不幸としか思えない出来事の中でも、一さじ程は幸せが含まれているものだ。例えば酷暑の最中の一杯の水や嵐の後の青空のように。
それは私にとってのあなた
「ロディマス、調子はどうだ」
俺の額に手を当て、気遣わしげに目を伏せるラチェット。正直言えばかなり辛い、半日前から身体はオーバーヒート気味だし、頭はぐらぐらするし、熱で歪みが出来たのか発声回路の調子も悪い。ホント、この歳になって宇宙風邪なんて子供みたいで嫌だ(実際に、子供よろしく夜更かしをしたり、環境の確認もしないまま、未知の惑星に降りたせいである事は全力で棚に上げておく)。それに一応俺はロストライトの船長な訳で、今出来ない仕事は必然的にどんどん溜まってゆく、風邪が治ってリペアルームから出られたと思ったら、そのままマグナスに執務室へと強制連行…となる気がする。
「しばらくは熱が出て辛いだろうが、免疫反応だから我慢しろ、一晩たってもかわらんようならワクチンを処方してやる」
という事は、下手すると一晩中熱に浮かされてなきゃならないって事か、もう十分だから今すぐワクチンが欲しい。
「すっご、く…熱いんだが」
「我慢しろ、今機熱を下げるとお前さん本来の免疫機能が損なわれる。結局治りが遅くなるぞ」
「……はー、い」
熱で朦朧とした頭では、さっさと寝てしまえ。という名医の診断に抗う術も無く、かと言って心地よい眠りにつける筈もなく、夢うつつを彷徨いながら、ひたすら時が過ぎるのを待つ。
「――は大丈夫なのか?」
ぼんやりとした意識のなか、小さな声が聞こえた
「若いだけあって、彼はそんなにヤワしゃない。大分呼吸も落ち着いて来たし、明朝には元に戻る」
果たして今俺は起きているのか、寝ているのか。わからないまま耳を済ます。
「そうか、手間を掛けたようだな」
「なに、もっと手間暇掛けた連中もいる。気にするな」
オプティックを起動させ、視線だけで辺りを見回すと、寝台のすぐ隣に大きな影があった。ピントの合わない視界でも、俺はそれが誰だか直ぐに気が付いた。
「マ、グナス…来てたの、か」
ノイズだらけの掠れ声で名前を呼ぶと、少しだけ驚いた様子で彼が身を屈める。
「すまない、起こしてしまったか」
返事をしようとしたら、ケホケホと軽い咳がでてきて、苦しさに背を丸める。じわりオプティックに冷却水が滲んで、思わず手のひらで胸を押さえた。
「ロディマス…!」
身体の反対側、背中側をマグナスが優しくさする。幸いにも咳はすぐに収まり、落ち着いて一呼吸できる頃には、視界もクリアになっていた。
「あ、りが…と」
「無理に喋らなくていい、まだ寝ていろ」
普段は厳めしいの一言に尽きる彼の雰囲気が、今日はどこか柔らかい気がするのは、病床故の人恋しさからだろうか?咳が収まってからも、その手は背に添えられていて、気付けば寄りかかるように身体を預けていた。
「おや?いつもは厳しい副官殿が、今日はやけに船長を甘やかすじゃないか」
「ラチェット…」
珍しくからかうような口調のラチェットを、マグナスは軽く咎め、小さく肩を竦める。
「すまない。微笑ましかったものでね」
くすくすと笑いながらラチェットは、再び俺の額に手を当て、大分熱も下がったな。と言ってぽん、と一度頭を撫でた。
「それじゃあ私は少し部屋を空ける。他の皆の様子も気になるからな、お前さんもそろそろ部屋に戻るんだ。ここは患者の為の場所だ」
「ああ、そうさせて貰う。まだ仕事も残っているからな」
その言葉を聞いて、俺は慌ててマグナスのもう片方の手を握る。もう少し、あと少しだけ側にいて欲しい。そんな気持ちを込めて見上げると、何故かマグナスは、酷くうろたえた様子で俺を見下ろした。
「マ、グ…ナス」
「……っ」
しばしの沈黙の後、静かなリペアルームに、大仰なため息の音が響き、ラチェットが眉尻を下げた呆れ顔で先の言葉を訂正する。
「ウルトラマグナス、悪いが帰る前にそこのでかい子供…もとい患者を寝かしつけてくれないか。今回のケースはは眠りが一番の薬なのだが、彼はぐずってばかりでなかなか寝付かないのでね」
「…その、すまない」
「では頼んだよ」
肩を竦めて背を向け、ラチェットがリペアルームを後にする。シュン、と軽いスライド音を残して扉は閉じ。室内は俺とマグナスの二人だけになった。
「安心しろ、おたくが眠るまで側にいる」「うん…」
「ほら、良い子だからもう寝るんだ」
ラチェットに言われてその気になったのか、本当に子供にするように優しく頭を撫で、背に添えていた手を離し、俺のオプティックをその大きな手の平で覆う。
本当は、目が覚めた時隣にいて欲しいのだけど
「……おや、す、み」
「ああ、お休み」
俺はその言葉を飲み込み、マグナスの手を出来るだけ強く握り締めてから、オプティックの光を落とした。