朝食も終わり、更に10時を過ぎてもラウンジにやって来ないラチェットを心配し、リペアルームまで様子を見に来たコンボイ、しかしそこで彼は衝撃の場面に遭遇する。
ガチャッ
「ラチェット、今日はどう…した…ん」
思わず絶句するコンボイの目に映る光景は、なかなかに壮絶だった。
リペアルームで、ラチェットが怒気と威圧感たっぷりに仁王立ちしている。そしてラチェットの前には正座をして俯くクリフとアイアンハイドの背中。
少し離れた床にはフルボッコにされたスカイワープ、その額にはスパナがめり込んでおり、オイルで部屋の床は不気味な黒い色に変色している。
更にはグリムロックが、ゴザとロープでぐるぐると簀巻きにされたフレンジーを抱えていた。
「…………〜〜っ……」
全身のオイルが急降下した気がする。
「………2人とも」
「はい……」
コンボイの存在を無視して(気付いていないだけかもしれないが)ラチェットが深い溜め息を吐き、2人を見下ろしながら普段の1.5倍は低い声(当社比)で話し掛け始めるが、当の2人は哀れな程にガクガクブルブル、まともに聞こえているのかは非常に怪しい。
「私が何故怒っているかわかるね?」
疑問型でありながらも、はい か YES 意外の回答を許していない、絶対零度の声
「〜っ…はい」
「そうか…ならば話は早い」
その答えに満足したのか、やんわりと目元を緩め、薄く口を開いてにこりとラチェットが微笑む……背後に怒りのオーラを棚引かせながら、瞳には本物の殺気が揺らぎ、更には額に青筋を浮かべるその表情を微笑みと呼べるなら…の話だが
「…あ、司令官」
「ほあっ!!」
あまりも唐突に声をかけられ、猫だましを喰らった猫のようにぴゃっ!と飛び上がり、どこからか変な声が出てしまった。
「何か用ですか?」
先の悪鬼も裸足で逃げ出すような雰囲気はどこへやら、今度こそ本当ににっこりと微笑んだラチェットは、コンボイが知る"いつもの"ラチェットだった。
同時に張り詰めていた部屋の空気が一気に緩み、クリフとアイアンハイドが安堵の息を吐く。
「あ、ああその…今日は君の姿が見えなかったから、声を掛けておこうと思って」
「おや、司令官直々にご足労とは私も偉くなったもんだ。でも丁度良かった。見ての通り貴方に報告しなければならない事があるんです」
その言葉に、簀巻きにされたフレンジーがギクッと肩を竦め、焦った様子でスカイワープに視線を送る。
コンボイもキッと気を引き締め、常の穏やかな表情から、司令官としての威厳ある表情に切り替え…
「これを見て下さい、クリフとアイアンハイドの奴、リペアルームにこんな大きな天窓を!全く!とんだビフォーアフターです」
コケた。
言われて気付けば、劇的改造によってやたら部屋の見晴らしがいい、明るい太陽の光が差し込む頭上を仰げば、良く晴れた青空の中、真っ白な千切れ雲が軽やかな風に流れている。壁の焦げ目からしておそらくバズーカでも乱射したねだろうな…
「ってそっちかよ!!」
「そうだそうだ!それよりデストロンだろうまず普通!!」
肩を怒らせ、やにわに立ち上がった赤組を拳骨で黙らせるラチェット。
腕組みをし、煩いからこいつらを部屋の外に放り出してきてくれ!とプリプリしながらグリムロックに指示を出す。素直にグリムロックが了承すると、またにっこり微笑んでよしよしとその頭を撫でた。
グリムロックは嬉しそうに尻尾を振り、フレンジーをポンとコンボイに手渡すと、二重の意味で頭を抱える2人をいずこかへと引きずって行った。
「全く…あいつらにも困ったものですよ」
「えーと……」
何かいろいろ言いたい事はあるのだが、とりあえずはラチェットの要件を済ます事にする。
「そうだな、リペアルームに関しては、ホイストとグラップルに頼んで、早急に復旧してもらおう、設備や医療器具はホイルジャックやパーセプターに修理してもらって、後はまあ…君が自分で微調整するのが良いんだろうな」
「ありがとうございます!」
まあ、実際問題として、リペアルームが機能しない状態は非常にマズいので、ラチェットの進言は理に叶っていると言える。
何はともあれラチェットの機嫌も良くなったし、問題はほぼ解決したようなものだ。
「さて、後は君達についてだが」
「ひっ!おお俺達今日は別になな何もしてないぜ!!」
常の威勢は全く無く、むしろ目に見えて怯えた様子のフレンジーに、なんだか申し訳ないと言うか、子供を苛めてるような罪悪感が生まれてしまう。
「では何の為基地に潜入したのかな」
「いやあのその、き、今日本当に任務とかじゃなくて事故って言うか」
よくよく話を聞けば他愛ないと言うかドジと言うか…そこのスカイワープと取っ組み合いの喧嘩になり、フレンジーが思い切り殴ったはずみでスカイワープのワープ機能が誤作動を起こし、運悪く…そう、本当に運悪く、サイバトロンでも群を抜いて血の気が多い赤組の、しかもクリフとアイアンハイドという、ある意味これ以上無い2人の目の前に飛び出してしまったらしい
「それでこの騒ぎという訳か」
「大変でしたよ。あいつらはスカイワープを撃ち落とそうとハンドキャノンやらバズーカやら連射するし、グリムロックは火を吐くし、その上フレンジーの奴が、よりにもよってハンマーアームなんか使おうとするから、思わず怒鳴ってスパナ投げちゃいましたもん」
もん…って
跳ね返る間もなくめり込んだスパナが、いったいどれほどの速度で投げられたのかと考えるだけで、また少しヒヤッとした。
「あの馬鹿、俺の前に飛び出して来やがって、それで気絶してちゃ世話ねえや」
ぶっきらぼうな口調だが、先からスカイワープ注がれる視線には、仲間を気遣う雰囲気が感じられる。
「…彼が心配かい」
「なにいってやがる!誰が…あんな、奴」
否定はしても、腕の中でしゅんと俯く小さな頭に、私だけでなくラチェットもまでもため息をついた。
「仕方ないな…」
「まあ、そうですね…」
顔を見合わせてお互いに苦笑。どうなるのかと身を竦めるフレンジーの拘束を解いてやる。ラチェットも今日だけだからな、なんて言いながらめり込んだスパナを外し、スカイワープに応急処置を始めた。
「い、いいのかよ」
「…我々はサイバトロンだ」
「何だそれ、訳わかんねえ」
「…いつか君達にも、理解して貰えればいいのだがね」
その可能性がとても低いのはわかっている。でも今ここで、彼らを破壊する事は、正直出来そうになかったから。
「さて、メガトロンに連絡をするとしよう」
だから
後悔なんて、しない。