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『盤上の駒』

(軌跡/遊撃士主)


・まだまだ序章だけど続き








結局ユウリがその日家に帰宅して休んだのは日付変更線を越えてから。夕方前にはアルタイル市から戻ってこられたものの、合間合間にエステル・ヨシュアの二人が住めるような物件を探しにいったり残りの依頼の為にアルモリカ村に向かったりと移動距離は普通であれば一日を終えてしまうほどのもの、流石に負担が大きかったからだろう、自宅に着きなんとか報告書を書き上げたときには倒れるように眠りについており、自業自得とはいえ翌朝定時より少し遅れて起きたユウリの身体は少しギシギシと強張っていた。


「あー…」


流石に疲れた。
欠伸をしながら風呂から出てきたユウリは念入りにストレッチをして少しずつ強張りを回復させてゆく。こういうときは翌朝に疲れを残さないエステルの体質が非常に羨ましい。とはいえ動けない訳ではないし、少し身体を動かせば調子はいつも通り取り戻せるだろう。せっかくだから誰かに手合わせを願うのも悪くない。そう考え、ほぐれた身体に満足して昨日貰った報酬で朝食を作りはじめる。食欲はあまりなくいつもよりまだ舌が鈍った状態に顔をしかめるが朝食の大切さは知っているのでしっかりそこは手を抜くことはない。

そういえば疲れにはにがトマトがいいんだったような。リベールでは割と簡単に手に入れたが、クロスベルでは滅多お目にかかれない(しかも魔獣化している)見た目にそぐわぬ形容しがたい苦味をもった野菜を思い浮かべ、久しぶりに食べたいとすら思ってしまう。エステルらはかなり渋い顔をし若干トラウマ化していたようだが、ユウリからしたらあれはあれでありだ。今度ジョゼットらに頼んで空輸して貰おうか。
そんなあの味を知るものからすれば(一部を除き)気が触れるようなことを考えながら目玉焼きにトースト、ヨーグルトを完食したユウリは、このあと寝坊したことをばれ、ギルド受付にいくと無茶のしすぎだとミシェルや待機していたスコット、ヴェンツェルらに叱られ渋ることになる。今後のためにも本気でにがトマト空輸計画を考えるのだった。








「……」


なんだか旧市街の方が騒がしい。
結局ミシェルらに押し切られる形で昼まで休憩をとっていたユウリは、こっそりしていた市内巡回中出会った、今度からクロスベルに越してくるという女性に物件を紹介していたのだが、その途中龍老飯店で昼食を食べながら目を細めた。女性は龍老飯店の看板娘サンサンと話しをしているし他のお客さんは気付いていないようだが、治安の悪い旧市街でよくある喧嘩だろうがいつもより雰囲気が悪いのがわかる。
旧市街には不良グループ「サーベルバイパー」と「テスタメンツ」の二つがあり、それらのグループが対立しているのは周知の事実だ。が、ここまで殺気立つのも珍しい。普段好敵手同士である彼らがまるで互いを完全に潰すようなそれを感じ、だがその理由をユウリは既に知っていた。
先日各グループの人間が夜間襲われ、重体の状態で病院に運ばれていたのだ。通報したのは各メンバーの人間だったが、仕事帰りだったユウリはそれに立ち会い救急車がくるまで応急処置をした身である。襲われた状態から両チーム共に相手から闇討ちを受けたような状態だったが如何せん不審な点が多く、仕事が忙しいながらユウリはなんとか両者を取り持っていた。
のだが、それも限界になったのだろう。時間がない中なんとか情報を絞り込むまではしたが、犯人を洗い出す確実な証拠が見つかってないのにとこっそりチッと一つ舌打ちをする。昼からはウルスラ病院周辺の依頼を受けようと思っていたのにとんだ緊急事態だ。ウルスラ病院もウルスラ病院で三日前に事件が発生しており、そちらも外せないというのに。全くタイミングが悪すぎる。
とはいえ、このまま見逃すのも頂けない。野次馬化してしまっている市民に危害が加える訳にはいかないし、なによりまだ背景がハッキリしていないのに潰し合いなどさせるわけにはいかない。ふうと溜息をつき、様子を見ようと窓から旧市街を覗く。

―――と、東通りから旧市街に向かう4つの姿が視界に入った。



「……!」



他の三つは知らない。いや正確にいうと四つとも知っている訳ではない。だがわかる。一つだけ、何年経ってようが後ろ姿だけでもわかる。思わぬ姿に目を見開いたユウリだったが、暫く思考を回転させ、状況を見極めてゆく。


旧市街の不良グループ、5日前の同時に起こった闇討ち、ルバーチェ、黒月、―――特務支援課。


立ち上がろうとしていたユウリは、そのまま数秒目を閉じ変わらぬ態度で食事を再開させる。周囲はそんなユウリの様子に気付かなかったようだが違和感を覚えたのだろうか、隣でサンサンとの会話に夢中だった筈の女性は少し首を傾げながらこちらを向いてきた。


「ユウリさん、どうかされましたか?」
「いや別に。私のけ者にして楽しそうね、サンサン、リーシャ」
「え、あの、決してのけ者にしてた訳じゃ…!」
「もうユウリってばリーシャのこと虐めないの!今日から住むいうのに可哀相ね!」
「冗談よ冗談。で、リーシャ、家はあそこで大丈夫そう?」
「はい、ユウリさんには本当にお世話になりました」


頭を下げる姿に片手を上げて構わないことを示すと、女性――リーシャは優しく微笑む。ユウリにとって道案内くらい容易いものだし、こちらも調度物件は探していた最中で渡りに船なのだから問題は全くなかった。そういうユウリにリーシャは安堵を見せ、和やかなその様子に今度は先程同じ共和国出身であるとリーシャと意気投合していたサンサンは頬を膨らませ、二人の間に割り込んだ。


「私仲間外れにするのよくないよ!」


ずるいずるいといい始めたサンサンに、ユウリとリーシャは顔を合わせ、ついでぷっと噴き出す。そんな二人にサンサンは拗ねたのか「なに笑ってるね!?」と怒り、リーシャはそれを宥める。
三人の微笑ましい様子に店内も和み、まるで少し離れたところで喧嘩が起こってるなど思えない。ユウリはそんな中、一瞬目を細め旧市街を見つめる。


「(さあ、どうなるか)」


誰も気付かないその姿は、まるで盤上の駒を眺める傍観者のようだった。







リーシャとサンサンちゃんが仲良くなるのもっとあとだった気がしないでもないけどそんなの海に比べたら大したことあるかもしれないけど許してにがトマト食べてみたい


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