、牽引するにしろ、大型トラックの彼相手では、他の面子には、まさしく荷が重い仕事だった)のだが、さも当たり前のように彼をお姫様抱っこし、ポカーンとする他を尻目に空に飛び立った後の、何とも言えぬ白けた空気といったら!

「リンクアップじゃねーのかよ…」

 というホットロッドの呟きに、皆が一斉にため息をついていたのだが、それは彼らのあずかり知らぬ事である。


* * *



 とにかくまあ、そんなかんじの理由で、茜色に染まる空の中、彼らはサイバトロン基地へと帰還している最中であった。

「私はそんなにか弱くはないぞ」

 まかり間違っても落ちる事のないように、しっかりとジェットファイアーに掴まりながら、コンボイが小さく肩を竦める。

「知っています」

 彼とて、それぐらいは充分承知している。だがしかし、愛する人が怪我をしているのに、黙っていられよう筈もない。

「後15分程で基地に到着します、どうかそれまでご辛抱を」

 朱色(あけいろ)に輝く夕日が、彼の機体を鮮やかに染め、その横顔に濃い陰影を作り出す。

(ずいぶんと機嫌が悪いな)

 必要以上に慇懃な口調に、トーンの低い声音、その瞳は真っ直ぐに基地を見据え、こちらを見る事すらしない
 彼の苛立ちは、己の負傷に由縁しているのだろうと、装甲が砕け、配線が剥き出しになっている右脛を見やり、マスクの下でため息をかみ殺した。

「君が責任を感じる事ではない」

 今が戦時中である限り戦闘は避けられないし、戦う以上、傷を負う事は仕方の無い事だ。無論、避けられるならそれに越したことは無いが、現状を省みるに、それは宙に描いた絵空事と言わざるを得ない

 起こってしまった事が誰か一人の責任、などという事は無いのだ。あるとすれば、それは己自身の責任である。

「それでも、俺は」

 貴方を守りたい。

 …他でもない、貴方の騎士として

 ジェットファイアーは、本当ならそう言葉を続けたかった。しかし現実は自分の実力はコンボイに及ばないし、他に並び立つ者もいない。サイバトロンも、自分自身も、彼に頼らざるを得ないのだ。

 歯痒い
 悔しい
 憎らしい

 愛する人が傷ついても、ここは戦場だから仕方無い、と片付けなければいけない事実が。愛する人を守りきれない自分が

「いや…何でも、ありません」

 それきり口を噤み、再び飛行に集中しだしたジェットファイアーに、コンボイはツキリと胸の奥が痛むのを感じる。伝えたい事があるのに、脳裏に浮かぶ言葉はどれも正しくないような気がして
 日頃から磊落で、何事も余裕綽々な態度の彼は、皆が思うよりずっと繊細なのだ。以前それをスタースクリームに話したら、何故かラチェットの診察を勧められたりしたが、そしてラチェットにも、こればっかりは私でも治療不可能だ。という謎の診断を下されたりもしたが…とにかく、彼が己の為に憂いているのが悲しい。

「基地が見えて来ましたよ」

 その言葉にコンボイが顔を上げると、遥か前方にサイバトロン基地と、彩やかな夕日が山の頂に沈んでいく姿がその目に飛び込んで来た。

 その美しい紅色に、心が震え

「ジェットファイアー」

 あれだけ堅く噤んでいた口が嘘のように、するりと言葉が滑り落ちる。

「君の色だ」

 指差した先で暮れて行く紅色の太陽、白い雲、その縁を取り巻く金色の光、己が険しい山の頂を越え、荒れた海を渡って行けるのは、きっと

「…君が隣にいるから、私は立ち向かえる」

(ああ、おんなじだ)

 あの時の自分と
 そう思った瞬間、ジェットファイアーは、腕に抱く存在の重さと、愛しさに、息が詰まった。
 スパークから込み上げる何か、それに突き動かされるように、ぎゅっと彼を支える腕の力を強め、空へ飛び出してから初めて愛する人と目を合わせる。

「司令官」

 どこまでも優しく、暖かい笑顔がそこにはあった。それと同時、彼の瞳に映る自分の顔は、今にも泣き出しそうな、不安げな顔をしていて、その情けなさにジェットファイアーは思わず笑ってしまう。
 そんな弱い心の内を、彼に悟らせたくなかったが故に、リンクアップする事を避けたというのに、これでは全く意味が無い

