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ドリパ

桜見丘

 きゃあきゃあとはしゃぐ子供の声が聞こえる。二人、いや三人か。女の子が川縁の土手の上に立つ桜の木の下で、顔を合わせて笑いあっていた。
 一番小さな子は、小学校に上がったか上がらないか位で、後の二人は制服から察するに地元の中学生のようだ。姉妹なのだろうか、どことなく顔立ちが似ている。

「ふふ」

 その微笑ましい光景に我知らず体を揺すって、声を出して笑ってしまい、あわてて普通の車を装う。今ではトランスフォーマーの存在は広く認知されているし、この地域の人間は我々に対して寛容だが、突然トランスフォームして驚かせたりはしたくなかった。幸いにも彼女達は橋の上の車…俺に気を止める事なく、
楽しげに花見を続けている。

 この惑星に居を構えたのは随分昔の事だ。
大きく変わった所があれば、変わらない所もある。例えば目の前の穏やかな光景は、人や時代が代わろうとも、この土地に不変的に有る。
 笑い合える誰かがいるってのはいいもんだな。そうひとりごちていると、ぶわっと強い風が吹き抜けた。それは少なくない量の砂ぼこりを巻き上げ、少女たちは口をつぐんで目を瞑り、身を竦ませる。それは時間にして二・三秒程だったか、再び目を開いた少女達が空を仰いで感嘆の声を上げた。

 爽やかに晴れた青空で、無数の薄紅が踊っている。先の突風が造り出した桜吹雪は花弁を高く舞い上がらせ、少女達を、川辺を、橋を鮮やかに彩る。
 そんな中、少女の内のひとりが瞳を輝かせながらこう言った。

 五回連続で、桜の花びらが地面に落ちる前に捕まえる事が出来れば、恋が叶う
。と

 帰り道。空の青が柔らかな金を帯びはじめる頃。さりとて黄昏時には少し早い、そんな時分。再び土手の橋の上を通ると、少女達は既に家路についた様で、付近には人っ子一人見当たらない。
 トランスフォームして件の桜の隣に立つ。そうして手のひらを広げ、風に揺らめく花びらを受け止めようとするが、それが思いのほか難しい。
 しばらくチャレンジしていたが、人間の小指の先程しかない花びらは、トランスフォーマーにとって砂粒と大差なく、小さく肩を竦め、結局その場に腰を下ろして花見に専念することにした。



  *  *  * 




「ただいま〜」

 なにとなくぼんやりしている間に空は茜色にかわり、家に着く頃には濃紫になって宵の明星が西の空に輝き初めていた。少しのんびりしすぎたかなと思いながらカラカラと引き戸を転がし、玄関を開けて奥にいるパーセプターに声をかける。そしてはたと思いだし、床に上がる前にと玄関の脇に備え付けられているエアーダスターで砂ぼこりを吹き飛ばした。春先は黄砂やら花粉やらでどうしても汚れやすい、特に今は、何やら繊細な機器を研究室から持ち帰っているらしいから、何かと気を付けなければ。

「お帰りドリフト……おや」
「ん?」

 奥からパーセプターが顔を出し、いつものように俺を迎えに来てくれた(お帰りの一言を言うためだけに彼はいつもやって来るのだ)(俺はそれが嬉しくて玄関で彼を待つ癖がついてしまった)のだが、パーセプターは何かを見つけたのか、オプティックをチカチカと明滅させ、きゅるりと肩のスコープを俺に向ける。

「どこで寄り道をしていたのかと思えば…また花見かい」
「?え、ああよく分かったでござるな」

 俺が首を傾げると、パーセプターが近づいてきて指先でちょいちょいと頭を下げるよう示す。素直に方膝をついて姿勢を低くすれば、自分では見えない頭の上から、パーセプターがそうっと何かをつまみ上げた。

「ほら」

 パーセプターが見せてくれた何か、は薄紅の桜の花びらだった。

「まだ頭の上についているよ」

 一枚、二枚……計五枚の花びらがパーセプターの手のひらにのせられる。

「ふふ」
「なんだい、何か面白い事があったのかい」
「いや、何でも無うござる」

 さてこれは成功した内にはいるのだろうか?かがんだ態勢のままパーセプターの手のひらに頭を擦り付けると、彼は少しばかりオプティックを丸くして、そして柔らかく笑い俺の頭を一度撫でた。

