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AHM ドリフト+ブラー

「ドリフトォッ!!」

 それは半ば悲鳴に近い呼び声、気付いた時には左の肩から先かごっそり消え失せていた。

 痛い、という感覚は無かった。恐らく感覚を伝える機能がオーバーロードしたのだろう、倒れゆく時間は一瞬の筈なのに、はじける火花の音、溢れ出るオイルのぬるさ、水色の指先が伸びて倒れる俺の腕を掴もうともがき…俺も伸ばし返そうとしてああもう腕が無いのだと思い出す。もう片方の腕には刀が握られたままで、伸ばす事は叶わなかった。

「   ――ッ!」

 背中から冷えた地面に叩き付けられる。身体がぎゅっとこわばって、息が出来ない

 俺の名を叫び続ける彼に大丈夫だと、死ぬ程じゃないと伝えたいのに

「っ…ァぐ」
「ドリフト!ドリフトッ!!」

 焦げ付いた樹脂の匂いが吐き気を催させ、さりとてえずいた所で吐くものなど呻き声以外に無く。半身が無様にただれたこの身体を、彼に預ける他に出来る事など無かった。


* * *



「…ブ、ラー………」
「!!、意識が戻ったのか、今基地につく、それまでの辛抱だから頑張って」

 俺が瞬きをした一瞬の間に(いや、一瞬だと感じたのは自分だけで、時間を確認してみると実際には3時間程経過していた)全てが終わり、元より短い冬の日は早々にに地平線の向こうへ隠れていた。
 そんな、茜色の名残が僅かに空の境目を染めるばかりの夕闇迫る刻限のなか、彼は俺を背におぶって、わざわざゆっくりと歩いている。せめてトランスフォームして牽引出来れば良いのだろうが、片腕が無いこの状態では不可能な事だった。

「すま…難儀を、かける、な…」

 オイルが足りないせいで、上手く口が回らない

「ちょっと!謝ったりしないでくれよ」

 背負われている為、その表情を伺い知ることは出来なかったが、彼は少し怒ったように語調を強め、歩く速度を速める。

「僕は僕は僕はっ、君1人おんぶする位へっちゃらなんだから」

 その声はとてもしっかりしていて、我知らずほ、と安堵の息を吐いていた。それと同時に、澱んだ淵に水が流れ込むように、申し訳ないような不甲斐ないような、どこか居心地の悪い気持ちが自然と薄らいでゆく。

「…ブラー」
「なに?」
「あ、りがとう…」
「うん!」


既視感とでもいうのかな

トイ写真

土下座スタスク



先生になでなでされるビー

ジャズビー

 曰く

―恋とは決闘だ。もし右を見たり、左を見たりしてていては、敗北です―


 これはとあるフランス人作家のカクゲン(正確には作中の言葉)らしいが、今まさに、俺の目の前で激しい闘いが繰り広げられている。

「ねえ、バリケード君ってさぁしつこすぎるよ、ジャズの事はもう諦めなよ!」
「お生憎様、そうはいかねえって事だ、俺さまがっ!!

 鋭く放たれた右の拳を頭を屈めて避けた所へ、カウンターで突き上げられたビーの左膝が右頬にヒットし、バリケードが小さく呻く、そこに一瞬の間すら置かぬうちに、先の右を引き戻して脳天へ追撃の肘鉄が振り下ろされた。が

「っ餓鬼が!!」

 バリケードはそれを上体を捻る動作だけで見事にかわし、逆に肘が空振った一瞬の隙を見逃さず、腕を絡めとって関節技を仕掛け、刹那の間に攻守が入れ替わる。

「って…!二人とも、なあ、すぐに止めろ!辺りをよく見てみろよ!」

 辺りにはへこんだフライパン(へこみの部分が拳の形になっているような気がする)、割れた皿、横倒しになって床に広がる牛乳、小麦粉、ココアパウダーに砂糖、その他調理器具やら食材やらが雑多に散らかっていた。いや散らかるなどという生易しいレベルではなく、無惨に破壊されていると言う方がより正確だ。

「ここはNESTの食堂だぞ!」

 そう、ここは戦場でなければ訓練所でもない、NESTの隊員達の腹を満たし、一時の休息と憩いの場を提供する為の場所なのだが、今や見る影も無い。気づけば入り口付近でレノックスが、黙々と壊された備品をメモしていた。その後ろではアイアンハイドが右腕のキャノンにエネルギーを充填し始めている。
 あ、ヤバい。幸せなバレンタインが光の速さで遠のいてる。と言うか俺はビーのチョコを貰いに来た筈なのに、何でこうなった!


