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『通話口越しの接触』

(軌跡/遊撃士主)


・タングラム門からも列車乗れるよね?あれ乗れない?じゃあ特別措置でいいや(適当)な続き







タングラム門で手続きを済ませアルタイル市行きの列車に乗せてもらえることになったユウリは待ち時間中ふとエニグマを取り出した。
繋げた番号は――セルゲイは携帯通信端末を持っていた筈だが一度かけて繋がらなかったので今手元から離れているのだろう。警察本部にいないことは既に理解しているし遊撃士と警察との微妙な確執もわかっているので余計な藪は突きたくない――大分迷ったものの、特務支援課のビルとなった元新聞社ビルにかけることにする。今日は休日にする予定だと先日セルゲイから聞いていたしここまで警戒する件の幼なじみであるロイドは恐らくガイのところにいっている筈。そう腹をくくり、支援課の番号を入力してゆく。


「……」


アイツが出ませんように。
固い表情で祈りながら、入力を最後まで行うとプルルルルと一般的なベルを鳴らす通信を耳に近付ける。数秒でガチャ、と音が鳴り、通信が繋がったのがわかり、瞬間ユウリはエニグマを持っていない方の拳をぎゅっと握る。


『はい、こちら特務支援課ですが。どちら様でしょうか?』


聞こえてきたのはまだ幼さが多少残るものの甘く響く女の子の声だった。

――ティオ・プラトーか。

事前に様々な情報を聞いていたその声に安堵しそっと息を吐く。端末越しに『あの…?』と聞こえてきて、認めたくないがあまりに緊張していたからか自身応答してないことに気付いた。


「ごめんなさい、私セルゲイ課長の知り合いのユウリといいます。セルゲイさんの携帯端末に一度連絡して繋がらなかったのでこちらに連絡させてもらったのだけど…セルゲイさんいらっしゃる?」
『課長ですか…少々お待ち下さい』


静かに告げられた言葉ののちパタパタという音が聞こえてきたので、探しにいってくれたのだろうと思う。しかし14歳だと聞いているが声だけ聞いても本当に幼い。その割にしっかりとした声色にただの14歳でないことは安易に理解できた。


『お待たせしました。すみません、どうやら今課長は外に出ているようでして。携帯端末も部屋に置きっぱなしだったので繋がらなかったのはそのためでしょう』
「あー…まああの人基本面倒臭そうだしね。じゃあ伝言だけお願いできますか?」
『はい』
「伝言っていっても一言だけなんだけど…『今後余計な報告はいりません』とだけ伝えておいて頂ける?」
『はあ、それだけ、でしょうか?』
「うん、それだけ。きっと私の名前とそれだけ伝えれば通じるから」


戸惑うような声色に少し微笑むが、これ以上にセルゲイに伝わる言葉はないだろう。欲をいえば、『わざと関わらせることだけはやめてくれ』とまで伝えたかったがさすがにそこまでティオ・プラトーに伝えると不審がられるだろうからやめておく。
端末の向こうで少し沈黙したあと同意の声が聞こえ、ユウリはお礼をいった。


「そうだ、あと一つお願いがあるんだけどいいかしら」
『はい、なんでしょう』
「私のことはセルゲイさん以外に言わないで欲しいの」
『え?一体なんで』
「今は秘密。きっとこの先意味はわかるだろうから」
『……』
「お願い」
『……わかり、ました』


本当に渋々だが、同意の声が聞こえてきてホッとする。彼女はきっと嘘はつかないだろう。声からも真面目なことが伝わってきたので、通信機越しにしか話していないもののなんとなくだがそう信じられた。


「じゃあそれだけだから。休日だった筈なのに邪魔をしてごめんなさい。明日から頑張ってね、ティオ・プラトーさん」
『え!?あのっ』


言及されるだろうが構わず通信機を切る。丁度列車も到着するようだし全くナイスタイミングである。ぐっと伸びをし乗り込む準備をする。
しかし、


「しまったな…」


少し喋りすぎただろうか。こちらから一方的に知っているからか途中から敬語も使わなくなっていたし、何より最後は余計な一言だった気がする。今頃眉をひそめているのではないかと思うが、まあ信頼はできるだろうと周りに言い触らさないことを願うばかりだ。
とりあえず今の自分は依頼を済ますことが先決だろう。アルタイル市に住む顔見知りの富豪からの依頼を早く済ませてクロスベル市に戻ろうと手帳を確認する。


「今日中にあと4件か…」


このタングラム門でも待ち時間の間に捜し物依頼を達成できたので残り4件。これらはクロスベル市に戻ってやることばかりだ。ただ今日中には終わらせることができるだろう、いや、終わらせる、と手帳を閉じる。


「さて、頑張るか」


到着した列車に乗り込み特例だったので改めて検問を受け一息つける。
たった数分なのにその数分で他国に行くことができ、検問は他の国よりも特に気を張ったものなのはクロスベルという自治州の在り方によるものである。


「……」


思うことはあるものの、今それを考えても仕方がない。しかもユウリは遊撃士という立場であり、尚更そこに首をつっこめるだけのものなどない。そんなことは自分が一番よく理解していた。が、大事な故郷への思いや考えを放棄することなどできないでいた。
列車が走り出す。窓の外で変わりゆく景色と線路を走る音にユウリは目を閉じ、次に目を開いたときには遊撃士の顔に戻る。
自分が今できることは一つだけだ。





14歳の少女は好きですか私はすry
アルタイル市探索したかったのは私だけじゃない筈

『傍観者の持論』

(軌跡/遊撃士主)


・驚くほど進まない続き







「そういえば、知ってた?」


早朝、昨日の報告と今日のスケジュールを確認するため遊撃士協会に向かったユウリだったが、依頼を見ている最中受付でニマリと目を細めて得意げに笑っているミシェルの姿に首を傾げる。
今日はアリオスは休暇で、今日こそウルスラ病院にいる娘のシズクにつきっきりになるはずだ。他の4人もそれぞれ市外市内どこかに向かうだろう。そういえばユウリへの指名依頼は国外であるアルタイル市からだったようだから今回は東方面メインになりそうだとなんとなく思う。昨日の姉との電話のことを考えると全く都合がよい。余計なことを考えなくて済みそうで、少しほっとしてしまった。
しかしミシェルが得意げにしている理由がわからない。素直に「何がですか」と声をかけると机に肘をついていた彼は鼻歌を歌いだしそうなほど機嫌が良かった。


