(黒バス)
バスケ部の本入部をかけた屋上からの決意表明という行為により屋上立ち入り禁止令が立ち上げられた翌日。いつものごとく眠気と戦いながら登校した伊澄だが、窓から景色を見下ろし、それを見て一瞬だが面白そうに微笑んだ。
『日本一にします』
その一言だけ校庭に大きく描かれた文字は誰が書いたものかはわからないものの、奇抜なその行為は嫌いじゃない。未だに名前すら覚えていないクラスメートだけでなく他の教室も騒がしい中、伊澄はいつかの様に携帯を取り出しパシャリとその光景を画像に収めた。
「……よし」
上手く撮れたそれを確認し最近増えてきたマル秘フォルダにしっかり収める。その光景をこっそり見ていた伊月は何故か襲いかかってくる寒気に体を震わせた。
のち新設校初の七不思議の1つになるそれが、後輩の仕業だと伊澄は知る由もない。
※
「あの、監督」
「ぎゃああ!?」
「ああ!?あ、何だ、黒子くんか」
「はあ、すみません」
「「「(やっぱり影うっすー!)」」」
バスケ部本入部騒動から数日。無事に仮入部から正式にバスケ部員となった1年は6名となり本格的に活動を始めた誠凛高校男子バスケ部だったが、帝光中出身のルーキーである黒子の影の薄さにまだ慣れる者は未だいなかった。
この先のスケジュールを決めていたのか2年生が数人固まる中、いきなり登場した黒子に悲鳴が上がる光景は最早バスケ部にとって日常的なものだ。だからといって慣れる訳でなく心臓に悪いものは悪い。
バクバクとした心臓を抑えるリコを筆頭とした2年生に、少し申し訳なさげにした黒子だったが、再び「あの、」と声をかける。話しかけて来たこともだが、珍しいその姿にリコは首を傾げた。
「なに、黒子くん。何か用事でもあった?」
「いえ用事というか……その、少し聞きたいことがありまして」
「聞きたいこと?部活のこと?」
「いえ、完全に私情なことなんですが…」
休憩中とはいえ部活時にする話でないと思っているのだろう、躊躇する黒子に更に珍しいと目を丸くする。しかも私情ときた。リコら2年生だけでなく、その場にいたバスケ部員はこっそり耳を寄せた。なんせ相手は謎の多い幻の六人目だ。出会ってから短いとはいえ気にはなる。
うずうずと好奇心が爆発しそうなのを抑えながらリコは「休憩中だし構わないわよ」と黒子を促す。『気になる』と顔に書かれていることに黒子は気付かなかった。はあ、と一つ頷く。
「実は……探してる人がいるんです」
「へえ、俺らに聞くってことは先輩かなんかか?」
「はい、帝光中時代の先輩です。一つ上の」
「え、帝光中出身!?そんな凄いの同級生にいたの!?」
「いえ、どこの高校に行ったかは僕もわからないんです。でももしかしたらこの学校にいないかと思いまして」
「なるほどな。でもバスケ部創立んときめぼしい奴は大概チェックしたけど、帝光中だったやつ、いたか?」
伊月の言葉にさあ?とお互い首を傾げるなか、リコはチッと舌打ちする。
身近にいた有望な人材をもしかしたら逃していたかもしれないという事実。しかも1年という長い期間だ。もっと大々的にアプローチかけときゃよかったと拳を握る。そうなれば育てがいのある選手がもう一人いたのかもしれないのだ。
今からでも遅くないか?と物騒なことを考える鬼監督のオーラに気づいたのか、周りにいた2年生はゆっくりと彼女から離れる。なんか怖いね。ね。眼鏡の縁からキラリと何かが零れた日向の肩を水戸部、小金井、土田はポンと叩いた。
「帝光中の奴をアプローチ……あ、プロチームできんじゃね?」
「伊月くん少し黙れ」
「スミマセン」
瞬時に向けられた鋭い眼光に思わずギャグを思いついてしまった伊月は反射的に土下座をする。今の監督は魔王だ。閻魔大王だ。
君子危うきに近寄らず。いつもツッコむ立場の日向も口を挟むことはなかった。つか自業自得だろ。アホだろ。