「よくわからないが…花見がそんなに楽しかったのかい?」
「まあそんな所だ」

ドリパ

 深々と降り積もる雪を窓の外に眺め、しばしの間を置いてカーテンを閉めた。この地域の冬は雪深い、明日も早めに起きて1人で雪掻きをせねばならない事を考えると、思わずため息が出る。

「やれ、大晦日と元日くらい雪の心配をせず過ごしたいものだがね」

 常ならばその呟きに対して同意なり意見なりを返してくれるドリフトは、今所用で母星に滞在している。明後日には帰って来る予定だが、どうにもこうにも冬とは厄介な季節で、寒さのせいか人恋しくていけない。

「どうせなら私も一緒に里帰りすれば良かったかな」

 とは言え、たかだか一週間程度では何をする事もない。と断ったのは自分であり、今更後悔しても詮無い事だった。
 気を取り直して、レポートの続きを片付けてしまおうとコタツに深く腰掛けた瞬間。ピンポーン、と呼び鈴が来客を告げる。
 パーセプターはそれに思わず眉根を寄せ、こたつ布団を握る。こんな夜更けに、まして雪の中を訪ねて来る者などいる筈が無いのに。訝しみながらもそろりと立ち上がり、音を立てぬよう玄関に向かう。

 ピンポーン

「誰だい、こんな夜更けに」

 少し身構えて扉の向こうに声を掛けると、ドサッとなにかを雪の上に置く音がして、カチャンとカギの外れる音がした。それに目を見開いたのもつかの間、カラカラと軽い音を立てて引き戸が開き、冷たい風と共にひらりと雪が舞い込む。

「ただいま、パーセプター」
「え?」

 佇んでいたのは雪より白い機体、くすんだ外套の上で積もった雪が滑り、どさりと足下に落ちる。

「ドリフト…何故こんな時間に?帰って来るのは明後日では…」
「話は後だ、雪が吹き込んでしまうから中に入ろう」

 ドリフトは雪まみれの外套を軽くはたいて脇に抱え、ほうきで身体から落ちた雪を外に掃き出し、急いで戸を閉める。少し持ってくれ。と手渡された荷物を、ぱちくりと目を瞬かせながら眺めていると

「蕎麦を買ってきた」
「夜食なら家にもあるのに」
「何を言ってるんだ。年越し蕎麦だよ」

 何を言ってるんだはこちらの台詞だ。彼がニホンかぶれなのは知っていたが…まさかそのために予定を早めて帰ってきたのだろうか?居間に戻って外套を掛け、そのままさっさと台所へ歩いていく背中が心なしか楽しそうに見える。

「向こうでブラスターに会った」
「ああ…彼は元気だったかい?」

 ドリフトはたまに前後の脈絡を無視して話をする時がある。蕎麦の話がいったいいつの間に母星のブラスターに話が飛んだのか、やや戸惑いながらも、それはパーセプターにとっても親しい名だから、話にのぼればやはり近況が気になる。