「ここにね、新しい遊撃士が配属されることになったの」
「は?また?」
「そうまた。ユウリがきてまだ半年くらいしか経ってないけど、また」
「…それ正式決定?」
「急だけど本人たちの強い要望みたいで即決だったみたいよ」
「たちってことは二人以上ですか」


あったりー!とハートマークをつけそうな勢いで喜びの声を上げるミシェルに、ふうんと相槌をうつ。とはいえ、クロスベル支部にいる遊撃士の数や実力は怱々たるものだが、如何せん需要が多すぎて供給が間に合わないというのが本音だ。リベールの倍以上の依頼数に、ユウリもアリオスらも全力で試行錯誤しているものの正直対応しきれていない部分は多い。その中での人員増加。ミシェルの喜ぶ様子では中々の実力者なのだろうというと、流石ねと彼は満足そうに頷く。


「多分ユウリもびっくりするでしょうね」
「私が?…となると私の知り合いか。この時期にクロスベルに来そうな二人以上の遊撃士といえば、」
「うふふ」
「……なるほど。期待の超新星たちか」
「大正解!」


脳裏に浮かぶ二人組。自分と縁の強い彼らを比喩したがどうやら正解だったことに笑みを深くする。そんなユウリの様子にミシェルは、はい、と書類を差し出した。


二枚の書類の氏名欄に書かれた二つの名前。

エステル・ブライト

ヨシュア・ブライト。


リベールで短い期間ではあるものの共に成長し、戦い、準遊撃士・遊撃士になるときも異変に立ち向かうのにもずっと一緒だった大事な二人。師であるカシウス・ブライトの子供であること以上に戦闘では多分最も息が合い信頼できる二人だと互いに自負しておりリベールではトリオ扱いをされたものだと懐かしく思う。最後に会ったのは半年前か。そのことはあまり思い出したくないものの、心強い二人であることは間違いない。太陽の娘と太陽によりそう月のような少年のことを思い出し、同時に楽しみに思った。
それに彼らの目的もわかっている。この因果の地であるクロスベルで一体どうなるのか、武者震いに似たものが駆け巡った気がした。


「楽しみね」
「ええ、どれだけ強くなったのかわくわくします」
「そりゃあっちもだろうけどね。オーラが爛々としてるわよー」
「おっと失礼」


ふっ、と滲み出ていた気に近いものを瞬時に引っ込ませて悪戯げに笑うユウリに、ミシェルはやれやれと思いながらもユウリの気持ちもわかるので微笑み帰すだけにする。実はミシェルもエステルとヨシュアが来ると聞いたときから密かに期待しているのだ。一年前に起きた国際問題にもなったリベールの異変。それを食い止めた主力の三人が揃ったその力を間近でみれることに。


「じゃ、あいつらが来るまで私もガンガン働きますか」
「今でも十分ガンガンしてるわよ…ちょっと無理だけはやめてよね。私が彼女たちに怒られちゃうんだから」
「いやいやここは彼らがくる前に依頼片付けるのが礼儀でしょうよ」
「くるまでにって…」
「エステルのことだから勢いで突っ走ってでも手続きなんかも放置してたから多方面から怒られて、正式配属は一週間以内、ってところ?」
「……恐ろしい洞察力ね」
「賭けてもいいですよ。もっと細かくいうと5日くらい、かな?」


全くどこでそんな駆け引きを身につけたのやら。目の前で強気に示してくる少女に呆れる前に感嘆してしまったミシェルは、「……じゃあ8日かしら」と口に出す。にんまりと先程のミシェルに負けず劣らずいい笑みを浮かべたユウリは「のった」と一言だけいった。
18歳という若さで、しかも最短時間でA級遊撃士に上り詰めただけはある。今なお戦闘面も精神面もぐんぐん成長し続ける少女を脅威に感じながら、味方であることを本気で幸運に思う。アリオスにまだ及ばないものの、いつかは超えるであろうそんな無限の可能性を常に見せられているミシェルは、若いっていいわーと呟くのだった。
そんなミシェルのことなど露知らず、めぼしい依頼に目を向けていたユウリは元々ミッチリつめられていた手帳のスケジュールに更に書き足している。


「とりあえずこれだけ追加で」
「はいはー…って、はあ!?今日だけで10件以上!?んなのアリオスだってやったことないわよ!」
「じゃあ私がクロスベル初?よっしゃ」
「よっしゃじゃない!あんた今日アルタイル市にいくんでしょ!?間に合う訳ないでしょ!」
「大丈夫大丈夫、まだアルタイル行くまで時間あるし殆ど退治とか納品とかそんなんだから余裕ですって」
「あのねえ…いやもういいわ」


ここにきて半年と少ししか経っていないものの、ユウリの押しの強さは身に染みている。特に依頼に関しては、アリオスが言ってもリンやヴェンツェルに注意されてもリンやスコットに心配されても受け流すだけで、こちらの気持ちは察しているのだろうが絶対に撤回などしたことはない。意志や信念が固いといえば響きはいいが、ハラハラさせられるこちらとしてはただの強情っ張りなだけだ。ただの我が儘じゃないから尚更たちが悪い。全く頭が痛いものである。
ミシェルはこめかみを押さえながら溜息をつく。ユウリは相変わらずマイペースに事前準備をしっかりしているようで、「タングラム門までで半分は終わらせられるか…」などとまで呟いている。


「頼むから彼らが来たときに無理しすぎて寝込むとかやめてよね…」
「んなことなったらヨシュアらへんが面倒じゃないですか誰が寝込みますか」
「……もう」


いっそ面倒なんだったらやめてくれればいいのにと願うミシェルは間違っちゃいない。ただやることはしっかりやりきるのだから下手に止めることはできないのだ。しかしこの言い分だとエステルとヨシュアがくれば、もしかしてストッパーとして働いてくれるのではないか。特にヨシュアは冷静沈着だと聞くし、手綱をつかんでくれるのではないかと小さな希望を抱く。


