「メガトロンメガトロン!」
「どうしたプライム、そんなに慌てるとまた爆発するぞ」
今日は青空に恵まれたせいか、気温2℃と真冬にしては比較的暖かく、この基地という場には不似合いな、どこかのどかな空気に包まれていた。スタースクリームを伴い定例報告会に赴いたメガトロンの元へと、同じくジャズを伴ったオプティマスが、足取りも軽くぱたぱたと駆け出して…実際はガシャンガシャンという鈍く重い音が響いているのだが、まあそこはそれ、雰囲気で察していただきたい。何はともあれ彼の機嫌が良いというのは、すなわち今日1日が平和であると――
「凄くいい考えがあるんだ!!」
その言葉が発されるやいなや、刹那の間すら置かずNEST基地に戦慄が疾る。そこからは全てが瞬間、瞬間、瞬間だった。
笑顔のオプティマスと膝から崩れ落ちるメガトロン、真っ先にスタースクリームがF-22にトランスフォームし、逃げだそうとエンジンに点火。レノックスの撤退命令がホールに響く中、メガトロンが投げたチェーンメイスが直撃し、やっぱり逃げだそうとしていたジャズの目の前にガションとラプターが落下する。
「え?」
とオプティマスが目を丸くする頃には、蜘蛛の子を散らしたように周辺に人っ子1人いなくなり、何か達観した(もしくは諦めた)表情のメガトロンと、逃走を阻止された哀れな部下2名のしくしくという泣き声だけが残っていた。
* * *
というのが実は一週間前だったりする
「さて、今日のトランスフォーマーはディセプティコンの戦艦、ネメシスの厨房から物語を始めよう!」
「………ジャズ、貴様よくそんな笑顔でいられるな」
「そうでもしなきゃ心が折れる」
ガンガンとやたら派手な音が響く厨房で、ブリテンダーの姿になった(その方が被害を軽減できると判断された為である)エプロン姿のジャズ(紺地に和柄のギャルソンタイプ)とスタースクリーム(サロンタイプでトリコロールカラーのストライプ)が向かい合って同時にため息をつき、音の発生源をちらっと横目で見やる。
「〜♪〜♪♪」
そこには明るいメロディーを口ずさみながら右手に棍棒…ではなく麺棒を握り締め、板チョコをメタメタに叩き潰しているオプティマスがいた。因みに彼のエプロンは白のサロン+フリルという、何とも可愛らしい代物だが、体躯のいい男が着込んでいるため、いったいぜんたいどうしてこうなった!としか言いようのない状態になっている。
「なあオプティマス、もうその位でいいんじゃないか」
「そうか?じゃあ…」
とジャズに促されたオプティマスは、用意したボウルにチョコを移そうとするが、適度な大きさに砕かれる筈だった板チョコは、さんざんに叩かれた結果、のしイカもかくやと言うほどぺっちゃんこになって、まな板にへばり付いている。
「あれ?」
あれ?じゃねえよ。と口にしかけた言葉を寸でで飲み込み、さっとスタースクリームがゴムベラを差し出す。全く、最初からこれでは先が思いやられるな…などと落ち着いていられたのは、やはり最初のうちだけだった。
* * *
「ッざけんな!!貴様はメガトロンを殺す気か!殺す気なのか!!」
「そんな気は毛頭無い!永き争いと戦いの果てに、ようやく手を取り合えた旧き友を我が手に掛けるなど!!」
だったら今すぐ作り直せ!!と立場も忘れて怒鳴るスタースクリームの横では、真っ青になってシンクに半ば突っ伏した状態のジャズが、腹部と口元を押さえ、必死に吐き気と戦っていた。言わずもがな、原因はオプティマスの手作りチョコである。
いっそ吐いた方が具合は良くなると思われるが、ジャズは(全くもってスタースクリームには理解出来ないが)流石にそれはオプティマスが傷付くからと言って聞こうとしない。
テーブルの上には、火加減を誤ったが為に焦げた上に油分が分離した「なんか黒い塊」や直接お湯を注いでしまったせいで「ただの茶色い水」…その他諸々の失敗作が無数に転がっていた。
「だいたいな、料理スペックがマイナスの癖にアルコール混ぜたり果実のフレーバーを使ったりとかいきなり高度な事しようとするな!溶かして固め直すだけにしろ!!」
「マイナスとはなんだ!!」
「現にジャズが、今にもオールスパークの元へ召されそうになってるだろうが!!」
…これ以上すったもんだを書き連ねたところで、話が無駄に長くなるだけなので一部割愛
* * *
「おい、生きてるか?死んでたら返事はしなくていいぞ」
「はいはい生きてるよ、おかげさまで命拾いしたぜ」
所変わってここはラチェットの城であるリペアルームだ。結局ジャズはあのチョコが原因で消化器官が機能不全をおこし、駆け付けたラチェットの荷台に乗せられて、強制的に退場と相成った。
「…胃洗浄って苦しいんだな」
メンテナンスベッドに寝かされたジャズが疲れ果てた様子でポツリと呟くが、スタースクリームもまた、それに乾いた笑みさえ浮かべられないほど精神的に疲弊していた。
「で?あの後どーなった?」
「既製品を買えと念押しした。だが場合によっては、今夜メガトロンがリペアルームに転がり込む事になるな」
しばし無言の時が流れ、互いにどうしようもない馬鹿馬鹿しさや苛立ちや徒労感を持て余す。
「おい、ジャズ」
「なに、まだなんかあんの」
何だと聞き返しつつもジャズは、耳をふさいで布団の中に潜り込み、これ以上関わりたくない!と全身で拒否の姿勢を見せる。しかしながら両者の間には悲しい程の体格差があり、じたばたともがいたところで、布団ごと摘み上げられてしまえば為す術が無いのだった。
「そう構えるな、口直しだ」
「え?」
その言葉にみの虫よろしくな状態のジャズがぴょこと頭を上げると、目の前にはピンク色の粉砂糖で彩られた一粒のチョコがある。……その出来映えからしてオプティマスが作ったものではなさそうだ。
念の為にスキャンを掛けていると、頭上のスタースクリームが小さく肩を竦め、用心深い奴だと苦笑する。
「ほれ」
「サンキュ」
口に含めば優しい甘いミルクの香りが広がり、融点が低いそれは噛むまでもなく溶けてゆく。舌触りも滑らかで、文句無しにうまい
「めっちゃうまい」
「フン、当然だ」
「おチビちゃん達にか?」
「ああ。…あと、そう言えば、ここに来る途中見かけたんだが、お前の黄色いチビ助も何か用意していたぞ」
もう動けるのなら顔を出して来たらどうだ。というスタースクリームの言葉を、ジャズは一も二も無く受け入れて、先までの憔悴しきった様もどこ吹く風、と言わんばかりに意気揚々と布団から抜け出した。
「現金な奴だ」
「うるせ」
ショコラティエの不在証明
ジャズビー編へ続く