「俺なんかで良いんですか」
「私には君が必要だ」


 愛する人がいるという事

 貴方の隣に立てる事
 自分を望んでくれる事

 自分が貴方を想うように、貴方は俺を思っているという事

 自分が、貴方という個を構成する世界の一つであるという事。

 愛してくれる人がいる事

 それらの事を心から信じられるという事


 全てが自分の誇りになる。


「愛してます。貴方を、心の底から」
「愛してるよジェットファイアー」


* * *



「…誰か、通信回線がオープンのままだと教えてやれよ」

 一足先に帰還した面々は、負傷者の搬入や応急処置など、ラチェットが円滑にリペアに入れるようサポートをしていた。
 のだが、2人の甘い空気に耐えかねたスタースクリームが、ギリギリと呻く、しかしラチェットやデバスターなど、年長者達は苦笑いを浮かべるばかりで、シルバーボルトは自主的に聴覚回路を遮断。ホットロッドとステッパーもため息をつきながらもサポートの手を休める事はしなかった。

「なあなあラチェットー…」
「ホットロッド、すまんがあれは私にも治療不可能だ」

 どこかで聞いたような台詞に、スタースクリームが何もかも諦めたような表情でがっくりと肩を落とし、程なくして仲睦まじい恋人達が、基地へ帰って来た。

M伝 コンジェト

 今日はなんだか、朝から司令官の様子がおかしかった。

 朝一のミーティングはずーっと上の空だったし、午前中も執務机に向かったは良いものの、しきりに窓の外や周りを見てはどこかそわそわしていたり、逆にホットロッドが声を掛けても気付かないほど思考に没頭していたり…因みに全く書類がはかどった様子はない。
 だからと言って別に、熱が出てるとか吐き気がするとか、体調が悪いわけじゃないみたいだけど(ラチェットの見立てだ。間違い無い)(因みに司令官がぼーっとしてる間に診察した)何ぞ悩みを抱え込んでいるのでは、とやっぱり少し心配だった。
 でも、いやだからと言うべきか。昼休みになって司令官が「少し出掛けないか?」と俺に声を掛けて来たときには、みんな安堵するやら苦笑いを浮かべるやら。
 つまりは司令官だって、どうも仕事をする気になれなくて、のんびりしたり遊びたい日もあるって事だ。でも適度にサボるなんて器用なマネが、あの生真面目なひとに出来る筈もなく、あんな風になっていたのだろう。というのが俺を始めとする皆の見解だ。

「勿論、貴方の為なら喜んで。」
「ありがとう」

 少し照れくさそうに笑う司令官に、お礼を言われる程じゃありませんよ。と笑い返し、チラとラチェットに視線で問えば、「今日は昼休みを過ぎても構わない」と通信が入って来た。おや珍しいと首を傾げると、「我々や子供達ではなく、お前さんに声を掛けたという事は、少し遠出をしたいんだろう」と返され、なる程なー。なんて感心してしまった。

「じゃ、どこにお連れしましょうか?」

 いやっほう!デートだデート!!と小躍りする内心を隠し(ラチェットが呆れ顔で俺を見てたから、もしかしたら上手く隠せてなかったのかもしれない)(まあ、そんな事はどうでもいいのだが)、優雅に一礼して司令官の手を取った。


* * *



「気持ちいーですねー」
「そうだな」

 頭上には白く輝く太陽と蒼く染まった天穹、眼下には雲の海が何処までも続き、時たま真綿を千切ったようにぽっかり穴が開いている。その度ひょいと穴を覗き込めば、人間達の街や豊かな森が見え、更にそれをも過ぎれば、空と見紛うまでに青い海が視界に飛び込んで来た。

「偶には空も良いでしょう!」

 すうと大きく息を吸い込み(そんな必要は無いのだけど)大きな声で呼び掛ければ、俺とリンクアップした司令官は楽しげに頷く。
 いや、確かに楽しんでくれている。
 だって今俺と司令官は一つになっているから、司令官が今、どんな風に感じてるか全部伝わってくるんだ。
 己の脚で地を駆けるのとは、全く趣を異にした疾走感、絡み付く大気を翼で切り、狭霧となって頬を濡らす雲を吹き払う爽快感は、翼を持つ者達の特権だ。