「とっとと帰れと怒られてしまった」
「はあ?」

 それにしてもこの飛びっぷりは無いだろう。先から私は、疑問符ばかり口にしている気がする。

「パーセプターがいないと寂しくてな、管を巻いていたら部屋から蹴り出されてしまった」

 その様子を脳裏に浮かべると、恥ずかしいやら情けないやら

「またお前さんは…後でブラスターに謝っておこう」
「今度はちゃんとパーシーを連れてこいと言われたよ」

 どうやら、人恋しいのは私だけではなかったらしい。

「確かに、私も同行した方が良さそうだな」
「是非そうしてくれ」
「じゃあ私は居間で待っているよ」
「おう」

 荷物をドリフトに返して居間に戻り、私は再びコタツに腰掛ける。かき揚げも買ってきたんだ。なんて声が台所から聞こえてきた。

「夜のうちに初詣に行くかい?」
「いや、眠りたいし朝になってからにする」

 ああ、今夜はドリフトと眠れるんだな。コタツの天板に顎をのせながら、もそもそとみかんに手を伸ばした。

MTMTE マグロ ラチェット

 不幸としか思えない出来事の中でも、一さじ程は幸せが含まれているものだ。例えば酷暑の最中の一杯の水や嵐の後の青空のように。




それは私にとってのあなた


「ロディマス、調子はどうだ」

 俺の額に手を当て、気遣わしげに目を伏せるラチェット。正直言えばかなり辛い、半日前から身体はオーバーヒート気味だし、頭はぐらぐらするし、熱で歪みが出来たのか発声回路の調子も悪い。ホント、この歳になって宇宙風邪なんて子供みたいで嫌だ(実際に、子供よろしく夜更かしをしたり、環境の確認もしないまま、未知の惑星に降りたせいである事は全力で棚に上げておく)。それに一応俺はロストライトの船長な訳で、今出来ない仕事は必然的にどんどん溜まってゆく、風邪が治ってリペアルームから出られたと思ったら、そのままマグナスに執務室へと強制連行…となる気がする。

「しばらくは熱が出て辛いだろうが、免疫反応だから我慢しろ、一晩たってもかわらんようならワクチンを処方してやる」

 という事は、下手すると一晩中熱に浮かされてなきゃならないって事か、もう十分だから今すぐワクチンが欲しい。

「すっご、く…熱いんだが」
「我慢しろ、今機熱を下げるとお前さん本来の免疫機能が損なわれる。結局治りが遅くなるぞ」
「……はー、い」

 熱で朦朧とした頭では、さっさと寝てしまえ。という名医の診断に抗う術も無く、かと言って心地よい眠りにつける筈もなく、夢うつつを彷徨いながら、ひたすら時が過ぎるのを待つ。




「――は大丈夫なのか?」

 ぼんやりとした意識のなか、小さな声が聞こえた

「若いだけあって、彼はそんなにヤワしゃない。大分呼吸も落ち着いて来たし、明朝には元に戻る」

 果たして今俺は起きているのか、寝ているのか。わからないまま耳を済ます。

「そうか、手間を掛けたようだな」
「なに、もっと手間暇掛けた連中もいる。気にするな」

 オプティックを起動させ、視線だけで辺りを見回すと、寝台のすぐ隣に大きな影があった。ピントの合わない視界でも、俺はそれが誰だか直ぐに気が付いた。

「マ、グナス…来てたの、か」

 ノイズだらけの掠れ声で名前を呼ぶと、少しだけ驚いた様子で彼が身を屈める。

「すまない、起こしてしまったか」

 返事をしようとしたら、ケホケホと軽い咳がでてきて、苦しさに背を丸める。じわりオプティックに冷却水が滲んで、思わず手のひらで胸を押さえた。

「ロディマス…!」

 身体の反対側、背中側をマグナスが優しくさする。幸いにも咳はすぐに収まり、落ち着いて一呼吸できる頃には、視界もクリアになっていた。 

「あ、りが…と」
「無理に喋らなくていい、まだ寝ていろ」

 普段は厳めしいの一言に尽きる彼の雰囲気が、今日はどこか柔らかい気がするのは、病床故の人恋しさからだろうか?咳が収まってからも、その手は背に添えられていて、気付けば寄りかかるように身体を預けていた。

「おや?いつもは厳しい副官殿が、今日はやけに船長を甘やかすじゃないか」
「ラチェット…」

 珍しくからかうような口調のラチェットを、マグナスは軽く咎め、小さく肩を竦める。

「すまない。微笑ましかったものでね」

 くすくすと笑いながらラチェットは、再び俺の額に手を当て、大分熱も下がったな。と言ってぽん、と一度頭を撫でた。

「それじゃあ私は少し部屋を空ける。他の皆の様子も気になるからな、お前さんもそろそろ部屋に戻るんだ。ここは患者の為の場所だ」
「ああ、そうさせて貰う。まだ仕事も残っているからな」

 その言葉を聞いて、俺は慌ててマグナスのもう片方の手を握る。もう少し、あと少しだけ側にいて欲しい。そんな気持ちを込めて見上げると、何故かマグナスは、酷くうろたえた様子で俺を見下ろした。

「マ、グ…ナス」
「……っ」

 しばしの沈黙の後、静かなリペアルームに、大仰なため息の音が響き、ラチェットが眉尻を下げた呆れ顔で先の言葉を訂正する。

「ウルトラマグナス、悪いが帰る前にそこのでかい子供…もとい患者を寝かしつけてくれないか。今回のケースはは眠りが一番の薬なのだが、彼はぐずってばかりでなかなか寝付かないのでね」

