スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

AHM ドリブラ




 みなもが揺らめく、春の風を受けてゆらゆら、きらきら、暖かい春の日差しの中、川辺の土手に根を下ろす桜を眺める君の横顔を、僕はずっと眺めてた。
 視線に気づいた君が振り向く。何も言わずぼんやりしたままの僕に、君は不思議そうに目を瞬かせ、ちょっと首を傾げる。そしてふいに、何か思い付いたように口角を上げ、桜の木の方へ駆けていった。
 君が桜の木の影に隠れてしまってから、ようやく僕はほっと一つ排気をした。途端に頬の熱を自覚して、思わずうつむいて両手で顔を覆う。ああまったく、僕はずっと前から多分君と出会ってから、馬鹿みたいに幼稚な想いを持て余している。君は僕の想いを知らない、伝えてないから知るはずもない。伝えたい伝えるのが怖い、だって君は

「ブラー!」

 びっくりするほど近くで声が聞こえて、思わず肩が跳ねる。大慌てで手を離して顔を上げた瞬間、視界を占める桜色。

 ひらひら はらはら

 花びらの雨が降り注ぐ。その先にはしてやったりと言わんばかりの君の顔、その得意気な様子に緊張が緩み、無意識に笑ってしまう。

「驚いたか?」
「ああ、君が思いの外子供っぽい事にね」

 そう言うと君は、気分を害した風もなくからからと笑い、僕の頭に残った花びらを払った。その触れ方があまりに優しいものだから、僕は錯覚しそうになる。そうだ、これではまるで

「全部とれた?」
「もうちょっと…」

 端正な顔がぐっと近付き、僕の頬がまた紅潮する。スパークが強く脈打った。まずいと思った時にはもうばっちり目があっていて、止めようもなく益々頬が熱くなった。
「ブラー?」

 顔の前を最後のひとひらが落ちる。

「っ…」

 みるみるうちに見開かれる君の瞳に、驚きの色が浮かぶのが見えて、僕は息をつまらせる。どうしよう。おかしな奴だと思われてしまったかもしれない。
 兎に角何か喋らなくちゃと口を開こうとした。その時。

「えっ?」

 顔が近い。いやさっきまでも十分近かったんだけど、今は近すぎてピントが合わないくらい近い。反射的に顔を引こうとするが、花びらを払う為に触れていたはずの手に阻まれ、更にいつの間にか腰にまで手が回されていて、僕は逃げ道を失った。

「ちょ、ドリフト!?」
「少し静かにしていろ」

 頭の中で逃げろ逃げろと警告音がなる。しかしそれと同時に期待もしていた。だから僕は、緊張に身を強ばらせながらも、言われた通り口を噤んだ。

「ブラー」

 君の唇が、触れる。
 金属で出来ている僕等の身体の中で、唯一柔らかい場所。

 あったかいな。

 それはとても長いようで実際は2・3秒程の短い時間だった。
 だが、情事のような濃密さは無くとも、親愛の情や、おふざけでしたのではないと確信するには十分過ぎる時間で、僕は目眩をおこしそうになる。

「ブラー」

 僅かに3cm。吐息が届く距離で君が囁く。

「好きだ」


早春賦


 馬鹿みたいに幼稚な想いを持て余していたのは、僕だけじゃなかったらしい。

「僕も君が好きだよ」

 さらさらと流れる小川の音が、やけに心地よかった。













「僕はずっと、君が恋してるのはパーセプターだと思ってたよ」
「…確かにパーセプターとは親しくしているが、付き合ってる訳じゃないぞ」
「彼もそう言ってた。だからきっと君は片思いしてるんだろうなって」
「俺が好きなのはブラーだ」
「…うん。ありがとう」


ドリパ 未来パラレル




おだやかでせつない日だった。私は君の手を握り締めていた。


「それじゃあパーセプター、そろそろ出るぞ」

 右手には手桶と柄杓、左手には掃除道具一式を持ったドリフトが、玄関先で私を呼ぶ。私はと言えばお供え物と線香をちょうど風呂敷に包み終えた所で、今行くと一言掛けて立ち上がり、削り花と風呂敷包みを持ってドリフトの元へ向かった。

「忘れ物は無いだろうな」
「さっき確認した」
「そうか」

 外に出ると、ひと月前に比べてずいぶんと暖かくなった風が吹き抜け、ようやく春めいて来たな。と空を仰げば、青い空のなかで白い雲が流れ、まだ枝ばかりの街路樹からはニ・三羽の雀が飛び立った。
 麗らかな。と形容するに相応しい小春日和の下、私はドリフトの少し後ろを歩きながら、ぼんやりと彼の足元を目で追う。
 目的地に向かう道程、お互いに無言だったが、それは気まずさを伴うものではなく、どこまでも優しく穏やかな沈黙だった。
 ふわり、風が頬を撫でる。昨日の春嵐が嘘のようなのどかさに、今日がこのような日で良かったと、そう思った。