* * *



「……はぁ」

 ぷすぷすと薄く煙を棚引かせる2人を並べて正座させ、事の発端を問いただすと、何ともまあ馬鹿馬鹿しいと言うか子供じみた理由に、元々病み上がりだった事も手伝って怒る気が失せた。

「オイラが一番にチョコあげたかったのにバリケードが邪魔するから…」
「はっ!何故順番まで貴様に譲らなきゃならないんだ」

 ああもう、アホだこいつら

「つーか俺、もうチョコ食べたし」

 途端に触角をぴこぴこ動かし、誰からだとわめくビーのやきもちは可愛いが…俺がリペアルーム行きになった理由を考えればすぐに気付くだろうに

「オプティマス」
「えぇっ!!」

 ビー、頼むからそんな泣きそうな顔するな、あれは兵器…もとい義理チョコ以前の試作品だったんだから

「あとスタースクリームからも貰った」
「なんだとっ!!」

 バリケード…頼むからブレードに手をかけるな、多分お前じゃ勝てないぞ



3:7  でも、もう少し砂糖を足しても良いんじゃないか?

もう遅いとか言わないVD話@

「メガトロンメガトロン!」
「どうしたプライム、そんなに慌てるとまた爆発するぞ」

 今日は青空に恵まれたせいか、気温2℃と真冬にしては比較的暖かく、この基地という場には不似合いな、どこかのどかな空気に包まれていた。スタースクリームを伴い定例報告会に赴いたメガトロンの元へと、同じくジャズを伴ったオプティマスが、足取りも軽くぱたぱたと駆け出して…実際はガシャンガシャンという鈍く重い音が響いているのだが、まあそこはそれ、雰囲気で察していただきたい。何はともあれ彼の機嫌が良いというのは、すなわち今日1日が平和であると――

「凄くいい考えがあるんだ!!」

 その言葉が発されるやいなや、刹那の間すら置かずNEST基地に戦慄が疾る。そこからは全てが瞬間、瞬間、瞬間だった。

 笑顔のオプティマスと膝から崩れ落ちるメガトロン、真っ先にスタースクリームがF-22にトランスフォームし、逃げだそうとエンジンに点火。レノックスの撤退命令がホールに響く中、メガトロンが投げたチェーンメイスが直撃し、やっぱり逃げだそうとしていたジャズの目の前にガションとラプターが落下する。

「え?」

 とオプティマスが目を丸くする頃には、蜘蛛の子を散らしたように周辺に人っ子1人いなくなり、何か達観した(もしくは諦めた)表情のメガトロンと、逃走を阻止された哀れな部下2名のしくしくという泣き声だけが残っていた。


* * *



 というのが実は一週間前だったりする


「さて、今日のトランスフォーマーはディセプティコンの戦艦、ネメシスの厨房から物語を始めよう!」
「………ジャズ、貴様よくそんな笑顔でいられるな」
「そうでもしなきゃ心が折れる」


 ガンガンとやたら派手な音が響く厨房で、ブリテンダーの姿になった(その方が被害を軽減できると判断された為である)エプロン姿のジャズ(紺地に和柄のギャルソンタイプ)とスタースクリーム(サロンタイプでトリコロールカラーのストライプ)が向かい合って同時にため息をつき、音の発生源をちらっと横目で見やる。

「〜♪〜♪♪」

 そこには明るいメロディーを口ずさみながら右手に棍棒…ではなく麺棒を握り締め、板チョコをメタメタに叩き潰しているオプティマスがいた。因みに彼のエプロンは白のサロン+フリルという、何とも可愛らしい代物だが、体躯のいい男が着込んでいるため、いったいぜんたいどうしてこうなった!としか言いようのない状態になっている。

「なあオプティマス、もうその位でいいんじゃないか」
「そうか?じゃあ…」

 とジャズに促されたオプティマスは、用意したボウルにチョコを移そうとするが、適度な大きさに砕かれる筈だった板チョコは、さんざんに叩かれた結果、のしイカもかくやと言うほどぺっちゃんこになって、まな板にへばり付いている。