そろそろこの部活の女監督の恐ろしさを理解してきた1年もブルリと体を震わせる。と、伊月に蔑んだ視線を向けていたリコは(恐らく)普段通りの顔に戻すと黒子の肩を掴む。ちなみに此処まで表情を変えなかった黒子も流石に驚いたのかビクリと肩を揺らす姿に日向たちは目頭を抑えた。ああ、やっぱり怖いよね矛先向かれちゃったねドンマイ、と。
「で、黒子くん!」
「…はい」
「その元帝光中の私たちの同級生!どんな人なの!?もしかしたらうちにいるのかもしれないのよね!?今からでも遅くないわよね!?」
「……あの、もしかして先輩方勘違いされてませんか」
「え?だから帝光でバスケ部だったんでしょ?黒子くんが探すって程なんだからレギュラーとか!?」
「いえ、その方女性なので」
「「「「…………」」」」
『はあ!?』
黒子の言葉に一瞬間が空いたのち叫び声が響く。特にスカウトする気満々だったリコはピシリと固まり、流石に申し訳なくなったのか黒子は「すみません」と頭を下げた。どうやら勘違いさせてしまった理由が自分にあったことも認めているらしい。
が、対象の人物が女であることも驚きである。黒子が女。しかも年上。関連性の見いだせない関係に別の意味で皆が叫んだのは言うまでもなかった。それまで傍観していた火神も興味深そうに黒子の後ろから顔を出す。
「つーかお前、女の知り合いもいんだな。そいつバスケ強いのか?」
「君の頭はバスケばかりですか。あと先輩はバスケどころか運動も全く出来ませんでしたよ。かなりの運動音痴でしたから」
「んじゃなんでそんな奴探してんだ?」
「あー!もしかして想い人って奴!?」
「え!マジで!?」
「違います」
小金井の言葉に一気にテンション上がったのか、きゃあきゃあと女らしく頬を染めるリコを黒子はすっぱりと切る。
ちぇっと残念そうにしているのはリコだけでなかったが、女子高生の恋バナの絡みに火神は若干引いていた。つーかテンション変わんの早すぎだろ。女ってこえー。
だが、選手ではない、バスケ部でもない、それでも黒子が探す奴というだけで――女ということも含め――更に興味が沸いてきた日向らは、同級生を頭の中にリストアップする。女。帝光中出身。どうにも要領得ないものを絞り込もうと黒子に問いかけた。
「想い人じゃないにしろ探すってことは印象が強かったんだろ?どんな奴だったんだ」
「まあ、個性は強かったですね。かなりマイペースで割と1人でいることが多かったと思います」
「一匹狼ってやつ?格好いいじゃん。つっても女だっけか」
「女性ですけど凄く格好良かったですよ。誰に対してもはっきり迷いなく物言う人でしたから」
「お前も容赦ねーだろ」
「火神くんに言われたくないです。でもだからこそ厳しくて、それでも優しい方でしたよ。近くにいて、凄く落ち着く雰囲気を持ってて…僕もですがキセキの皆も憧れてました」
「キセキの世代も憧れてるの!?すごいじゃない!」
「話を聞く限りじゃ物凄い姉御って感じだなー」
スラッとしてて凛とした表情を持ち、教師にも迷いないだろう直情的な人物。そんな女性だろうと想像した姿を頭に浮かべ完璧じゃんと思う。黒子も本当に尊敬しているのだろう、いつもより饒舌な姿を微笑ましく思った。
だが、残念ながら想像した人物像に合致する同級生が思い当たらず、もしかしたらこの学校にはいないのかもと考える。まあ黒子も希望半分だったのだろうが、普通の少年らしい今の彼に伝えることはなんか出来ない。
どうすべきかとこっそりリコらが考える中、話を続けていたらしい黒子と火神の会話が耳に入った。
「お前にもバスケ以外に憧れなんてあったんだな。想像つかねー」
「さっきから失礼ですね君は。まあでも真っ直ぐと言えば良いですが変な人でもありましたよ。流石に1人きりでクラブ活動をしていると知った時は驚きました。しかも家庭科室を占領して」
は?