「…その、すまない」
「では頼んだよ」

 肩を竦めて背を向け、ラチェットがリペアルームを後にする。シュン、と軽いスライド音を残して扉は閉じ。室内は俺とマグナスの二人だけになった。

「安心しろ、おたくが眠るまで側にいる」「うん…」
「ほら、良い子だからもう寝るんだ」

 ラチェットに言われてその気になったのか、本当に子供にするように優しく頭を撫で、背に添えていた手を離し、俺のオプティックをその大きな手の平で覆う。

 本当は、目が覚めた時隣にいて欲しいのだけど

「……おや、す、み」
「ああ、お休み」

 俺はその言葉を飲み込み、マグナスの手を出来るだけ強く握り締めてから、オプティックの光を落とした。

TFA プロ+ビーVSロックダウン

 激しい衝突音と前方の人間達のどよめきと共に、車がぶつかったぞ!事故だ!後続車はスピードを落とせ!という大声が響く。2人が声の方向に注意を向けたその瞬間、20mほど先を走っていた車が、何かに勢い良く車体を乗り上げ…いや、すくい上げられたように吹き飛ばされ、まばたきする間も無く横転した。

「わわっ!?何?もう何なのさー!、バンブルビー!トランスフォーム!!」
「プロール!トランスフォーム!!バンブルビー、早く人間を助けるである!」

 即座にブレーキをかけてトランスフォームし、プロールは先の事故現場に、バンブルビーは目の前で横転した車の主を助ける為に近寄ろうとした。その時である!

「うわあっ!」
「バンブルビー!?」

 突如、見えない何かがバンブルビーを殴りつけ、横転した車に向かって、黄色い機体が吹き飛ばされる。だが間一髪、バンブルビーが地を蹴って車をかわし、何とか二次災害は免れた。

「大丈夫であるか!」
「いてて…」

 尻餅をつくバンブルビーの横で、がり、と小石が踏み砕かれる音がした。それにプロール違和感を感じると同時、ブゥン!と空を裂く音が近付くのを察知し、反射的に跳び退る!その直後、ドゴン!と鈍い音が響き、先まで彼が立っていたアスファルトに、無残な亀裂がはしった。

「でやぁっ!」

 間髪入れずに空中から手裏剣を投擲、着地と同時に初撃以上の速度でもう一撃、見えぬ何かに投擲する。2つの手裏剣は、別々の角度とタイミングで放たれたにも関わらず、全くの同時に標的に突き刺さった。 プロールが飛び退いてから僅か数秒、まばたきする間も無いほどの目まぐるしい攻防に、バンブルビーが、おおー。と感嘆の声をあげ、呑気に尻餅をついたまま、ぱちぱちとプロールに拍手を送る。

「何者である!姿を見せろ!」

 鋭い一喝が空気を震わせ、辺りに緊張感が漂い始める。そこに来てようやく当初の目的を思い出したバンブルビーが、勢い良く立ち上がり…かけて先に殴られた事を思い出し、こそこそと膝歩きで(因みに全く気配は消せてない)車に近付いて、何とか中の人間を助け出した。

「へっ、そうこなくっちゃなあ…」
「ふえ?ドコから話してるの」
「その声…!貴様は」

 プロールが全て言い終える前に、突き刺さったままの手裏剣を中心に、ぐにゃりと空間が歪む。そして次の瞬間、2人にとってよく見覚えのある、そして出来れば顔を合わせたくない男が姿を表した。黒と緑を基調としたカラーリング、棘を配置した鋭角的な装甲、そして鍵爪…見間違える筈も無い。

「げっ!」
「よお、久しぶりだな」
「ロックダウン…」

 よくよく見れば、以前身に着けていた外套の上に、地球の液晶板に似た細工が見て取れる。ただし、液晶板と言うよりはフィルム、もしくは布と言ったところか。心中で舌打ちをひとつして身構え、オプティマス達へ緊急回線を繋ぐ。状況を手短に伝えて通信を切ると、ロックダウンもまたプロールを注視していた。

「光学迷彩であるか」
「面白えだろ」

 ロックダウンは不敵な笑みを浮かべると、手鋼板に刺さった手裏剣を引き抜き、ほらよ!これは返すぜ受け取りな!とプロールに投げ返した。空を裂く音と共に飛来する2つの刃を、プロールは恐れ気も無く易々と受け取り、流麗な所作で再び構えをとる。