「…はやく5日経つのを願っとくわ」
「あ、私が勝ったらアルモリカ村の田舎風オムライスで」
「……抜目ない」
「遊撃士ですから」


じゃ、いってきます。そう身の丈以上の愛刀を片手に外に出ていった少女の後ろ姿に力無く手を振る。


「本当、末恐ろしい子なんだから…」


遊撃士をサポートする仕事についているからこそ、ユウリの無謀に近しいくせに完璧に行ってしまう仕事っぷりには脱力するしかない。
この際警察でもなんでもいいからなんとかしてくれないだろうか。頭の片隅にすぐに忘れてしまうくらいひっそり思ったことが実現するとは、この時誰も思うはずがなかった。








一方ユウリはタングラム門に向かう途中、エニグマにかかってきた通信を魔獣との戦闘片手にとっていた。


「はいッ、ユウリ・ノイエス…!」
『セルゲイだが…お前もしかして戦闘中か?』
「すいませんがっ、今日忙しくてですね!悪いんですけど用件は簡潔にお願いしますッ!」
『……無理すんなよ。じゃあ報告だけしとく』


通信をしている最中、エニグマによる魔法は使えない。この辺の敵は手配魔獣だろうが油断さえしなければ片手間にでも倒せるレベルだからこそ、鞘をつけたままの長刀を棍のように回す特殊なスタイルで魔獣を一掃しながら、余裕をもって通信機から聞こえる声に耳を傾ける。手配といっても道の真ん中で群れをなしてしまった魔獣を追い払うだけだしなんの問題もない。ざっくばらんに薙ぎ払っていると、セルゲイはその音に眉をひそめたが早々に済ませるべきだろうと一息いれて口を開いた。


『――本日付けで、ロイド・バニングス、エリィ・マクダエル、ランディ・オルランド、ティオ・プラトーの特務支援課配属正式に決定された』
「!」


横凪ぎにした攻撃を交わした蛇型魔獣がこちらにむかってきたが、攻撃される前に右足で蹴り飛ばす。リーチはそれほどないもののかなりの威力で飛んでいった魔獣はセピスと化し、気をとられてしまったことにユウリは人知れず舌打ちした。
そのまま通信を切ることなく一言いれてエニグマを手放し、両手で刀をとり大きく地面に突き、衝撃を発生させるとまともに喰らった周囲の魔獣は一斉にその身体を消滅させ取り込んでいたセピスとたまに使えそうなものを残してゆく。
魔獣退治、採取完了。頭の隅でいくつか達成された依頼を確認しながら一息したユウリは、腰のチェーンに吊り下がっていたエニグマを再び手にとった。


「セルゲイさん」
『終わったのか』
「ええ、滞りなく」
『……お前、今日はいつにも増して無茶苦茶すぎるだろう』
「今からアルタイル市に向かうんで。それまでに少しでも依頼を終わらせたかったんですよ」
『――うちの連中がいつか役に立てるようになる。期待しとけ』
「……」


セルゲイの一言に、瞬間動きを止めたユウリだったが、ふと視界を走らせるともう一体恐らく手配されただろう大きな魔獣の姿が見えて目を細めた。


「期待なんて、絶対しませんから」


そのままセルゲイの言葉を待たずして通信を切り、エニグマを発動させる。
こちらに気付く間もなく火の上級魔法を喰らい何が起こったのかわからないであろうが悲鳴を上げた魔獣は瞬時に消えてゆく。


「いつつめ……」


そう静かに呟いたユウリはエニグマを手放し、タングラム門までの道のりを足早に進めるのだった。








三十路越えのオジサマは好きですか。私は好きです。

『始まりの日とその裏方』

(軌跡/遊撃士主)

・続き






市外巡回と午後にまた新たに受けた依頼を数件とまたまたセルゲイからの無茶難題を数時間で終わらせクロスベル市東通りに戻ったユウリは、遊撃士協会クロスベル支部の前でここ数週間会っていなかった人物の姿を視界に収めた。


「アリオスさん」
「ユウリか。久しいな」
「ええ、今回は行き違いが多かったですから」


笑って答えると、《風の剣聖》という異名を持つ目の前の男、アリオス・マクレインは「そうだな」と小さく返しドアノブにかけていた手を下ろす。ユウリの師匠と同じ《剣聖》を持つアリオスだがカシウスとはまた落ち着いた雰囲気を持ち(決してカシウスが落ち着いていないとは思っていないものの、如何せん弟子をからかうあの姿勢は気に入らない。あんなの実力があろうがちょび髭扱いで十分だ)目の前にきたユウリの頭を軽く撫でる。師の弟弟子である彼にすっかり妹扱いされることを悔しく思うが、尊敬する人物だからか振り払うことはしない。少しだけ照れ隠しに眉を潜めてみたりしたものの、それもアリオスにはお見通しなのか優しく目を細められた。


「今回は怪我一つないようだな。なによりだ」
「んな毎回毎回怪我するほど弱くないんですが」
「半年前」
「……いつまでも昔のことをネチネチと」


ぎりぎりと反論するものの、半年前のことを言い出されると返す言葉もない。ユウリにとってもあれは思い出したくない出来事だ。しつこい親父だな…とこっそり思うだけで口にまで出せはしなかった。


「そっちこそいつまでもフラフラしてないでちゃんとシズクちゃんのところに顔を出すんでしょうね」
「ああ、俺のいない間すまなかった」
「いえ、その辺は構わないんですが。可愛い子供を寂しがらせる父親に厭味一つ言わない娘さんが私にとっても可愛くて可愛くて」
「…耳が痛い」
「お土産に本でも買って一日中読み聞かせてあげるくらいのことはしてくださいよ、お父さん」