火神を含め1年がなんだそりゃと首を傾げる中、2年生はもれなく全員固まる。
何、そのデジャビュ。というより聞き覚えのあるフレーズ。
黒子の表情が先程より憂いを帯びたような気がしたが、何故だかその理由もわかる気がした。いや、だからなんでわかっちゃうんだよ。その憧れの先輩とやらのこと知らないよね俺ら。
それでも頭の奥で鳴り響くアラームが止まらない。黒子の話はまだ続いていた。
「頭は凄く良いみたいでしたが反面体育系は全く駄目でして、先程運動音痴と言いましたが体も異様に弱かったです」
「ビョージャクって奴か」
「いえ、病弱というより虚弱ですね。あんなに学校生活で何度も何度も骨折る人は初めてでしたし。毎日どこかしら痣があるのは当たり前でしたよ」
「げ、どんだけだよ」
「それよりも驚きなのは骨折った時の先輩の反応です。不注意で腕にひびが入った瞬間の一言が『あ、骨折れたかも?』ですから。しかもキョトンと目を丸くして」
『………』
「それは……どうなんだ?」
「だから変な人だって言ったじゃないですか」
髪の毛を切られてもまあいいかで済ませたし、体育祭でも競技に参加する訳でもなく1人悠々と家庭科室から校庭眺めるし、教員は注意どころかいつの間にか彼女に逆らえないし、家庭科室は彼女の私室と化していたし、図書室に彼女専用スペースがあるし、などエトセトラエトセトラ。
次々に黒子の口から語られる憧れの先輩とやらの所業に1年は疑わしい目を向け始めていたが、2年は頭を抱えだしていた。
ある意味英雄業の数々。でも現実味が帯びないそれに1年らが現実にそんな人物がいるのかと疑うのは当然だ。ああ、当然だ。だが、リコらには心当たりがあった。というより、ここまで聞いてやっと浮かんできた。
ああ、そういえばアイツ、帝光出身だったな、と。
高校からの付き合いは一番長いと言える日向は俯きながら黒子の肩を掴む。こちらを見た黒子の顔は今更だが疲れたようにも見えた。ああ、わかる。わかるさ、その気持ち。先程感じた親近感はこれなのか。
「なあ、黒子」
「はい」
「―――そいつ、なんて名前なんだ?」
黒子は少し間を開けてから、口を開く。
「―――杉原、伊澄先輩です」
その名前を聞いた瞬間の監督と主将の凄まじい顔と一気に脱力した他の2年生の遠い目は、この日いたいけな新入部員の頭に深く刻み込まれた。
緊急指名手配者、彼女
(アイツ…ッやっぱバスケ部関係あったじゃねーか!?関係ねーって嘘つきやがったな!?)
(しかもキセキの世代か。そーかそーか。伊澄さんは私に隠し事してた訳か。…………2年)
(((ビクッ)))
(全員で伊澄さんここに連れてこい)(ギンッ)
(ちくしょう杉原の馬鹿野郎ぉぉぉー!!)(ドップラー効果キャプテン)
(あ、やべ。俺涙出てきたかも……)(ぐすり)
(泣くな小金井。アイツ…杉原と関わったのが運の尽きだ)(遠い目)
(………(こくり))
(さ、とりあえず家庭科室いくぞー…あ、1年生、練習再開はもうちょっと待っててな)
(((……)))
(なんだありゃ…)
(はあ、どうやらここにいたみたいですね)
(誰が)
(ですから、杉原先輩が)
バスケ部、漸く先輩とキセキの関係を知る編。というよりやっと黒子と再会直前。今更だが先輩普通じゃねーよと思い始めてきた。いや、本当に今更←
多少変な所があるっていうのが私の夢主の根本なのに先輩の場合変な所が強調され過ぎてというか異色過ぎてこの話だけでどえらい人物になってしまった感がありありと。やっべーとちょっと後悔中です。でも今まで書いた話からピックアップしたものが多すぎて書き換えられない。しまった。
ちなみに黒子は憧れと好意が混ざり合ってるけど先輩の変人度合いが多いので想い人?違います状態。でもしっかり好意はあるよ。一年間離れてたから薄くなってるだけで。
あとリコリコ筆頭がイラっとした理由は多分次くらいで書ければいいな。疲れる理由は言わずもがな。リコリコが怒ることがわかるからさ。
大分長くなって最早SSじゃない件について←