「今日はお前さんに用があってな」
「貴様にあっても我が輩には無い、お引き取り願おう」
「つれないねえ」

 動作は自然体ながらもロックダウンに隙は無い、やはり容易い相手ではないとプロールが攻めあぐねていると、会話から取り残されていたバンブルビーが、大きく声を張り上げた。

「ちょっと〜!プロールはお前なんかと話したくないって言ってるだろ!さっさと帰れば!しつこい男は嫌われる。ってサリも言ってたよ!」

 ロックダウンがプロールを付け狙っているのは、今やチームの皆が知るところだ。当然ながらそれを快く思う者はおらず、近頃は露骨に不快感を表すようになっていた。恐らくこの場にいるのがバンブルビーでなかったとしても、似たり寄ったりの反応だったろう。

「坊主にゃ話し掛けてねえよ、ガキは家に帰って飯食って寝てな」
「勿論帰るさ、お前を追い払ってからプロールと一緒にね!」
「口の減らねえガキだ。可愛げの無え」

 バンブルビーは腰に手をあて、足りない身長ぶんめいいっぱい背伸びをして胸を反らすが…正直威圧感は無い。

「邪魔するってんなら潰させて貰うぜ」
「我輩がそれを黙って見ているとでも?」
「お前なんか怖くないよーだ!あっかんべ〜〜っ!」

 数秒の沈黙の後、三者三様に武器を構え再び緊張感が高まりだす。ピリピリと表皮を刺すそれに比例して、体内のモーターが徐々に回転数を上げていく。

「来いよ!遊んでやる!」

 ロックダウンの左腕がチェーンソーへと変形し、甲高い叫びを上げてバンブルビーへと振り下ろされる。しかしバンブルビーは持ち前の素早さを生かして回避、お返しとばかりに電撃を打ち出すが、例の外套は絶縁体で作られているらしく、ロックダウンは回避行動すら起こさずに受け止め、見事にしのいでみせた。

「喰らいな!」
「うわっ!と、ふ〜危ない危な…わっ!わわっ!、いっっつ!?」

 再びバンブルビーは初撃をかわし、軽口の一つも叩こうとしたが、ロックダウンは動きを留めず、振り下ろされたチェーンソーを瞬時に跳ね上げ、その顎を唸る刃先が掠める。更に右足を一歩踏み出して間合いを詰め、怯んだ隙にがら空きになった首目掛けて鍵爪を突き出す。バンブルビーは咄嗟に頭を傾け鈍く光る爪から逃れるが、ロックダウンが手首を軽く捻ると同時、細い首に鋭い爪先が食い込み、あっさりと何本か配線が引きちぎられた。そして完全に足が止まったとみるや、袈裟懸けにチェーンソーを振り抜こうとする。が

「止めろ!貴様の相手は我輩だろう!」

 ロックダウンが視界の片隅に飛来する刃を捉えた。と思った時には既に、左肩へ手裏剣が深々と突き刺さっていた。反射的にチェーンソーを盾にし、二撃目を受け止める。

「ちっ!」

 ガキャンと甲高い金属の悲鳴が響き、チェーンソーの動きが止まった。可動部に食い込んだ手裏剣が刃を歪ませたのだ。舌打ちと共にそれを惜しげも無く切り離し、瞬時に拳へ、更にプロールがこの機を逃さじと飛び込ん来るのを先読みし、足が止まったままのバンブルビーの腕を掴んで、まさにプロール地を蹴った瞬間、足止め代わりに投げ飛ばす。とっさにプロールが腕を広げ、バンブルビーも受け身を取ろうとするが勢いは殺せない。二人がアスファルトの上を転がっている隙に、ロックダウンは格納スペースから片刃の曲刀…地球で言う所の青竜刀を取り出し「それじゃあ第2ラウンドといくか」とうそぶいてみせた。

「いたた…ごめんプロール大丈夫?」
「平気である。バンブルビーの方こそ怪我は大丈夫であるか」
「だいじょぶ!そんな酷くないよ」

 バンブルビーはへらりと笑ってみせるが、先の一撃は循環パイプを傷つけていたらしく、首からはぽたぽたとオイルが滴っている。確かに重傷ではないが、無理もさせられない。

「どうした?来ねえんならこっちから行くぜ」
「我輩が行く、バンブルビーは援護を頼むである」
「オッケー!」

 左右に分かれて、ロックダウンを挟み込む形で陣取り、互いに目配せをして同時に攻撃を仕掛ける。

(まったく、やりづれえな)