仕返し成功。悪戯に笑うユウリに少し肩を落としたいアリオスは「そうさせてもらう」と苦笑しながら告げる。
最近の子供はどんな本を読むんだ。マルクと深き森の魔女なんかいいんじゃないですか。そういえばこの間カーネリアの点字の本が病室に置いてあったが。あああれ、私が作ってプレゼントしたものです。すまないな。いえいえ今度ウルスラ病院の三日煮込みシチュー奢ってくれたらそんな些細なこと。…考えておこう。
日は既に暮れ、真っ赤に染まった東通りで談笑を交わす二人だったが、出店が閉店の準備をし外に出ていた住民たちが帰宅している様子を見て、それそろ中に入るかとユウリは協会のドアノブを手にとる。


「――ユウリ」
「はい?」


ふと、ドアノブを傾けようとすると、先ほどとは違う様子で声をかけられ、力を入れるまえに振り返る。


「さすが兄弟というべきか……ガイに似てきていた、お前の幼なじみは」
「―――、」
「まあ、まだまだ甘い。あの状況で自己犠牲に走る実力ではしばらく苦労するだろうな」


幼なじみ、という言葉にすっとユウリの表情が変わり、感情が読めなくなる。
つい先程その幼なじみの上司(仮)から引っ越しの荷運びを手伝わされたばかりで彼らには魔獣退治させにいったと聞いたばかりだ。だがそれをアリオスが知るよしもないし、どうせ帰って早々その魔獣退治にいかせたジオフロントで緊急事態が発生してアリオスが向かった先に彼らがいたのだろうと予測することはできた。


「…全く、初っ端からやらかしたんですか。あいつは」
「途中まではいい判断だった。良い仲間たちもいるようだった。あのセルゲイさんが選抜した者達だ。一筋縄ではいかない人材ばかりだろうが」
「知ってますよ。…まあ、元気そうならなによりです」


言葉の端々で複雑そうな感情を込めていたようだが、最後の方では淡く微笑む様子に、アリオスはもう一度頭に手を伸ばす。
もういいですって、と二度目は払われてしまい少し機嫌を損ねたのか、もしくはそう見せているのか、ふうと溜息を大きくしている。


「そろそろミシェルさん待たせっぱなしもまずいでしょ」
「そうだな」
「何楽しそうに笑ってんですか……ほら、行きますよ」


今度こそ手に力を入れて協会の扉を開く。ミシェルに「あら、おかえりなさい」と言われ返答しているときには既に不機嫌さのかけらも残っておらず、「今日中に済ませられる依頼ってまだある?」などといって呆れられている始末だ。
全く素直じゃないというべきか、数年前は親友の可愛い妹分だったはずだが、と先日のセルゲイと似たようなことを考えているとも知らないアリオスだったが、ミシェルに招かれ思考を切り替える。


どの道、ただの警察と遊撃士であればともかく、遊撃士と似たような活動をするという特務支援課に彼らが所属する限り彼女も以降関わり合わずにはいられないだろう。
いつまでこの強情っ張りは続くのやら。


結局依頼を一つ取り付けたらしいユウリは間髪入れずして協会を飛び出してゆく。その後ろ姿に微笑んだアリオスに、押し切られた形のミシェルは「笑い事じゃないわよ…」とどこか疲れた様子で書類整備に戻るのだった。










「もしもし、姉さん?」


時間はまだあるからと西通りのパン屋である幼なじみの依頼を済ませたのは結局日付は変わってないものの深夜だった。幼なじみであるオスカー含め店長やベネットは申し訳なさそうにしていたが、翌日の仕込みには間に合ったし報酬としてオスカー特製のパンをいくつか貰ったしで問題はない。オスカーには彼と共通の幼なじみが帰ってきたことを言うべきか迷ったが、どうせアイツも市内巡回くらいするだろうと黙っておいた。
依頼の報告はまた明日でも構わないだろう。帰宅して、流石に晩御飯を作る時間はないのでオスカーに貰ったパンをかじっていると、ふとエニグマに備わっている通信機が鳴る。
こんな夜中に誰だ、と思い繋げた通信機から聞こえるのは『あら、繋がったかしら?』と少々おとぼけた優しい声色で、力が抜けたユウリは冒頭の声をかけた。


『ユウリ?よかった、ちゃんと繋がるものなのね』
「当たり前でしょちゃんと電波も通ってるんだから」
『だってエニグマにかけたのは初めてだったんだもの!最近の機械は凄いのねー』
「まだまだ一般向けじゃないけどね。で、こんな夜中にどうしたの姉さん。仕事は?」
『夜勤前にちょっと休憩中。ユウリももしかして今まで仕事してたの?ギルドに連絡したらいないっていうし。もう、お姉ちゃん心配してたんだから!』


電話の相手、年の離れた姉であるセシル・ノイエスは看護士であり普段は優しく少々シスコン気味な姉の少し尖んがった声に、これは本気で気を損ねたようだと苦笑する。
天然が入っているがしっかり者の姉を怒らせると多少面倒臭いことになる。看護士の夜勤も忙しいだろうに思うが、そのことを口にすると言い返されそうだったので適当に受け流すことにした。


「あーはいはい。ってかなんでギルドにまで…」
『だってエニグマの方にかけにくかったんだもん!』
「わかった、わかったからごめんて」


少しばかり大きくなった声がキーンとしたので謝罪を一言いれる。全くもう、という姉はまだ機嫌が直らないようだ。こういうときの姉には逆らわない方がいい。長年姉妹をしているのだ、ユウリにとってセシルはある意味強情っ張りでくせ者なものの扱いは手慣れたものだった。


「で、どうしたの姉さん。何かあった?」
『ああそうだった。ユウリ、貴女ロイドが帰ってきたの知ってた?』
「……知ってるけど」
『あら、やっぱり?』


今日はどうにも件の幼なじみのことを一日中聞いていたような。ロイド、という名前に少し声色が低くなった気がしたが、セシルは構わず続けており、心なしか少々浮かれているようにも思える。
多分心なしか、じゃなくて確定なんだろう。血の繋がりはないものの、セシルにとって自分たちの幼なじみであるロイドは弟のようなもので更に彼女はシスコンのついでにブラコンでもある。3年ぶりで嬉しいのだろう。とはいえそれはセシルに限ったことでユウリとロイドは別に幼なじみという枠を超えたことはない。血の繋がらない兄妹という仲でもない。セシルの声色が上がる中、ユウリはいたって平常…よし少しローテーションのようだった。数口しか食べていないパンを用意していた皿の上に置き、エニグマを持ちながらベッドに腰掛ける。普段は触るだけで眠気をさそう魅惑の存在が少し精神を安定させてくれた。


