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自分で考えるという事

今日は3月20日。
報道があるまで忘れていたのですが、地下鉄サリン事件から20年経つのだそうです。
16人の方が亡くなり、数千人の方が負傷した大惨事。
日本では類を見ない大規模テロ事件であるとともに、宗教という本当であれば人を救う為のものが命を奪うことになった忘れてはいけない事件であると思います。

オウム真理教やその内容や活動については、わたしよりずっと詳しい方が書かれるでしょうけれど、私はこういうことこそが
「地獄への道は善意で舗装されている」
ことなんじゃないかなと思います。
多分、当時の信者の人たちはそれが正義だと思ってやったんでしょうし。
結果として多くの人を苦しめても。
自分達は正義であり、選ばれた者だと信じていたのだと思うし、もしかしたら今もそういう人がいるのかもしれません。

私は漫画も読むし、ゲームもやりますから
「自分が特別な何かに選ばれた者である」
というのが快感なんだろうな、というのは解ります。
私も多分、憧れますし。
でも、それでも自分で考えることを辞めて、上の者のいう事だけを聞くことになれば、それはやっぱり、人間じゃなくなってしまうということなのではないかと思います。

最近続いている外国のテロ事件などと合わせて、なんだか本当にそういうのは嫌です。
自分の運命や生き方を、自分自身で誰もが選べる。
そんな当たり前のことがなんだか遠い世の中ですね。
生きていることの幸運を、自由に生きられる喜びを心から感じます。

被害者の方々に心から合掌。


でも、その後は気持ちを切り替えて福島で元気に生きていきます。
明日からしばらく、休みの私はトレジャーハンターです。
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