 プロールの拳は身の軽さに比例して重さこそ無いが、流れる水の如く途切れ無く、且つ的確に急所を狙ってくる。それら全てをかわし、受け流し、受け止めるのは並大抵ではない。更に、援護に回ったバンブルビーが、威力が無いのを頓着せず電撃を打ち出して来るのも煩わしい。
 外套のおかげで感電する事は無いが、弾ける火花と音が少しずつ集中力を削いでいく。

「そらよ!」

 僅かな間断を突いて青竜刀の長柄をくるりと回して脳天を狙うが、手裏剣が刺さったままの左肩が上手く動かず、ブンと唸りを上げて頭上ギリギリを通り過ぎた。

「おおっと!やーいやーい当たらないよーだ。べろべろばー!」

 しかも壊滅的に口が悪い。先の攻撃の際に、発声回路をぶっちぎっておけば良かった。心中でバンブルビーに中指を立てた瞬間、プロールの拳が顎を掠め、思わずヒュウと口笛を鳴らしてしまった。

「考え事とは余裕であるな!」
「おうよ、もっと本気出して良いんだぜ」

 実際はロックダウンにさほど余裕は無いのだが、あのプロールが、感情剥き出しに突っかかって来るのが愉快であるのも確かだ。先端にバンブルビーのオイルがついた鍵爪を鼻先に突き付け、あえて挑発的な態度をとって攻撃を誘う。

「じゃなきゃ張り合いが無いってもんだ。何ならもっと壊してやろうか?」
「貴様ッ!」

 落ち着け、挑発に乗るな、冷静になれ、心乱せば勝ちは離れ、岩木の如く心静め、正しく戦況を見定めれば勝ちは自ずと近くなる。そう何度も唱え、フツフツと沸き上がる怒りを静めようとするが、ひけらかすように突き付けられた鍵爪を…正確にはその先のオイル、既に酸化し始め黒く濁っていたそれが、元はバンブルビーの体内で循環していた一滴なのだと気付いた時、せせら笑うようにロックダウンの口端がつり上がる。

 体中のオイルが沸騰ような怒りに任せ、プロールは拳を振りぬいた。

「捕まえた」
「ッ!」

 大きな手が、プロールの右手首を捕らえる。気付けば確かに鍵爪だった右手が、五指を揃えた手のひらに変わっていた。
 途端、腕が引き抜かれそうな勢いで体ごと振り上げられ、次の瞬間、左半身から激しくアスファルトに叩きつけられる。

「か、はっ」

 回る視界、体がバラバラになりそうな衝撃に息が詰まる。耳障りなエラー音が、プロールの頭のなかで鳴り響く。数秒の間を置いて体中を鋭い痛みが駆け巡り、左腕が折れた事に気が付いた。

(してやられた…!)

 プロールは己を叱咤し、途切れそうになる意識をどうにかつなぎ止めようとするが、無情にも体内のエラー表示は増えていく一方だった。

「このっ!プロールを離せ!」
「そいつぁ出来ない相談だ」

 叫び、プロールの危機に血相を変えて飛び込んで行くが、ロックダウンはそんなバンブルビーを冷たく嘲笑う。最早この場に用はないと、向かって来たバンブルビーを青竜刀の腹でなぎ倒し、意識が朦朧としているプロールを肩に担ぎ上げた。

「あばよ小僧、こいつは預からせてもらうぜ」
「プローールーっ!!」

 捕縛用のゴムロープでプロールを拘束すると、ロックダウンはトランスフォームし、逃走を図る。バンブルビーも気力と負けん気で勢い良く立ち上がったものの、オイルが足りない身体は思うようには動いてくれず、見る見るうちに引き離されていった。

「プロール…」

 仲間を呼ぶ声は半ば震えていて、やがて泣き声に変わっていった。

2010 マグロ

 ウルトラマグナスは、この現状をどう打開すべきか悩んでいた。
 目の前にはオレンジ色の頭部、そして少し下に金色の翼。部屋にやって来るや否や膝の上に鎮座したっきり、呼び掛けようが揺すろうが、全く返事をしてくれない。
 これが睦み事ならばまだわかるのだが、今のロディマスはそういう雰囲気ではない、寧ろこれは拗ねているときの反応に酷似している。

