(黒バス/火神)
結局未だにバスケ部にマネージャーは入らないらしい。
伊月に忠告のようなものを受けた2、3日後、小金井がそれとなく話していた気がする。そろそろ一年生の仮入部期間も終わり、賭の結果も出るだろう。
だが、いつでもどこでもマイペースと言えばそれまで。興味のある方向にしか意識のいかない伊澄にとって、今現在そんなことはどうでも良かった。自分の今後についてどうでもいいと言い張れるのは彼女だけだろう。
とりあえず、今の伊澄には、近い未来より手元にあるものの方が大切だった。
体が小さい故に周りから見たらピョコピョコと。珍しく機嫌良く、ウキウキしながら廊下を歩く。彼女を良く知る人物がこの場にいたら、顔を緩ませている姿に不審に思うのだろう。それ位珍しい姿だが、ここは学校の中の実習棟。昼休みとはいえ、教室と距離のあるこの場所に偶然彼らがいるわけが無かった。
そんな伊澄は、階段を目指し少し弾んだように歩き続ける。手元にあるそれを、早く口にしたくてしょうがなかった。
両手で大事そうに持っているものからは食欲をそそるような匂いが出ている。それもその甘い香は独特ながら食事を食べたあとだって手を伸ばしたくなるものだ。見れば大きな皿の上にラップの被さったそれが乗っている。
「……タルト」
上手くできた。
そうラップでカバーされたタルト、形状から言えばタルト生地の中に白いメレンゲが焼かれたものだが、それを見ながらポツリと零す伊澄の口元は緩み、鼻歌だって歌えそうだ。それも当然、この菓子一つ作るのに何度も失敗し思考錯誤を重ねていた伊澄の喜びはひとしおだった。
そもそもバスケ部云々の前に家庭科クラブと自分の身元を豪語する伊澄にとって、料理を作ることはその日の食費を賄うことでもあり自分の欲求を満たすことでもある。故に今年も新入部員がいる訳もない名目ばかりの家庭科クラブだが、やはり料理が上手く完成したときは嬉しく思う。本当ならばこのまま昼休み中部室というより伊澄が占拠していると言っていい家庭科室で食べたかったが、残念ながら学校のカリキュラムに逆らえる訳ではない。次の授業に使うと説得され、それでも完成した直後に食べたいとホールごと持ってきたのだ。
ちなみに伊澄の頭の中に次の授業という言葉と、教室に戻るという選択肢は無かった。
パタパタと階段を駆け上がりながら、屋上を目指す。春なら陽気もよく、教師の目にもつきにくい屋上は隠れたスポットだ。休み時間の残り少ないこの時間なら人もいないだろうと思う。ちなみにこの学校の屋上は開放されており滅多なことがない限り禁止されたりしない。建物が新しく整備されたての新設校ならではだ。
鍵のかかってないドアノブに伊澄は手をかける。と、
ぐーぎゅるるる
生きている人間の大半が聞き覚えのある音を耳にし、手を止めた。思わず自分の腹の音かと思い首を傾げてみたが、今思えば伊澄は既に昼食を終えている。ならば何故今手に持つ菓子を食べる気満々なのかというツッコミが出来る人間はこの場にいない。
とりあえず自分のお腹からでないということで自己完結し、伊澄はそのままドアノブに力を入れる。
「あー…腹減った。あ?」
と、開いた扉の横から再びぐるぐると聞こえる音と共に大きな呟きが聞こえてくる。
誰かいたのかと、それだけを確認した伊澄はその声にキョトンと目を丸くしていたが、まあどうでもいいかと屋上に入り扉を閉めた。
扉側の壁に背を預けしゃがんでいた大きな呟きの主、かなり大柄な体格の少年が扉が開いたのに気付き、こちらを見て怪訝そうな顔をしているのを伊澄は見つめる。
「…………」
「……」
「………なんだよ」
「いや別に」
体格が良いだけでなく目つきが凶悪な少年と見つめ合っていたがフイと目線をそらす。少年が機嫌悪そうに表情を更に凶悪にさせていることなど気にせず、伊澄はキョロキョロと屋上の中で無難に影がさす所を探す。太陽の角度から扉の横が最適だと推測すると、扉を挟んで少年の隣に座った。
「…なんでここに来んだよ」
「直接日に当たらないから」
「あっそ…」
自分に怖がることもなく淡々と返す伊澄にイラつきはどうでも良くなったのか、少年はそうとだけ答えると未だにぐるると鳴るお腹をさする。
伊澄も伊澄で今更体格が良かろうが顔が凶悪だろうがビビる性格をしていない。少年と同じく扉側の壁に背を預け足を崩しながら座ると、少年の存在がいなかったかのように再びウキウキとさせながらケーキを膝に乗せた。今日はこれだけの為に生きてきたもののようだ。一緒に持ってきていたナイフを手にとりラップを外す。
と、ふと横から視線を感じ顔を向けると少年がこちらを向いている。正確にいうと少年の視線はケーキに向けられていた。
「…………」
「……」
しばらく膝にあるケーキと少年を見比べ目を瞬かせるが、ふと聞こえてきた予鈴の音と共にまあいいやと視線をケーキのみに向ける。別に授業はいい。後々過保護なバスケ部のクラスメートには詰め寄られるだろうが今大切なのは目の前のこれだ。さあいざとナイフをそれに刺す。
が、
ぐーぎゅるるるるぐぎゅー
「……」
「……」
今までで一番大きな音だった。
思わず少年の方を見ると、流石に恥ずかしがったのか頭を抱えて唸っている。耳まで真っ赤になっていた。でかい図体している癖に純情のようだと伊澄は思った。
再びケーキと少年を見比べる。別に少年が誰かも知る由はないし、他人は基本的にどうでもいいと公言する伊澄だ。だが、
「……ねえ」
「ああ!?んだよ!?」
「半分食べる?」
「!」
瞬間パアアと顔を明るくする少年。半分同情心からだったが、ここまで反応されると面白い…とこっそり思いながら伊澄が頭に浮かべたのは大型のネコだった。
餌付けの始まり
(伊澄さんさっきの時間どこ行ってたのよ!?)
(でっかいネコに餌付けしてきた)
(は?)
(見た目と名前もピッタリだったわよ……あれ、名前何だったかしら)
(……っていうか何か作ったんだったら私にも教えてよー!)
(何だっけ…ネコ…ネコ科……ライオン?)
(ちょっと伊澄さんってば!無視すんなー!)
火神に餌付けした先輩編。普段あれだけ食べる火神だからこそ餌付けは欠かせませんと思いまして。ちなみに彼は財布を忘れたかなんかして昼抜きだったんだよ、という裏話はいつか書きたい。
仮入部期間なので黒子真価発揮後で屋上宣言前。地道にフラグを立てていくのがうちのモットーです。あと木吉もわかったから1年次も書きたいんだよ。捏造帝光も。影分身覚えたい…!
クラスメートは誰にするかとかまだまだ決めてない割にやっぱりリコリコと日向かなぁと思ってます。いやでも伊月も捨てがたい。あと木吉、お前はどこのクラスだ。