「ちょいとアクロバット飛行でもしてみませんか?」
「ああ、構わないよ」

 身体の制御が司令官から俺に移り変わるとほぼ同時、背中のロケットブースターに目一杯エネルギーを送り込み、思いっきり加速する。

「わわっ!」
「目ぇ回さないで下さいよー」

 一応一声掛けてから、右に急旋回。いや、V字を描いたそれは、最早跳ね返ったと言う方が正しく、更に俺はコマのようにスピンしながら機体を急降下させた。
 回る視界の中で、空の蒼と海の青が混じり合い、あたかも自分達を取り巻くように迫って来る。

「か、海面にぶつかるぞ!?」
「だぁいじょーぶですって!」

 海面に触れる寸前、逆噴射と方向転換を同時にかけた。
 瞬間、叩き付ける風圧で真っ白な水飛沫が花を散らしたように舞い散り、陽光を受け七色に煌めくそれらに、司令官がほうと感嘆の息をもらす。

「…虹か」
「綺麗でしょう」

 ジェットファイアーを 誘って良かったな。そんな心の呟きまでが伝わって来て、俺の方も嬉しくなった。

「で、司令官。そろそろ本題に移りませんか?」
「え?あ、うん。…気付いてたのか」

 少し意外だったのか、それともとぼけているだけか(いやこの人の性格上それは無いな、きっと単なる天然だ)僅かにオプティックを見開く
 やや大袈裟に肩を竦め、リンクアップまでして気付かない訳ないでしょーが。と言えばそれもそうか。って、しかしそれでも、俺に伝わってきたのは、話したい、聞いて欲しい、でも少し言い辛い、という曖昧な所だけで、いったい何をためらっているのか肝心の本題が見えて来なかった。
 だからと言って、勝手に相手の中を盗み見るような無粋な真似は、俺の主義に合わない。

「…少し移動しようか」
「はい、わかりました」

 ところ変わってここは、先まで自分達が飛び回っていた場所からほど近い、海岸沿いの高台にある、公園を兼ねた駐車場。
 しかしながら、夏の涼を求める観光客が訪れるような砂浜(ビーチ)も無ければ、多くの物品が行き交う港からも遠いここは、全くと言って良い程人気が無く、敷地の外れには、小さく古ぼけた教会(もしかしたら頭に"元"がつくかもしれない)がぽつんと立っているだけの場所。
 果たしてここに、わざわざ公園やら駐車場を作る意味があったのだろうか、まあ、だからこそトランスフォーマーの俺達が降り立っても騒ぎにならずに済むのだけど

 などと思考を逸らしながら司令官の出方を待っているのだが、司令官はリンクアップを解除してからというもの、どこかそわそわしながらも口を開く事はせず、しかし俺に話し掛けられるのを待っている訳でもないような、いまいち煮え切らない微妙な態度のまま時間だけが流れていた。
 そんな司令官をじれったく思い、マスクの中で僅かに嘆息した瞬間、あまり良くない想像がブレインを掠める。
 出掛ける前は単なる杞憂かと安堵したが、やはり司令官は、重大な懸念材料を抱え込んでいるのではないだろうか。
 元々この人は、悩みや苦しみを一人で抱え易いタチだ。だが周りにはけしてそれを悟らせず、微笑み、皆を導き、常に前を向いて凛然と立っていた。
 なればこそかつての俺は、この人に憧れ、俺がその背中を支えてやりたいと願い、追いかけ、努力して、やっと副司令官として隣に並ぶことを許されるようになったのだから。

「…そんなに悩む必要はありませんよ」
「え?」

 今の俺は、かつてのように憧憬の眼差しを向け、後ろをついて行くだけの若造じゃない、副官のラチェット同様、この人の手となり足となり、支えるのが副司令官としての俺の役目。

「この先、どんな事が待っていても、俺は貴方と共にいますから」

 限りなく真剣に、でもわざと気障な口調で、ついでに人間の騎士が姫君にでもするように、ひょいとその手をとって片膝をつき優雅に口付ける。
 まあ実際にはマスクと手の甲が、カツンと硬質な音を立てたに過ぎないのだけど、司令官の強張っていた表情をほぐすには、十二分に余りある効果があった。