(しかし…)

 ロディマスに大目玉を喰らわせた事は数あれど、彼はここ最近酷い無茶はしていないし、目に余るようなサボりもしていない。何より拗ねているのなら、こうして膝の上で大人しくしている訳がなく…恐らく私の私室ではなく、ダニエルかグリムロックの所で愚痴でもこぼしている筈だ。

「司令官」
「……」
「だんまりもいいかげんにしないか」

 少しばかり語気を強めてみるが、この程度で動じるような性格でないことは、自分が一番知っていた。

「まったく…好きにしてください」

 そのかわり私も好きにさせてもらうからな。と胸中で呟き、ひと周りもふた周りも小さな機体を抱き締める。

「司令官」

 返事は無い。小さな嘆息と共に背を屈め、翼を潰さないよう気をつけながら、ちゅと後頭部に口付けた。

「司令官」

 ピクリと肩が震える。しかし彼は口付けから逃れるように背を丸め、膝を抱えて完全に顔を隠してしまう。なんなんだいったい。どうしろというんだ。
 もういっそ無視して立ち上がってしまおうかとも思うが、床に転げ落ちる彼の姿を想像し、流石にそれは無体というものだと、僅かに湧き上がった苛立ちを抑える。その代わり

「失礼します。…よっ、と」
「!!」

 膝裏に左手を差してぐるりと向きを変え、右手を翼の下に回して彼を抱え上げた。驚き、辺りの様子を窺おうと上げた顔を覗き込もうとするが、いやだとばかりに身体を丸めて抵抗する。まるで猫か冬眠中のリスのような姿勢だが、その背は頑なに会話を拒否していた。

(それでも構わないさ)

 そのまま立ち上がって、抱えた身体をそっとソファーに下ろす。膝裏の手を離す瞬間、名残惜しげに脹ら脛と太股で軽く挟み込んで来た。先からの態度と相反するその行動に、彼の本心を見た気がする。

(おたくが気分屋なのは今に始まった訳じゃない、とことん付き合ってやる)

 軽く頭を撫でてからその場を離れ、なるだけ柔らかい毛布と、ついでにクッションを取り出す。クッションを彼の背とソファーの隙間に置き、肩から毛布を掛けてから、冷蔵庫の中をチェックした。調理場ではないが故、大したものは入っていなかったが、軽食位なら作れそうだと判断し、早速卵と牛乳、そして食パンを取り出す。
 彼に、何があったのだろうと考えながら、卵と牛乳を混ぜる。
 最初は拗ねているのかと思ったが、それでもあそこまで頑なにはなる性格ではない。あれは…塞ぎ込んでいるのだ。
 ならば原因は、やはり司令官としての重責にあるのだろうか?チャーは本人が自力で乗り越えるしかないと言っていた(そしてそれは正しい意見なのだろう)が、それでもサポートは必要不可欠だろう。それは実務の面だけでなく、精神的な面でも。
 彼の好みに合わせ、砂糖を多めに入れた卵液に、ひと口大に千切ったパンを浸す。 取り敢えず。今夜はうんと甘やかしてやろう。発破をかけるなり焚き付けるなりは、その後だ。
 パンが吸い切れなかった卵液ごと耐熱皿に入れ、オーブン…が無いのでラップを掛けて電子レンジで加熱。その間にコーヒーを淹れ、同じ分量の牛乳を注ぐ。
 パンプティング…と言うにはやや彩りが足りない気もするが、味はそれなりに仕上がった。カフェオレと共に、温かい湯気が立つそれを持って、彼の元へ戻る。

(変化なし…か)

 調理中も物音がしなかったし、見たところ毛布も崩れていない、先ほどと全く同じ、膝を抱えた姿勢のままの機体に、少しばかり不安を覚えた。

「どうぞ」

 コトリとテーブルの上に置き、彼の側に寄せてやる。

 手は伸びない。
 顔も上がらない。

(腹が充ちればそれなりに気力も湧くものだが…)