「なに、アイツから電話でもあったの」
『そうそう、ついさっきまで電話しててね。あ、私からしたんだけどね。これから警察の寮に住むみたいよ。特務支援課ってできたばかりだって聞いたし凄いのね!』
「あー…」


その特務支援課が住む寮を掃除し整理し住めるようにしたのはユウリであり、つい数時間前には幼なじみの荷物まで運んでいたのだが口には出さない。とはいえ、セシルと電話をゆっくりするくらい落ち着きはしたのだろうか、セルゲイのことだから初日とはいえ一悶着ありそうだったが。
よかったね、と軽く受け流すユウリはその考えが正しいことを知らない。少しべたついた肌にあーお風呂入りたい、と頭の片隅で思った。


『明日か明後日にはうちとガイさんのところにも顔を出しにいくっていっていたわ。私は残念ながら休みがとれなかったんだけど…ユウリはどう?』
「無理。休みなんて全然ないから。絶対無理」
『そう…残念ね』
「アイツももう子供じゃないんだから。別に一人でも大丈夫でしょ」


そもそも会うつもりはないのだが、本気で残念そうにしているセシルにいうと面倒臭いことになるだろうから言わないでおく。ガイ――3年前に亡くなったロイドの兄の墓には頻繁に顔を出していたユウリだったが会わないように行こうと密かに考える。セシルは妹がそんなことを考えているとは露ほども思わなかった。


「ところで姉さん」
『なあに?』
「アイツに私が遊撃士だってこといってないよね」
『え、どうして?』
「どうしてって…あーほら、びっくりさせたいじゃない?」
『あら、やっぱり仲良いのねあなたたち!大丈夫よ、ユウリのこと話そうと思ってたんだけどロイドのこと聞いてたら忘れちゃってたから!』
「…そう」


これだから天然は…と思ったが、いらぬことを言わなかっただけよしとしよう。別に仲良くはないけど。ロイドに関してのみユウリはどうやら辛辣なようだ。今日までで気付いたのは一部の人間だろうが。


「じゃあ…また今度病院に顔出すから、姉さん今から夜勤なんでしょ。看護士の不衛生なんて笑えないわよ」
『大丈夫!可愛い妹と弟の声が聞けたから元気100倍よ!』
「ははは…」
『ユウリこそ、また怪我したらお姉ちゃん本気で泣いちゃうからね』
「だからそんなに怪我してないっつーの」
『半年前』
「……わかったから。ごめんってば」
『全く…じゃあ切るわねユウリ』


疲れた様子で「じゃあね、姉さん」と返し、通信を切ったユウリは溜息を吐きながらベッドに倒れ込む。途端眠気が襲いこみ、結局数口した口にしていなかったパンが視界に入るがくれたオスカーには申し訳ないと思いながら明日の朝でいいかと放置することにする。お風呂…も明日の朝入ろう。ジャケットを適当に脱げば、あとは大丈夫だろうと思うほどどうやら疲れているようだった。


「明日…」


遠退く意識の中、明日の予定はなんだっただろうかとふと思う。指名の依頼があった気がするが内容が浮かんでこず、遊撃手帳で確認するほど元気はない。
そういえばロイドはガイの墓にいくと先程セシルが言っていたような。


「教会にいくのだけはやめとこう…」


できれば中央広場から西方面には行きたくない。そう片隅で思いながら、ついに瞼が重力に逆らえなくなってくる。
クロスベルを取り巻く事柄とそこに潜む社会の裏。漸く舞台が整ったと、ユウリは誰かの声を聞いた気がした。







ロイドにぷぎゃーーーm9(^Д^)wwwwwwといってやりたい連載本番開始。

『深夜奮闘記』

(SAO/嬢)

・嬢のリアルラックがテラチートになるお話
・クラインさんごめんなさい(2回目)
・ゲームだから戦うよ仕方ないよと割と割り切れてます。だってゲームだし
・鬱?んなの今までの経験に比べたらてんでたいしたことないしな嬢
・キャラでない
・前回の続きでまだまだ草原なう





メインメニューを弄りログアウトボタンがないことを改めて確認。
人知れず零れた溜息ははじまりの街からかなり距離があるこの広大な草原の静かで少しばかり冷えた空気の中にに消えていった。時間帯も時間帯だからか、もしくはゲームの状況故になのか、数多くのプレイヤーがこの仮想世界に閉じ込められているはずだが周りには誰もいない。現代では滅多にお目にかかれないであろう澄んだ空に細かくまたたく星明かりたちがこの仮想世界の壮大さを示し、不謹慎ながら感嘆する。

現在午前3時。ソードアート・オンラインが発売してまだ一日と経っていない。そう実感できないのはただのオンラインゲームだったものが誰も予測がつかない命懸けのデスゲームと化してしまったせいなのか。風が昼よりも少し冷たいと思うのは今や爆弾と化してしまったゲームハードであるナーヴギアから脳に伝わるという信号がそういう設定になっているからだろう。全く恐ろしく細かくできた世界である。ゲームとはいえ日本の技術マジパネエ。はじまりの街から離れて数時間、なんとなくだが事情を受け止めた今、この世界を楽しもうとする余裕がでてきたのは今までのド修羅場を生き抜いてきた気概かあるからだろう。…あんまり嬉しくなかった。