「…君には適わないな」

 跪いたまま顔をあげれば、そこには苦笑と照れ笑いが半々といった感の顔があり、もう先までの緊張は含まれていない。
 いつもの穏やかで、凛とした、優しい司令官の顔だ。

「ジェットファイアー」
「はい」
「君に伝えたい事と、渡したい物があるんだ」
「…はい!」

 くいと手を引かれるままに立ち上がり、しばしの間視線を合わせる。その瞳には、思わず息をのむ程真摯な光が宿っていて、無意識のうちに俺は背筋を伸ばしていた。 握った手はそのままに、司令官はおもむろに何かを格納スペースから取り出す。それは小さな小さな箱のようで、司令官はそれをコロンと俺の手の平に乗せた。

「開けても良いですか?」
「ああ」

 小箱を開けると、そこには人間サイズとおぼしき指輪が鎮座していた。
 それはとてもシンプルなデザインで、中央の台座に美しく研磨された鉱物がはめ込まれている以外は、装飾らしい装飾は無く、派手でも地味でもない、とても落ち着いた雰囲気の指輪である。

「いいデザインですね。シックで、こういうのは毎日身に着けても飽きが来ない」

 恋人からの突然の贈り物に、素直に嬉しいと思った。慎重に力を加減し、そろりとそれを取り出す。よくよく見ると、内側に何やら意匠らしき文字が刻まれており、もっとよく見ようと顔を近付けたら、司令官が指輪を持つ指先ごと、俺の手を包み込む。コキ、と首を傾げ、もう一度目を合わせた時、司令官がフェイスマスクを解除して、ゆっくりと口を開く

「ジェットファイアー、私と…結婚してくれないか」
「え…?」

 瞬間、司令官の言葉がぐるぐるとブレインの中を駆け巡り、容量を超えて数秒間フリーズしてしまった。


 司令官と、結婚。

 え?俺が?結婚、結婚…。



 じゃあ
 じゃあこれって、これって…!




「プロポーズ…」
「君の答えを聞かせて欲しい」


 ああ、この暖かさをどうやって喩えればいいのだろう。胸の内に去来する感情に、上手く名前を付けられずに持て余し、ついには留めておけずにこぼしてしまいそうになる。

「……ぁ、の」

 いま自分が、泣いているのか笑っているのかすら曖昧で、なんとか俺の気持ちを伝えなきゃと絞り出した声は、いつもの俺と全然違う、小さくて情けない震え声だった。

「…お、れ…俺、俺」

 何度ブレインを検索しても、今の気持ちに相応しい言葉なんか出て来ない。

「凄く、嬉しい…です」

 足りない、己のスパークを震わせる。この感情を、もっとちゃんと伝えたいのに、なんて言えば良いのかわからない

「…了と受け取って構わないかな」
「はい、はいっ…!この指輪も、そして貴方も、ずっとずっと大事にします!」

 思いっきり頷く俺を見て、司令官がどこかほっとした。安堵に近い笑顔を見せた。
「…この星では、結婚相手に贈る。もしくは贈られた指輪は左手の4番目の指に着けるらしいんだ。それは、この指から特別の静脈が心臓…スパークに直接繋がっていると信じられていたからだそうだよ」

 きゅ、と少しだけ手を握る力が強くなり、俺は、初めてこの人と握手を交わした日の事を思い出した。肝心の会話は、これからよろしく。なんてお決まりの挨拶だけだったけど、その日の俺は浮かれまくり、今日が生きてて一番幸せな日だ!!などと周囲に触れ回ったし、実際にそうだと心の底から信じていた。
 ああ、懐かしいな

 そう思うと同時、そんな言葉を紡ぐに充分な時間を2人で過ごして来たのだと不意に気付き、優しい痛みに胸が疼く。
 それなら大分経って、この人と恋人同士になった時や、初めてキスをした時も、今日が一番幸せだと、そう思った。

 でも、そうじゃなかった。

 だって、今日に勝る幸せなど、俺はついぞ感じた事が無い。

「俺、幸せです」
「…ありがとうジェットファイアー、君がそう言ってくれるなら…私も、とても幸せだ」

 フェイスマスクを解除したその口元が、柔らかく弧を描く。その愛しい笑顔が、これからも共に在る事と、この人が他の誰でもなく、自分を必要とし、選んでくれた事を運命だか神(プライマス)だか知らないが兎に角感謝した。

「司令か…いえコンボイ。俺は、貴方を一番とかじゃない、唯一として愛してる」
「ジェットファイアー…私も、君を愛しているよ」






 指輪の内側に刻まれていたのは、2人の名前だった。
.

