地球を、初めて肉眼で捉えた時、その青さに心が高鳴った。
( あ の ひ と の 色 だ )
その大気も、光も、温度も、全てが未知の物であるのに、欠片の恐れもなく飛び込めたのは、きっと
ある日、世界の真ん中で
「少し大袈裟じゃないか?」
「そんな事無いですよ」
白くギラつく太陽の光が和らぎ、賑やかな蝉の声が虫の歌へと代わる頃、爽やかな秋風の中サイバトロンとデストロンは、今日も今日とてマイクロンパネルを巡って戦いを繰り広げていた。
結果はまあ痛み分けといった所で、両軍のトップが重傷一歩手前、マイクロンパネルは何とか確保したものの、戦闘による被害は此方の方が大きかった。
脚部を損傷したコンボイを、ジェットファイアーが運ぶと名乗り出た時点では、これといって問題は無かった(負傷者は1人ではなかったし、牽引するにしろ、大型トラックの彼相手では、他の面子には、まさしく荷が重い仕事だった)のだが、さも当たり前のように彼をお姫様抱っこし、ポカーンとする他を尻目に空に飛び立った後の、何とも言えぬ白けた空気といったら!
「リンクアップじゃねーのかよ…」
というホットロッドの呟きに、皆が一斉にため息をついていたのだが、それは彼らのあずかり知らぬ事である。
* * *
とにかくまあ、そんなかんじの理由で、茜色に染まる空の中、彼らはサイバトロン基地へと帰還している最中であった。
「私はそんなにか弱くはないぞ」
まかり間違っても落ちる事のないように、しっかりとジェットファイアーに掴まりながら、コンボイが小さく肩を竦める。
「知っています」
彼とて、それぐらいは充分承知している。だがしかし、愛する人が怪我をしているのに、黙っていられよう筈もない。
「後15分程で基地に到着します、どうかそれまでご辛抱を」
朱色(あけいろ)に輝く夕日が、彼の機体を鮮やかに染め、その横顔に濃い陰影を作り出す。
(ずいぶんと機嫌が悪いな)
必要以上に慇懃な口調に、トーンの低い声音、その瞳は真っ直ぐに基地を見据え、こちらを見る事すらしない
彼の苛立ちは、己の負傷に由縁しているのだろうと、装甲が砕け、配線が剥き出しになっている右脛を見やり、マスクの下でため息をかみ殺した。
「君が責任を感じる事ではない」
今が戦時中である限り戦闘は避けられないし、戦う以上、傷を負う事は仕方の無い事だ。無論、避けられるならそれに越したことは無いが、現状を省みるに、それは宙に描いた絵空事と言わざるを得ない
起こってしまった事が誰か一人の責任、などという事は無いのだ。あるとすれば、それは己自身の責任である。
「それでも、俺は」
貴方を守りたい。
…他でもない、貴方の騎士として
ジェットファイアーは、本当ならそう言葉を続けたかった。しかし現実は自分の実力はコンボイに及ばないし、他に並び立つ者もいない。サイバトロンも、自分自身も、彼に頼らざるを得ないのだ。
歯痒い
悔しい
憎らしい
愛する人が傷ついても、ここは戦場だから仕方無い、と片付けなければいけない事実が。愛する人を守りきれない自分が
「いや…何でも、ありません」
それきり口を噤み、再び飛行に集中しだしたジェットファイアーに、コンボイはツキリと胸の奥が痛むのを感じる。伝えたい事があるのに、脳裏に浮かぶ言葉はどれも正しくないような気がして
日頃から磊落で、何事も余裕綽々な態度の彼は、皆が思うよりずっと繊細なのだ。以前それをスタースクリームに話したら、何故かラチェットの診察を勧められたりしたが、そしてラチェットにも、こればっかりは私でも治療不可能だ。という謎の診断を下されたりもしたが…とにかく、彼が己の為に憂いているのが悲しい。
「基地が見えて来ましたよ」
その言葉にコンボイが顔を上げると、遥か前方にサイバトロン基地と、彩やかな夕日が山の頂に沈んでいく姿がその目に飛び込んで来た。
その美しい紅色に、心が震え
「ジェットファイアー」
あれだけ堅く噤んでいた口が嘘のように、するりと言葉が滑り落ちる。
「君の色だ」
指差した先で暮れて行く紅色の太陽、白い雲、その縁を取り巻く金色の光、己が険しい山の頂を越え、荒れた海を渡って行けるのは、きっと
「…君が隣にいるから、私は立ち向かえる」
(ああ、おんなじだ)
あの時の自分と
そう思った瞬間、ジェットファイアーは、腕に抱く存在の重さと、愛しさに、息が詰まった。
スパークから込み上げる何か、それに突き動かされるように、ぎゅっと彼を支える腕の力を強め、空へ飛び出してから初めて愛する人と目を合わせる。
「司令官」
どこまでも優しく、暖かい笑顔がそこにはあった。それと同時、彼の瞳に映る自分の顔は、今にも泣き出しそうな、不安げな顔をしていて、その情けなさにジェットファイアーは思わず笑ってしまう。
そんな弱い心の内を、彼に悟らせたくなかったが故に、リンクアップする事を避けたというのに、これでは全く意味が無い
「俺なんかで良いんですか」
「私には君が必要だ」
愛する人がいるという事
貴方の隣に立てる事
自分を望んでくれる事
自分が貴方を想うように、貴方は俺を思っているという事
自分が、貴方という個を構成する世界の一つであるという事。
愛してくれる人がいる事
それらの事を心から信じられるという事
全てが自分の誇りになる。
「愛してます。貴方を、心の底から」
「愛してるよジェットファイアー」
* * *
「…誰か、通信回線がオープンのままだと教えてやれよ」
一足先に帰還した面々は、負傷者の搬入や応急処置など、ラチェットが円滑にリペアに入れるようサポートをしていた。
のだが、2人の甘い空気に耐えかねたスタースクリームが、ギリギリと呻く、しかしラチェットやデバスターなど、年長者達は苦笑いを浮かべるばかりで、シルバーボルトは自主的に聴覚回路を遮断。ホットロッドとステッパーもため息をつきながらもサポートの手を休める事はしなかった。
「なあなあラチェットー…」
「ホットロッド、すまんがあれは私にも治療不可能だ」
どこかで聞いたような台詞に、スタースクリームが何もかも諦めたような表情でがっくりと肩を落とし、程なくして仲睦まじい恋人達が、基地へ帰って来た。