仮想世界アインクラッドは合計100層にもなる大きな城で、まだ1層ながらこの空間の広さは見回すだけで把握できず、そういえばどっかの物好きが大きさを測定したやらなんやらの情報も聞いたことがあるような。噂のβテスターさんは無駄な技術をもっていらっしゃったようだ。その第1層のほんの一部だろう草原には現在モンスターはPOPされておらず、とはいえさすがに命懸かってきてるのだからHPゲージには常に気をつけている。明度処理なのか夜中とはいえ足元はほの明るく、だがフィールド全体を把握することはできない。さっきから倒すモンスターが有り難いことに回復ポーションや解毒ポーションをドロップしてくれるからこんな序盤でうっかりやられることはなさそうだ。ちなみにここまででレベルは5まで上がった。結構早くあがるもんだと少し不思議に思ったが、ただ1番道路的なものだとするとやっぱりこの程度のレベルなのだろう。たまに青いイノシシ――どうやら正式名称は《フレイジー・ボア》というらしい――の赤バージョンやらまさかの金バージョンやらが出てきてそれらの経験値がギュイーンレベルで高かったりしたのだがやっぱり
あれはレアモノだったのだろうか。HPゲージも増えるしスキルスロットも増加したので割と順調だと思うからリアルラック消費が激しい気がしないでもないが全く問題はない、寧ろ有り難いことこの上なかった。


ふと3つ目のスキルとして設定した《索敵》スキルに黒いオオカミが引っ掛かる。今まで普通のオオカミは見てきたが黒いのは初めてだ。どうやら索敵スキルのおかげでこっちが探索出来る範囲は広がり、暗闇でもこちらからは見慣れたオオカミより一回り大きな姿形がはっきり認識できる。デフォルト設定がどうなっているのかわからないが、相手にはこっちは気付かれていないらしい。なんとなく敵を探知できそうだと思って(削除もできるようだし)選択したスキルだったが《索敵》は当たりだったようだ(最初使ったときは「魔眼か!」とつっこみたくなったが)。目的なくうろうろしている黒オオカミの上方に示されているカーソルの色は赤色で、さっきの倒したばかりのフレイジー・ボアはもっと薄いパールピンク色のカーソルだったから色はレベルが関係してるのかなとなんとなく思う。つまりあの黒オオカミはちょいとレベルが高い仕様なのだろう、多分。…便利だけど、結構便利だけど今更だが誰か説明書プリーズ。
とりあえず集中。一息いれて、腰に吊り下げられた重々しい剣――――ではなく道具袋に入れておいたわりかし固めの石ころを取り出す。もう一度いう。初期装備である《スモールソード》ではなく道具袋から取り出した《石ころ》を取り出す。そして構えた。石ころを侮るなかれ。
――なんせここまで私は一切この片手剣を使っていたかったのだ。


「っ!」


少し構えると《投擲》スキルが発動し、自動で動いた身体の動きに即して飛んでいった石ころは黒オオカミの眉間にヒットする。だがまだどうやらHPは残っているらしい。ゲージが黄色まで下がり、攻撃されたとわかったからか、殺気立ちながらこちらにターゲスを向けてくる。が、黒い身体が息巻いて向かってくる前に落ち着いてもう一つ取り出した石ころを再び眉間に狙いを定めて腕に力を入れた。最初のころよりスピードも威力も強くなっている気がするのは熟練度が上がって来ているからなのだろう。《片手用直剣》は全く上がっていないというのに…いや、なんでもない。
ガアッと高い唸り声を上げたのち、既に見慣れた光の粒として消えていった身体を視界におさめると紫のポップアップ画面が手元に映し出される。石ころさんマジパネエっす。それに比べて、片手剣の無意味さよ。耐久が全く減っていない初期装備に涙が禁じ得ないがそれとこれとは別だった。石ころ様本当にありがとうございます。石ころ無双万歳。
改めてポップアップ画面を確認すれば、おお…やっぱりなんか経験値すげえ気がする。あとドロップアイテムにミンチなどの素材アイテムと一緒に今までの倒してきたモンスターが落としていなかった武器がある。名前は《淡雪》。さすがファンタジー、和風も兼ね備えるとはとても私好みですありがとうございます。試しにオブジェクト化して出現した白く短い刀を少々ぎこちなくだが扱ってみた。


「かっる…」


《スモールソード》より軽い。超軽い。ひょいひょい投げ飛ばしたり振り回したりと、なにこれ絶対こっちのがいいじゃないかビジュアル的にも重量もと楽しくなってきた。詳細を見てみると耐久もなかなかあるみたいだし、攻撃力も《スモールソード》より断然高い。なにこれテンション上がるんですけど。今までレベルアップした際「足早い方が逃げやすくなるよな」と思って敏捷ばかりあげていて《スモールソード》が重いままだし武器に重量あることに気付いてちょっと後悔していたけど軽い武器もあるんだったらこっちの方がいいに決まってる。暗い空間に右手に持った《淡雪》が映える。よし装備を変えるか。《スモールソード》を袋に仕舞いそう判断するが、問題が一つ浮上したことに気付いた。


「……」


スキル画面をタップして上下に動かす。説明を読む。またタップする。調べる。見直す。
やばい。


「刀のソードスキル…ない……」


ガクリと身体から力が抜ける。勿論周りには気を配りながらだったが。表現が大袈裟なのはナーヴギアに伝わった信号のせいだろう。そうに決まっている。…だが身体を起こす力は入らなかった。
スキルがない。このゲームで生きていく上で大問題だということは初心者の私にだって嫌でもわかった。
《ソードスキル》。魔法が一切排除されたファンタジーではありえない世界でそれぞれの個性を左右するのはそのソードスキルであった。スキルがない状態で武器を力任せに振り回したところで相手に与えるダメージは些細なものだということははじまりの街でクラインさんに聞いていたし、草原に出た際実際他のプレイヤーがそうする姿を見たが、それはもう間抜けなことこの上なく、その後そのプレイヤーは焦って逃げ出していた。いうなれば他のファンタジーでAST底辺脳筋キャラに魔法を連発させるという無謀な行為に近い。ステータスが筋力と敏捷くらいしか弄れないなかで、ソードスキルはそれだけ戦闘を左右するものなのだ。
現に今まで私が石ころ無双していたのもソードスキルである《投擲》のお陰だ。物を投げて遠距離で相手にダメージを与える行動、ただ力任せに投げたところできっと相手にターゲスを向けられただけだろう。寧ろ相手に当たるかどうかすら疑問である。自動認証とモーションからと、あとはプレイヤーの判断と動作。プレイヤー次第ではブーストなんてこともできるらしいのだから、やはりソードスキルがあってこそのソードアート・オンラインだった。
つまり今の私の状態は宝の持ち腐れそのもの。月にスッポン豚に真珠。新しいスキルは他スキルの熟練やイベント、なんらかの条件を揃えないとスキルスロットがあっても出現しないらしい。武器を手に入れたらスキルも手に入ると思ってたが……どうやら甘かったようだ。おうふ。握るだけは自由な白い刀がいやに光って見えた。