M伝 スタアレ

「あの?…スタースクリーム…?」

(どうしたのかしら…)

 最初に「アレクサ」と彼女の名を呼んでから既に10分、酷く緊張し、まるで何かに追い詰められたような、切羽詰まった顔をするスタースクリームに、アレクサもまた緊張し、憂いの色を隠せない。

 状況を整理しよう

 アレクサが見るかぎり、スタースクリームは常と何ら変わりない様子で午前の仕事をそつなくこなしていた。
 そして昼休みになる少し前、ラッドやアーシーと一緒に食堂に行こうと歩いていたら、突然スタースクリームに呼び出され、少々首を傾げるもアレクサはアーシーをラッドに預け、スタースクリームの後について行って今に至る。

 …回想はあまり状況の改善には役立たなかった。

 どうしたものかとアレクサが頭を悩ませていると、目の前のスタースクリームが意を決したように拳をぎゅっと握り、胸のキャノピーから何か四角い小箱を取り出す。 何事かと彼女がぱちぱちと目をしばたたかせ、先まで以上にしかとスタースクリームを見上げたその鼻先に、ばっ!とそれを突き付けた。
 思いも掛けぬスタースクリームの行動に面食らったアレクサは、しばしの間きょとんと小箱を眺めていたが、ハッと我に帰ると同時、ちらりと彼の表情を伺う。
 だがスタースクリームはいつもと変わらぬ仏頂面で、その意図が読めず内心首を傾げるが、はたとある可能性に行き当たり、その口を開く。

「私に、これを…?」

 スタースクリームは小箱を更にアレクサに突き出し、無言で肯定を示す。
 なんと返せばいいのか解らず、アレクサも無言で小箱を受け取って、開けていい?と問えばやはり無言で、今度は首を縦にふる事で肯定を示した。

(…せめてなにか喋ってくれないかしら)

戸惑いながらも、小綺麗にラッピングが施された小箱のリボンを解き、箱を開けると

「あ…」

 そこにはハイヒールの形をした、小さなガラスチャームがキラリと光っていた。
 恐る恐る取り出してみると、それは繊細なシルバーのチェーンに通され、シンプルだがとても可愛らしいペンダントである事がわかった。

「わあ…キレイ」

 太陽の光を反射させながら煌めくそれは、アクセサリー類に疎い(だってまだまだカタログや、ショーウインドウ越しにしか眺める位しか機会が無い)アレクサの目にも、充分キレイだと写った。

「アレクサ…」
「え?」
「お、お前が映画…その、マイクロン達と一緒に見てた、だから」




映画?




 もしかして、一週間前にアーシー達と見た映画の事だろうか。
 しかしあの日、スタースクリームは5分もしないうちに訓練場に行ってしまったから、映画の内容なんてこれっぽっちも興味が無いと思っていたのに

 でも

 だとしたら


 全ての疑問が氷解すると同時
 嬉しいような恥ずかしいような、むずがゆい感情が湧き上がってきて、アレクサの頬が熱くなる。

「あのね…スタースクリーム。ありがとう…私…とても嬉しいわ」

 頬が緩むのを止められそうにない

「アレ…アレクサっ!!」
「きゃっ!な、なあに?」

 突然大きな声を出したスタースクリームに、アレクサは思わず身を竦ませる。

 しかし

「今回は見つからなかったんだが…」

 喋り出した彼の表情が

「いつか…」

 あまりにも真剣なのと

「いつかお前に」

 まるでのぼせたように赤面していたから

「本物を渡してやるから…それまで無くさず持っていろ」


 アレクサは笑って静かに頷いた。





 12時と昼休みを告げる基地のアラーム


 でも

 まだ魔法はとけない




-END-

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M伝 コンジェト

地球の時刻にして12:14ころ、皆が思い思いに昼休みを過ごす中、俺も自室でのんびりとくつろいでいた。
本日は地球人曰わく小春日和というやつで、少しばかり冷たい風と、それ以上に暖かい日差しが降り注ぐ、酷く穏やかな日。
マイクロン反応もデストロンとの戦闘も無く、窓際でうつらうつらとしながら空を流れる綿雲を眺めていたら、コンコンと軽いノックの音、誰か何て聞かずともわかっていたので、声を掛けられるより早くキーを解除する。