 簡素な装飾がなされた鉄柵と門をすぎると、足下がアスファルトから白い玉砂利に変わり、視線を上げれば、似たり寄ったりの墓碑の群れが整然と広がっている。
 死者の墓へ参るという風習は、住む星や文化、人が変わろうと存在し、残された者の心を慰めて来た。
 尤も、私個人としては死後の世界だの霊魂だの、ましてや神など非科学的かつ非論理的で、存在するとは到底思えない。だいいち此処に葬られている死者の大半は、先の大戦で死んだ者達で、残りは様々な事情から、死後まともに弔ってやる事が出来なかった者達だ。それ故墓碑の下には遺体が安置されている訳でもなく、墓碑に死者の名前が記されている程度だ。だが、目の前の彼にとって、ここは意味がある場所だと知っていたし、死者や墓を粗末に扱ったり、ないがしろにして良いとは思っていない。
 先に述べたように墓参りとは、残された者にとっての慰めであり、親愛なる人々の死を受け入れる為に、必要な事なのだろう。だから私もこうして、彼の墓参りに同行させてもらっている。
 ある墓の前で、ドリフトの足が止まった。刻まれた名前の主の事を私は知らない。ただ、ドリフトにとってその人物は、初めての友であるとだけ聞いている。

「…掃除するか」
「私は水場に行ってくる。手桶をかしてくれ」
「頼んだ」

 削り花と風呂敷包みを脇に置いて、代わりにドリフトから手桶を受け取る。彼が箒で墓の周りを掃き清めるのを横目に、蛇口を捻って水を汲み、戻って柄杓で墓に水を掛ける。

「ドリフト、雑巾はどこだ?」
「ゴミ袋の下」

 ここを訪れたのは一年ぶりであるが、大して汚れた様子もなく、墓自体が小ぶりである事もあって、数分で全体を拭き終える事が出来た。彼もほぼ同時に掃き掃除を終え、隅に生えた雑草を抜いて、掃除は完了した。

「きれいになったな」
「ああ」

 満足そうに頷く彼に、風呂敷包みを手渡し、彼がお供え物の牡丹餅やろうそくを準備している間に、花立てに削り花を活ける。彼の手の中で、カチカチと何度か乾いた音を立ててライターに火がつき、ろうそくが灯される。

「はい、線香」
「ん」

 線香の頭からうっすらと白煙がくゆり、仄かな香りが立ち上るが、それはそよそよと吹く風に流され、すぐに消えてしまった。

「……」

 ゆっくりと立ち上がり、無言のまま墓前に手を合わせる彼の背中を、私はじっと見つめる。何度来ても、この時ばかりは彼が何を想っているのかわからず、どこか彼を遠くに感じてしまう。初めて来た時こそ、私も手を合わせるべきか悩んだけれども、結局こうして彼を見守るだけにとどめていた。

 もし、私が死んでしまったら、彼はひとりで私の墓にやってきて、今のように手を合わせるのだろうか。

 ふと頭を掠めた想像を、縁起でもないと深呼吸と共に吐き出し。再び空を仰ぐ。
 母星とは異なる青い空、この星の空の色が目まぐるしく変わるのは、可視光線の波長の違いによるもので、とりわけ青は大気に散乱しやすく、赤は散乱しにくい為に、太陽光が大気を通る距離が短い昼間は、このように空が青く見える。
 この色を、何の気構えや思考を挟まずに、また、他者の受け売りでなく、きれいだなと思えるようになったのは、ここ数百年の事だ。
 春風に揺れる削り花が、かさかさと軽い音をたてる。降る日差しは暖かい。こうしてじっとしていると、うつらうつらとまどろみそうになるくらいには。
 視線を戻すと、彼はもういつもの彼だった。振り向いたその青い目が、僅かに細められ、笑うのかな。と思った時にはもう彼は微笑んでいた。「帰ろうか」
「ああ」
「全部片付けていくか?」
「花はそのままでいい」

 家を出る前と同じく荷物をまとめ、ここに来た時と同じように歩き始めるが、今私の右手は空いている。

「ドリフト」
「なんだ?」
「掃除道具、もう手桶の中に入れてしまったらどうだ」
「…?そうだな」

 彼の左手が空いた。

「ドリフト」
「ん?」
「手を繋いで帰ろう」

 そう言うと、彼の青い目がまん丸になり、次に、少し照れくさそうにしながら手を差し出してきた。

「それは良い考えだな」
「そうだろう」

 彼の手に触れるその時、ふいに先の縁起でもない想像を思い出した。そうして、彼を独りきりにしたくないと、出来る事ならば時の終わりまでずっと隣にいたいと、そう、強く思った。




続きを読む

トイ写真 ビーと司令官s

前の記事へ 次の記事へ