「なあー」
今日も今日とて、デストロン軍の本拠地を防衛すべく、監視モニターと睨めっこをしていると、先までラウンジでレインメーカーズとだべっていた筈の年若い同僚がやって来て、やや気怠げな声で私に声を掛ける。そしてそのままつかつかと歩み寄り、ゴツンと、椅子に腰掛けていた私の頭の上に、やや乱暴にその顎が乗せられた。
「どうした?スタースクリーム」
視線はモニターから外さずに、右腕だけを上げて、寄りかかるように私の背にもたれるジェットの頭を撫でてやる。
いつになく大人しい様子で目を細めるコイツは、また何かしでかしたらしく、メガトロン様にお叱りを受けた挙げ句、そこら辺の小惑星に放逐されたのだ。
いつもの事と言えばそれまでだが、いつもと違うのは、すぐに地球のメガトロン様の元に帰らず、私の所に転がり込んで来た事と、にもかかわらずコイツが荒れていない事か。
自分から呼び掛けたくせに、あれきり押し黙ったままのコイツの頭を、なるだけ気長にゆるゆると撫で続けると、真一文字に結ばれていた口から短いため息が漏れ、躊躇いがちに言葉が紡がれる。
「ずっと待ってる時、どんな感じだった」
呟くような問いは、凪いでいた私の内に、小さなさざ波をたてた。
「なんだ、お前メガトロン様に迎えに来て欲しいのか」
「違えよ、つか質問に質問で返すな」
その存外に真面目な声に、我知らず押し黙り、瞑目してあの果てしなく続くとさえ思えた歳月を振り返る。
「…忙しい日々だった」
陳腐な表現だが、これが一番適切だろう。基地を守り、部下をまとめ、定められた間隔で通信を試みる。初めの頃は何とも思わなかったが、やがて時を経るにつれ、その中に不安だったり、疑念だったり、怒りだったりが混ざってきた。
もう、あの方は帰って来ないのでは。
見捨てられてしまったのか?
どうしてついて行かなかったのだろう。
あの方は死んでしまったのだろうか(いいや絶対に生きている)(でもそれなら何故)
この場所だけは守り抜いてみせる。
命令に違反してでも、皆を探しに行くべきなのではないか。
信じている。
此処で朽ちるのが運命なのか?
きっと帰って来る。
ああ恨めしい、私を置いて行ったあの方が、迷いすら抱かなかったあの日の私が
会いたい、声を聞きたい。
いったいこんな日が、いつまで続くのだろう(もしかすると死ぬまで?)
「ただただ待っていた。もう私にはそれしか残っていなかった」
あの日々の事を話したのは、実は今日が初めてだ。私自ら話す事だとは思わなかったし、メガトロン様やサウンドウェーブも、何か思う所はあったようだが、あえてたずねはしなかったから。
「……」
無言のまま頭の上で、右の頬っぺたをすりつけるようにスタースクリームが身じろぎする。コイツがこんな風に甘えるのは珍しい(と言うか初めてだ)が、もしかして私を慰めているつもりなのだろうか?
「それで?また今日はどういう風の吹き回しだ?」
「別に…」
そんな子供みたいな答えは無いだろう。と肩を竦め思わず苦笑すれば、そんな気配が伝わったのか、むうと小さく唸る声が聞こえた。
「まあ…話したくないのなら無理強いはしないがな」
それきり会話は途切れ、モニタールームにしんと静寂がおりる。私はスタースクリームの頭から手を離し、再び職務に集中した。勿論静寂と言っても、扉の外ではガードロボット達が基地を警邏しているし、モニターからは小さな電子音が発せられている。それに自分自身の駆動音が僅かに響く様は、かつての時を連想させた。
しかし、かつてと決定的に違う事がある
「スタースクリーム、重い」
「邪魔か」
「いいや」
「ならいいだろ」
頭の上から聞こえる息づかいや、背中から伝わるスパークの鼓動は、私をひどく安心させた。
「今日はこちらに泊まっていくか」
「そうする」
心臓の音、ふたつ。
「明日にはちゃんと帰るんだぞ」
「わかってらあ」
会いたいと、あの方にお願いしてみようか。そう独り言を漏らしたら、俺がここに居座ってれば、わざわざ言わなくたってメガトロンの奴、怒鳴り込んで来やがるぜ。などと悪戯めかして囁くものだから、思わず笑ってしまった。