「やあ、ジェットファイヤー。少し時間を貰えるかな?」

プシュ、と軽い音と共にドアがスライドすると、現れたのは、お昼ご飯の乗ったトレイを両手に眩しそうに目を細める恋人

「司令官。貴方の為なら幾らでも」

ねえ、知ってますか?
俺は貴方さえ望めば、一生分の時間をあげたって構わないと思ってるんですよ

そう、心の中でだけ呟き
どうぞと恋人を部屋に招き入れた。





「君を不真面目だと思った事は無いが…少しはラチェットを見習っても良いんじゃないか」

やれやれ、と小さく肩を竦める司令官の視線の先には、どっしりとデスクに鎮座する全く手を付けていない書類の山、俺としては、まあいつもの光景なのでどうとも思わないのだが、生真面目な質の恋人からすると、なかなかに信じられない状況の様だ。
「ちゃんと間に合わせますって」

嘘ではない、俺は基本デスクワークが嫌い(苦手ではない、むしろ得意だと言って差し支え無い)なのである程度…いやかなり書類を溜め込む癖がある。が、いつもちゃんと期日までには提出している。

「そうは言ってもこの量は…」

ほらと、司令室へ立ち上がろうとする司令官の指先ををはしと捕まえ

「じゃあさー、司令官が俺を甘やかして下さいよ」

そうしたら俺、頑張りますよ。と上目使いで見つめながら、すいと近寄ってみる。

恋人は一瞬目を丸くし、次に目を細めて少しだけ微笑った。
それは、ちょっと見たらマスクに隠されて見えないのだけれど、確かに微笑った。

「その、あまりこういうのは得意ではないんだが…」

苦笑
そして俺の頭に手を置いて、ホットロッドやステッパーにでもするようにわしゃわしゃと撫で始める。

「随分とお手軽」
「ならラチェットに頼んでみるか?」
「冗談、文句なんてありませんよ」

更に近寄り、己の体重をに預けてくるんと猫のように身を丸めると、たしなめられるかと思ったこの身を、意外にも恋人は黙って受け止めてくれた。

「…今日は随分甘えただな」

トランスフォーマーの体なぞかたくて寝心地は良くないが、それでも差し込む光の温かみによって、徐々にまどろんでいく

「それじゃ、しっかり枕になって下さいねー」
「ああ」


青空
綿雲

心地よい風

昼休みの時間が終わって既に5分、
窓の下ではまた子供達が、マイクロンとじゃれあいを始めようとしている。


一時の平和


―END―

M伝 ジェトファ+スタスク

この夜も半ばを過ぎた。淡く青白い輝きを放つ満月も西へと傾きつつある。
川べりを歩けば、氷のように冷たい山水が足にぶつかりざぱざぱと音をたてて流れていく。

「……こっちか」

風の中に微かに残る目当ての人物の反応をキャッチする。滝が近くにあるのだろう、水が激しく叩きつけられる音が足音をかき消してくれた。

真夜中にふと目が覚め、なんとはなしに基地内をうろついていたら、あるはずの気配が無いことに気付く
見れば窓が開け放ってあり、薄手のカーテンが風にたなびいて、満月の青白い光がぼんやりと室内を照らしていた。
賊に侵入された訳では無いようだし、俺はあいつが時たまこの様にふらりと散歩に出かけるのを知っていた。
だから別に探さずとも明日の朝までには帰って来るのも解っていた。が、今日は何故か気に掛かり、こうして自らのカンを頼りに探している。

「しかし結構きたよなぁ…と!近いか」

とん

軽く、しかし力強く跳躍し眼前の崖をひととびで飛び越えた。ステルスモードに切り替えた着地はほぼ無音。きょろきょろとあたりを見回してみる。

「っかしーなぁ?確かにこの辺のはず…」

二三歩踏み出すと、急に視界が開け

ざあああああぁ――――

滝が真っ白な柱のごとくそびえ立ち、そして滝つぼの手前に、ようやくお目当ての人物を探し当てた。

声をかけようとして



「っ――…」



かけられなかった。

彼は滝つぼの前に立ってウイングブレードを高く天に掲げ、滝から飛んで来る水しぶきのひとつひとつは満月の光を受けて蛍の燐光と見紛うまでに美しく輝いている。
満月の冷たく、青白い光はまるで彼を中心にこの地に降り注いでいるようだ。
その姿があまりにもキレイで
それは例えるなら、年若い頃何度となく話して聞かされた、古い絵巻の中の1ページを思い起こされる。