 自分まで鬱いでしまっては元も子もない。と、気持ちを切り替えて、彼の隣に腰掛ける。

「司令官、これは私の独り言です。返事などしなくても構いません。煩わしいと思うなら、聴覚をオフにしてください」

 視線は前へ、但し全身のセンサーをロディマスに向けた状態で、ウルトラマグナスは口をひらいた。

「完璧な者など今まで存在しなかったし、これからも現れないだろう。不完全でも、いや不完全だからこそ、おたくが今、出来るだけの努力をしているのは分かってる。だから、おたくはもっと甘えていい。私は望む限り側にいる。それはおたくが、マトリクスを受け継いだ者だからじゃない、我々の司令官だからでもない、ただ…」
 不意にウルトラマグナスの言葉が途切れ、逡巡するかのように口ごもる。ゆるく明滅するオプティックが、そのままマグナスの心象を表していた。しかしそれも数秒の間だけ、己の意思を確かめるように、はっきりとした口調でマグナスは言葉を続けた。

「私がおたくの側に居たいだけだ」

 嘘じゃない、たとえ始まりがそうだったとしても今は違う。そこまで続けた所で、とす。と、彼が控えめに体をもたれて来た。思わずオプティックを見開きながら、慌てて彼の方に首を向ける。

「マグナス…」

 おずおずと上げられた顔。
 普段の快活さなど見る影もない程、声が掠れている。そのオプティックも、涙こそ浮かべて居なかったが、散々擦ったのだろう、目元の表皮が傷付いていた。

「やっと私を見てくれましたね」
「……」

 彼は私の名を呼んだきり、口を一文字に結んでしまった。時折もごもごと唇を動かすが、それらは言葉になる前に消えてしまう。

「いいんです」

 それでもいい、理由など教えてくれなくても、おたくなら、話したいと思えば話してくれるだろう、自分の中で消化したいならそれでもいい。

「私は、おたくが嫌だと言うほど側にいてやります」

 だからどうか、独りきりで泣くのはやめて欲しい。私が彼を重荷に思う事など、まして煩わしいと思う事など、決して無いのだから。
 寄りかかって来た頭を、慈しみを込めてぽん、ぽんと優しく撫でながら、マグナスは胸中で呟いた。

「さて司令官、腹が減ってはいませんか?」
「…へった」
「夜食でもいかがです」
「…たべる」
「では、改めてどうぞ」

 ついと手のひらで示せば、彼はのろのろと体を起こし、小さな声でいただきます。と手を合わせて、黙々とパンプティングを食べ始めた。

「マグナス」
「何です司令官」
「あたまがゆれてたべにくい…」
「!、これは失礼」

 指摘され、頭を撫でていた手を引っ込めるが、彼はスプーンを止めたまま、じっと上目使いに私を見上げている。

「どうしました」
「ん…なんでもない」

 少し考えて、彼の方に体をずらし、ぴったりとくっつくように座り直してみた。彼は一瞬オプティックを丸くして、次にはにかんだように唇を歪める。不得意ながらもにこりと、なるべく優しい顔で笑い返す。すると彼は、蚊の鳴くような声で、ありがとう。と囁きまた黙々と食べ始めた。どうやら正解だったらしい。

「あのさ…その…」
「はい」

 夜食を食べ終えた彼が、再びちらちらと…但しかなり遠慮がちに私を見上げてきた。私はブレインをフル稼動させ、何とか彼の望みを読み取ろうとする。しかし意外な事に、それより先に彼が口を開いた。

「きょうはマグナスといっしょにねたい」
 瞬間、突き崩されそうになる理性を、鋼の自制心で耐える。なるだけ冷静に彼を見返すが、そのオプティックに情事を望む色は宿っていない。

「私で宜しければお安い御用です」

 正直、彼を押し倒さなかった自分を誉めてやりたい。

「ありがとう…あと…なまえ」
「はい?」
「なまえでよんでくれ」

 常の奔放さとはかけ離れた、ささやかな甘えに、ぎゅうとスパークが締め付けられる。

「わかりました。なら…ロディマス、今日はもう遅い、そろそろ寝ましょう」
「ああ、そうするよ」

 どうか明日には、いつもの明るい彼に戻っていますように。でなければ私は調子が狂ってしまう。こんな雛鳥のように無防備でか弱い姿は、彼には相応しくない。

「さあ、準備が出来ましたよ」
「うん…おやすみ。ウルトラマグナス」
「おやすみ、ロディマス」

 よい夢を。










イメージBGMはBUMP OF CHICKENの【embrace】です。
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