「あれ?」

 あれ?じゃねえよ。と口にしかけた言葉を寸でで飲み込み、さっとスタースクリームがゴムベラを差し出す。全く、最初からこれでは先が思いやられるな…などと落ち着いていられたのは、やはり最初のうちだけだった。


* * *



「ッざけんな!!貴様はメガトロンを殺す気か!殺す気なのか!!」
「そんな気は毛頭無い!永き争いと戦いの果てに、ようやく手を取り合えた旧き友を我が手に掛けるなど!!」

 だったら今すぐ作り直せ!!と立場も忘れて怒鳴るスタースクリームの横では、真っ青になってシンクに半ば突っ伏した状態のジャズが、腹部と口元を押さえ、必死に吐き気と戦っていた。言わずもがな、原因はオプティマスの手作りチョコである。
 いっそ吐いた方が具合は良くなると思われるが、ジャズは(全くもってスタースクリームには理解出来ないが)流石にそれはオプティマスが傷付くからと言って聞こうとしない。
 テーブルの上には、火加減を誤ったが為に焦げた上に油分が分離した「なんか黒い塊」や直接お湯を注いでしまったせいで「ただの茶色い水」…その他諸々の失敗作が無数に転がっていた。

「だいたいな、料理スペックがマイナスの癖にアルコール混ぜたり果実のフレーバーを使ったりとかいきなり高度な事しようとするな!溶かして固め直すだけにしろ!!」
「マイナスとはなんだ!!」
「現にジャズが、今にもオールスパークの元へ召されそうになってるだろうが!!」


 …これ以上すったもんだを書き連ねたところで、話が無駄に長くなるだけなので一部割愛


* * *



「おい、生きてるか?死んでたら返事はしなくていいぞ」
「はいはい生きてるよ、おかげさまで命拾いしたぜ」

 所変わってここはラチェットの城であるリペアルームだ。結局ジャズはあのチョコが原因で消化器官が機能不全をおこし、駆け付けたラチェットの荷台に乗せられて、強制的に退場と相成った。

「…胃洗浄って苦しいんだな」

 メンテナンスベッドに寝かされたジャズが疲れ果てた様子でポツリと呟くが、スタースクリームもまた、それに乾いた笑みさえ浮かべられないほど精神的に疲弊していた。

「で?あの後どーなった?」
「既製品を買えと念押しした。だが場合によっては、今夜メガトロンがリペアルームに転がり込む事になるな」

 しばし無言の時が流れ、互いにどうしようもない馬鹿馬鹿しさや苛立ちや徒労感を持て余す。

「おい、ジャズ」
「なに、まだなんかあんの」

 何だと聞き返しつつもジャズは、耳をふさいで布団の中に潜り込み、これ以上関わりたくない!と全身で拒否の姿勢を見せる。しかしながら両者の間には悲しい程の体格差があり、じたばたともがいたところで、布団ごと摘み上げられてしまえば為す術が無いのだった。

「そう構えるな、口直しだ」
「え?」

 その言葉にみの虫よろしくな状態のジャズがぴょこと頭を上げると、目の前にはピンク色の粉砂糖で彩られた一粒のチョコがある。……その出来映えからしてオプティマスが作ったものではなさそうだ。
 念の為にスキャンを掛けていると、頭上のスタースクリームが小さく肩を竦め、用心深い奴だと苦笑する。

「ほれ」
「サンキュ」

 口に含めば優しい甘いミルクの香りが広がり、融点が低いそれは噛むまでもなく溶けてゆく。舌触りも滑らかで、文句無しにうまい

「めっちゃうまい」
「フン、当然だ」
「おチビちゃん達にか?」
「ああ。…あと、そう言えば、ここに来る途中見かけたんだが、お前の黄色いチビ助も何か用意していたぞ」

 もう動けるのなら顔を出して来たらどうだ。というスタースクリームの言葉を、ジャズは一も二も無く受け入れて、先までの憔悴しきった様もどこ吹く風、と言わんばかりに意気揚々と布団から抜け出した。

「現金な奴だ」
「うるせ」



ショコラティエの不在証明

ジャズビー編へ続く

2010 マグロ

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