「はっ!」

短い気勢と同時に剣が滑る。
まるでそこに敵がいるかのように鋭い眼差し、対なる刃は低く唸りをあげて空を裂き、一拍遅れて剣風が水を砕いて新たにしぶきを散らす。

「やあぁっ!!」

美しい剣の舞


パチパチと、彼の持つウイングブレードにスパークの光が宿る。しかも光は収まる事無く、逆にますますその輝きを増してゆく。

彼が深く息を吸い込み舞をピタリととめた。そしてゆっくりと息を吐き出すと同時に剣を眼前に構える。



一瞬の静寂
満月が照らすその場所で

虫の声も流れ落ちる滝の音も消えて

ただ彼の僅かな息遣いだけが場を支配する。そして―――


「っ――――!!!」


全ては一瞬


「はあぁぁっ!!」


叫びと共に、常人では捕らえられぬであろう神速の刃が走り、刹那の間を空けて、それに追随するようにスパークの光がはじけ跳んだ。

滝が割れ、飛び散る筈の水しぶきさえもウイングブレードのエネルギーで瞬時に気化し、刃に沿ってびしりと岩壁に亀裂が入って、轟音と共に砕け散る。

巨岩の落下で滝つぼに巨大な水柱が立ち
、滝はもはや原型を留めぬ程形が変わってしまった。

(すげ…)

どくんと、スパークが強く脈打ち、肌が粟立つような感覚が駆け巡って、自分が酷く高ぶっているのが解る。

パキッ―――

不意に足元の木の枝が折れた。

「誰だっ!!」

凛とした声が辺りに響く、もう少しこの剣舞を見ていたく思ったが仕方ない。

「俺だよ…カリカリすんなって」
「ジェットファイヤー?…何故此処に」 「んー、なんか急に目が覚めて…何となく基地をうろついてたら、お前がいないのに気付いてさ」

おかげでいいもん見れたな。と言うと、スタースクリームはちっ、と軽い舌打ちをして、ウイングブレードを翼に切り替えると、くるりと背を向け飛び立とうとするものだから、慌ててバシャバシャと水しぶきを立てながら走り寄り、左手首をぎゅっと掴んで阻止する。

「なんだ」

うわ、そりゃ男に手を握られてもしょっぱいだけかもしれないが、なにも眉間にシワ寄せて唇曲げて、触んじゃねえよ的な顔しなくても良いじゃないか

「ワリ…でもどこに行くんだ?」
「…基地に帰投する」

お邪魔虫も来たことだしな、とつんけんした態度で言われたので、ちょっとカチンときた俺は、あーそうですか邪魔ですかと、掴んだままだった手首の関節を軽くキメてやった。

「痛っ、何しやがる!離せ!!」
「もう離してますよー、邪魔で悪かったな」
「貴様…」

射殺されそうな視線を軽くスルーし、ふざけ半分でどうどうといなすと、半ば以上本気の目で再びウイングブレードに手をかけようとしたので、おお怖いと両手をあげて降参のポーズをとっておく

「ま、冗談はさておき…帰るか」
「ふん…」
「あ、飛ぶなよ、ジェットエンジンの音でみんな起きちまうからな」

そうして軽く腕を引けば、存外大人しく自分について来て、てっきり餓鬼扱いするなと嫌がられると思っていた俺は、いつもなら有り得ないその行動に、我知らず柔らかい笑みがこぼれた。

「何をニヤけてるんだ気持ち悪い」

そう悪態をつきながらも、彼が逃げる気配は無く、そんな行動が可愛く見えて一瞬吹き出しそうになったが、今度こそウイングブレードの錆と散る自分の姿が、ありありと目に浮かんだので、腹筋的な物を総動員してなんとか押さえ込んだ。

「気持ち悪いとはずいぶんだな」
「人の顔見てニヤけるからだ」
「人の笑顔にケチつけないで下さいー」
「はっ、まだ何時もの胡散臭い笑みの方がマシだ」
「ちょ…胡散臭いってなぁ…」

歩きながら分かり易く肩を落とし、大袈裟にしょげて見せると、ほんの一瞬、呆れたように(でも穏やかに)彼が笑った。









「狡い…」
「?…何がだ」


-END-
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