「刀…刀か…どうやったら手に入るんだろ…」


攻略本欲しい…と唸るのも仕方ないだろう。渋々、かなり後ろ髪引かれるものの、使えないものを持っていても仕方ない。アイテム欄に《淡雪》を戻して《スモールソード》を装備する。途端ずっしりとした重みが再び身体を襲い口から低い声が出てくる。
スキルの獲得条件がさっぱりわからない今、やることは膨大すぎて宛ては全くない。とりあえずスキルから派生という形が1番だというのはわかるものの。


――やっぱり地道にいくしかないか。


試行錯誤するよりまずは手元にあるものから攻略していくしかあるまい。とりあえず《刀》というだけなるのだからまず武器系スキルをコンプリートしていくしかないだろう。嫌々ながら今度こそ《スモールソード》を手にとり、星の明かりと調整された明度のお陰でハッキリ見える道を進んでゆく。
だが、やはり人生そんなにあまくないらしい。
たまに《両手剣》、《短剣》にも手をつけながら草原のモンスターPOPが枯渇し朝日が昇るころ漸く着いた次の村《ホルンカ》。そこで出会ったβテスターに話を聞く限り、刀スキルは《片手剣曲刀》の熟練度を上げていると出現するということでそれを聞いた瞬間身体から力という力が抜けてガクリと地面に手をつける。呆然としながら視界のはしで話を聞かせてくれたβテスターさんが慌てているのを感じるが構う余裕なんかなかった。いっそ目眩がするほどの衝撃だったのだ。


まさかの曲刀かよ…!!クラインさんが使ってたからじゃあいっか思って見向きもしなかったよどちくしょう!!
今度クラインさんにあったら一発くらい拳を振り上げても許されるかな、うん。


………ジョウダンだよ。



『はじまりの街にて』

(SAO/嬢)

・続き
・クラインさんごめんなさい
・嬢は色んなとこトリップ済みでいろいろとおかしい
・だがフラグはいらない。絶対にだ






デスゲーム。
ゲームでの敗北やルール違反が死を招くゲーム。


ソードアート・オンラインはそのデスゲームになったのだと、赤髪の海賊刀使いであるクラインさんはいった。つい数十分前、このゲームの開発者であり支配者である茅場晶彦がそう告げたのだと。既に2000人もの人間が亡くなった、のだと。
なんというか、突拍子もない、の一言しか浮かばない。急にそんなシリアスなことを聞かされても実際にそんな重大な出来事を知ることができなかった私にはどうにもとんちんかな内容だということしか理解できなかった。理解できない以上、テンションが変な方向にいってしまう。現実だと認めたくないとかそんなんじゃなくて、まず「茅場晶彦って誰だよ」と思うあたり変なテンションだということがわかっていただけるだろうか。
内面的なものを表現しやすいゲームのせいだろうか、微妙な顔をありありと表現しているらしい私に有り難くも一から十まで説明してくれたクラインさんは「おい、ちゃんとわかってんのか?」とこちらもこちらで呆れた顔を隠さずにはいられないでいる。思わず「はあ」と曖昧な返事をしてしまうとガクリと肩を落とされた。


「そんな呑気な発言聞けると思わなかったわ……いやでも恐慌しないだけマシなのか。俺も隣に冷静な知り合いいなかったら大変だったしな、実際」
「ええと、それはどうも」
「褒めてねえよ。寧ろ本当にわかってるのか心配だよ。お前まさかβテストの参加者なのか?」
「βテスト?……ああ、噂の抽選確率マジ無理ゲって言われたアレですか?」
「……その様子じゃあ違うみたいだな」


疲れたようにクラインさんはいうが、いやいやちゃんとわかってますとも。つまりHP――体力なくなったらその時点で人生もゲームオーバー。現実でナーヴギア外されてもルール違反でゲームオーバー。この仮装世界から解放されるためにはこのゲームをクリアしなきゃ駄目という、開発者さんのせいでなんともまあ面倒くさいことこの上ない設定になっちまったって訳でしょう。ファイナルアンサー。
やれやれと肩をすくめながらいうと「軽すぎる…」と今度は頭痛がするのか頭に手をやられたクラインさん。常識人でお人よしなのだろう。同情します。
というのも、私も普通に生きてればこんな展開ふざけんなちくしょうといっていた身だったからだ。つい最近まで。殺人犯に襲われたり爆弾テロに巻き込まれたりエスパーがいたり異世界飛んだりそこが剣や魔法当たり前な世界だったりカードで命のやりとりしたり生まれ変わっておむつ再びという余りの羞恥プレイに泣いたりと色々体験しちゃえば開き直りたくもなるってもんだ。開き直りとスルースキルって偉大だね。魂に刻み込まれるレベルで色々学ばされた我が人生にそろそろ平和を下さい神様。
とどのつまりこのゲームもそんな波瀾万丈人生の新たなスタートだと思えばどうも…なんとも……思う訳はないのだが、達観して思考を巡らせることができるのだ。クラインさん貴方の反応は正しい。私もそちら側の人間でいたかった。過去形。だが開き直らねば人間やっていけないんですよ残念ながら。


