指先をぐっと握ってはゆっくり開くのを繰り返し、は と碧藍色の夜空に向かって一つ白い息を吐き出す。それが霧散していく様を見て、無意識の内にクスと笑んでしまった。よくもまあ此処まで似せられた物だと、オートボット側ながらも、ラチェットの技術と凝りように感心してしまう
「ブリテンダー…か」
取るに足らぬ虫ケラに擬態せざるを得ないのは癪だが、この惑星で任をこなす際に、この身体が役立つのもまた事実。陸上車両をスキャンした物達ならいざ知らず、自分のようなジェットロンは、目立たずに行動、などどうあっても無理だ。
だから自由に動くため仕方無く…と、其処まで思考した所で今度は苦笑する。此処には自分以外自分を知る者などいないのに、いったい俺は誰に対して虚勢を張っているのか。
「悪くない」
むしろ非常に好ましい
それが率直な感想だった
色とりどりのイルミネーションで、煌びやかに彩られた夜の街、しんしんと降り積もる雪は淡く光を霞ませ、街の幻想的な雰囲気に拍車を掛けている。
だからだろうか、無性に浮かれた心持ちになるのは
神の誕生日など興味は無い、サンタクロースだってこれっぽっちも信じちゃいない
それでも、この惑星のクリスマスという祭りは自分が久しく忘れていた感覚を呼び覚ましてくれた。
戦争が始まる前は、セイバートロンでも祭日の度に何かしらの催しが開かれ、各都市も大いに賑わいを見せていて、自分はと言えば、そういうお祭り騒ぎは割と好きだったと思う、特に仲の良い(こんな自分にも、親しいと呼べる者達がいたのだ!)同型ジェットロン2人と一緒に飛び出し、空からの風景を楽しんだり、柄にもなくはしゃいだりもした。
「懐かしいな」
スパークが疼くようなこの感じは、きっと下らない感傷以外の何物でもない。
それでも
「ああ」
また一緒に飛びたい
「やはりこの身体は不便だ」
今自分の隣には誰もいないけれど
「空を飛び回るどころか、どんなに腕を伸ばしても、飾りの星にすら手が届かないなんて」
さみしい 淋しい 寂しい
こんなにも街は賑やかなのに、自分は独りぼっちなのだ。先までの浮かれ調子は一気に醒め、無性に心細くなる。
この迷い子に似た漠然とした不安を、ブンブンと頭を振って払い、ぎゅうと、痛い位に強く手のひらを握り締めた。
「…そろそろ帰投するか」
誰ともなく呟き、華やかな市街に背を向けようとした瞬間
「スタースクリーム!」
正面、少しばかり距離がある人混みの中から、自分よりも低い、良く通る声が響き、その唐突さに不覚にもびくりと身を竦ませてしまった。
ち、と内心舌打ちをし視線を向ければ、黒髪をきっちりと結い上げ、これまた黒いコートに身を包んだ体格の良い男が、憮然とした表情で自分を見ていた。その一歩後ろにはブラウンの髪を三つ編みにした子供、両人とも瞳は赤
誰だ、などと訊くまでも無い
「ブラックアウト、それに…?」
「スコルポノックだ」
やはりな、奴はこんな時までドローンを連れ歩く…というかわざわざスコルポノック用の身体を作らせたのか、アッシュグレイのダウンコートまで着せて…全くこの過保護め
思わずため息が漏れたが、奴の主義にいちいち口を挟むのは億劫なので、さっさと要件を述べろ!下らなかったら八つ裂くぞ。と目を眇めた顰めっ面で言い捨てた。
奴はそれに臆した様子もなくフンと小さく鼻を鳴らし、黙ったままスコルポノックに顎で指示を出す。
指示を受けたドローンが、ブラックアウトの背に回ると、入れ違いに別の子供がひょっこり顔を出した。なんだ奴の新しいドローンか、しかし何故俺に?と首を傾げるもそれは一瞬だけだった。
「!!お前…」
「…気付くのが遅いぞ」
赤い瞳、スコルポノックより一回り小さな、幼児と呼んで差し支えない子供は、ふんわりしたライトベージュの耳当てとマフラーに顔をうずめながら、パアッと顔を輝かせ
「まぁま!」
そう声を上げるなり、俺と同じ亜麻色の髪を揺らしながら、とてとてとおぼつかない足取りで、俺に駆け寄る。
しゃがみ込んで抱き止め、まじまじとその子を観察して確信する。間違いない、俺が卵から育ている幼体、その中でもようやく自我が形成され始めた個体だ。
「ブラックアウト…何故?」
戸惑いを多分に含んだ声音に、ブラックアウトの険が僅かに緩む
「そいつが、お前がいなくてさみしそうにしていたから…だから連れてきた」
腕の中の子がいつものように肩に登ろうとするのを止め(この身体で落ちたら一大事だ)かわりに抱っこしてよっこいせと立ち上がった。
「…そうか」
「まぁま、まぁま!」
小さな手のひらできゅっと腕にしがみつく、その姿に我知らず目を細めてしまう
「それに」
「ん?」
まだ何かあるのか、と視線で促すと何故かブラックアウトはそっぽを向いていて、何かもごもごと呟いていた。寒さの為か、奴の頬や鼻が赤らんでいる。
「クリスマスは、親しい者達と過ごすのが決まりらしい」
ああ、そうか
こんな自分にも、まだ親しいと呼べる者達がいるらしい
ふと夜空を見上げれば、さっきまでちらちらと花弁のように舞っていた雪が、いつの間にやら真綿を千切った程の大きさになっていた。
その不完全さゆえにきみが愛おしい
今自分の腕の中には、我が子と言っても過言ではない幼体、そして隣にはスコルポノックの手を引くブラックアウトが
「メリークリスマス、ブラックアウト」
「…メリークリスマス」
煌めくイルミネーションの林を歩きながら、並んで雪の絨毯を踏みしめる。
「…悪くないな」
「何がだ?」
お前が隣にいることだ。とは何か悔しいから言ってやらない
「こういう夜も悪くない」