「じゃあとりあえず、ええとなんでしたっけ。茅場なんちゃら?の言い分だと体力なくならなければいいんですよね」
「そりゃそうだけど…っておい、まさか外出るつもりか!?」
「いやだってここ人かなりいっぱいいますし…なんか空気重くって」
「あんなこと聞いてあっけらかんになれるお前のがおかしいっつーの」
「そりゃそうなんですけど、っていうかやり直し利かないのって痛いですね。何故本名でアバター登録したし私」
「そこかよ!?」
「あ、いまのオフレコでお願いします。ちなみにクラインさんは本名…なわけないですよね。くそ、羨ましい」
「クラインっぽくない外見で悪かったなドチクショウ!!って、あー…だから、外出るっていったよな。一人でか!?危ないだろ!」
「大丈夫ですよ、多分。この辺だったらイノシシしかでないじゃないですか。それなら石ころでもやっていけるし、眠くないから正直暇で」
「……駄目だ、こいつがいってることが理解できなくなってきた。キリト、今こそキリト助けてくれ」


ご友人の名前だろうか。頭を抱えてキリトキリトと呟きだしたクラインさんを気の毒に思うものの、ただここにいても仕方ないんだし何より体力が明らかに見えるゲームで死ななきゃいいというのは有り難い設定だと思うんだが。だって体力少なくなったら逃げればいいじゃん。石ころ投げながら逃げるコマンド連打の準備してりゃいけるんじゃね?なによりこの街マジ空気重くて胃が痛んでくるんですが周りのプレイヤーらしき人達目が澱んでますイっちゃってますプレイヤーのが怖いマジ怖い。
早く別の場所で安全確保したいんだよ私はと割と切実に思うからこその逃亡希望だったのだが、目の前の野盗面さんには無謀な計画にしか聞こえないらしい。さっさと先進めたほうが安全そうなのに…と呟くと、女一人で圏外でるほうが危ないだろとつっこまれた。女一人でイっちゃってる野郎共がいっぱいいる街にいるほうが危ない気がしますお兄さん。


「っていうか圏外ってなんですか。電波が届かないところにいます?」
「メール機能だとそういうのもあるらしいぜ…ってちげえ!街の外のことだよ!フィールド!モンスターは出るわPKできるわで危険なんだぞ!?」
「PK?」
「いっとくけどサッカーじゃねえからな!プレイヤーキル、プレイヤーによる攻撃のことだよ!まあこんな自体になっちまったんだから実際に殺人になっちまうが……ってどんだけ初心者だよお前。そんなんで外でるとか危なすぎだろ」
「クラインさんって実はかなり物知りなんですね」
「ああ?あーそうだな、実は俺も初心者なんだけど、さっきいってたキリトって奴がβテスターで色々教えて貰ってさ……コラ、話をそらすな」


そらしたのはそっちだと思ったけど私のせいか。私のせいだった。素直に頭を下げる。もうダメ頭痛いっていいはじめたクラインさん、ごめんなさい。一応これでも説明書は読んだんですよ。いやマジで。文字多過ぎて覚えきれなかったことまでは言わなかった。


「あー…だから、とりあえずだな」
「はい」
「うちにこい」
「はい?」
「実はダチが結構このゲームやっててだな、とりあえず一度集まって話をしようってことにしてるんだ。別のゲームでギルド一緒だった仲だし、お前も初心者だったら一人で進むより協力したほうが安心だろ」
「はあ、男の群れに女一人ですか。お断りします」
「おい!!!」


なんというお人よし属性。厄介事ガンガン抱え込みそうな人。これって死亡フラグじゃね?と瞬時に頭を掠めた決断に従い、90度頭を下げる。思いっきりつっこまれたが逆にこの人の近くにいたほうが危なそうだと感じた第六感よ、同意見だ。凄く失礼で非道な考えだが、やっぱり自分が大事だし。勿論クラインさんにいうことはないが、再びごめんなさいと頭を下げる。お荷物にされるのもごめんだが何より彼からするフラグ臭が私は怖かった。


「これ以上クラインさんに迷惑になるのは逆に困りますし、別に今まで大丈夫だったんだから大丈夫ですよ。うん、多分。逃亡コマンドあるし平気ですって」
「いや、でもよお…」
「大丈夫ですって。逃げ足には自身ありますし」


なにより貴方のフラグのが怖いです。とまでは言わない。
全くどこまでお人よしなのか。顔を歪ませられて逆に罪悪感が湧いてしまう。こちらも困った顔をしてしまったのか、私の顔をみたクラインさんは溜息をついて、静かに「…わかった」と目をふせた。


「ったく、どいつもこいつも一人で突っ走りやがって」
「?」
「いや、アイツに比べればコイツのほうが何倍も無謀か……あーあ、非道なゲームに巻き込まれたお嬢さんを紳士的に助ける流れだったのになー」
「あーなるほど。フラグ回避しちゃってすみません」
「全然申し訳なさそうな顔!!!」
「ってかこんなときに出会いイベント求めるほうが不謹慎かと」
「すみません。いやだが、いやだがこんなときだからこそッ!!!」


拳高らかに希望を抱くクラインさんにつっこむべきかと考えたが面倒なので「じゃあ色々とありがとうございました」と頭を下げ立ち去る。背後から「おい!!!!ば、ちょ、放置!!?」と盛大な声が聞こえてきたが気にせず足を動かす。
ツッコミ属性か……やっぱり一緒にいなくてよかったわ。
デスゲームだからこそフラグは回避できるうちに回避しなければ。とりあえずやっちまいそうな人物をスルーしていけばいけるはず。きっといけるはず。開き直ったっていのちはだいじに。



――とりあえずこの世界はアニメだったか漫画だったかそれとも小説だったのか。
まず私はそれを思い出さなければならなかった。




(おおい、だから待てって!せめてフレンド登録してだな!)
(まさかクラインさんが主人公とか…?いやあんな野盗面な主人公……オッサン主人公のアニメもあったしフラグ的には有り得そうでなにそれこわい)
(誰がオッサンだ!俺はまだ24歳)
(思い出せ思い出すんだ私この先の展開主人公ヒロインそれからフラグ!!!)
(お前のがこえーよ!!!!)







アニメ1話で「あ、こいつ死ぬな」と思ったのは私ですごめんなさいクラインさん。
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