(ぬら孫/初代時シリーズ/秀元、ぬらりひょん)嬢
最近の私の行動パターンに妙なものが加わった。
曰わく、妹姫を護衛する兄らには食事を与えていると聞いた。
曰わく、自らの命を助けたのにお礼はないのか。
とどのつまり、先日の『妖怪初遭遇事件〜勘違いで喰われかける姉。勘弁してくれ〜』が関与しており、更にはこんなことをしないといけないのにはその時出会い助けてくれた陰陽師――花開院秀元さんの仕業であるのは言うまでもない。
そう言えばチクチクと針のむしろになること必須。特にあのニヤニヤ顔の式紙ちゃんたちによるイビリプレイは結構胸にささるので仕方がない。溜め息をつきながら、私は最近は声もかけず入れるようになっている屋敷の門を潜った。
そう。ここは、花開院家の屋敷。つまりは秀元さんの家だ。
「秀元さーん、壱でーす。今日もお台所借りに来ましたー」
『クスクス、恵姫が来たねー』
『今日は何作ってくれるんだろうねー』
「っああ…式紙ちゃんたちか。入って良いかな?」
玄関で一応家主である秀元さんにと思い、誰も見当たらない屋敷に声をかければ、いつものように式紙ちゃんたちがふわりと出て来るのに心臓が跳ねる。最近は慣れたものだが、本当にふわり、と出て来るんだからたまったもんじゃない。そんな心臓に悪い登場をした式紙ちゃんが相変わらずクスクス笑いながらゆらゆら導くように揺れる姿に、これまたいつもの如く「お邪魔しまーす」と沓を整え中に入った。
妙な行動パターンとはこれのこと。是光さんに秀元さんから私宛ての手紙を受け取ったその日から、私はまちまちだが秀元さんに御礼と称して彼の家まで食事を作りにくるようになっていた。手紙を渡す是光さんの哀れむような表情は今でも忘れることは出来ない。哀れむ位ならなんとかしてくれとも思ったが、もう慣れる位来ている時点で手遅れ。それに、相手が苦手なタイプとは言え命の恩人とも言えるのは事実で、無駄な抵抗で精神を削らないことを胸に誓ったのも最近だった。
「さあて、夕飯迄には間に合わせたいなぁ。遅くに帰るのも危ないし。秀元さん、今日は何か食べたいものあるって言ってた?」
『肉料理が食べたいって言ってたよねー』
『昨日コッソリ採りに行ったよねー』
「……と、採りにっすか」
式紙ちゃんのとんでもない発言に引きつりながらもなんとか笑顔を作って返事する。…まさか盗んできてないだろうな、あの狐目。今までの行動上否定出来ない考えに思考を飛ばすと、何故だか今自室でダラダラ書物やら玩具やらを散らしているだろう秀元さんの姿が想像出来、頭が痛くなる。とはいえ、リクエストなんだから仕方ない。頑張るぞーと気合いを入れ、慣れ始めた道のりを進み台所の前で伸びをする。
「お借りしまーす」
と、いつものように台所に入った私。だが、いつもは人っ子一人いないそこに堂々と存在している人物にピシリと固まった。
え、……え?
「なんだ、今日はやけに食い物が多いな。客人でもいんのか?」
「……」
ガサゴソと食糧庫を探る青年の姿に動きが完全に停止する。泥棒、と一瞬思ったが、それは青年の風貌で見事に砕け散った。
人、じゃない。
姿形は人型だろうが、見ただけでわかる。その髪の色に。この時代有り得ない髪型に。目の色に。その瞳の輝きに。思わず呟いてしまった言葉が、先日の恐怖を蘇らせた。――そして、それは彼の耳にも入ったらしい。
「妖……?」
「――な、」
パチリと目が合った。視線がかっちり一致し、瞬時震える体だがなんとかぐっと堪える。真っ直ぐでどこか先を見ているようなその輝きに、逃げたくなかった。逃げる必要もないとどこかで感じていた。
だって私は、彼が誰なのか知っている。
物語の原点。大事な妹をかっさらって行く妖怪。魑魅魍魎の主となる――ぬらりひょん。
中途半端でうろ覚えの記憶が、ビビりながら今にもとんずらしたくなりそうな心と体を支える。なにより、私の声にこちらを向いた彼が、驚いたような様子なのが一番ビックリしたからかもしれない。何で初対面で信じられないようなモノの様に見られるんだろう。妖怪に。
相手が動かないことにほっとするが、こちらも動くタイミングを見失い固まったまま視線を逸らさぬまま汗を流す。ダメだ、動いたらいけない気がする。圧力のようにのしかかる空間に心も圧迫されそうだ。何でもいいから、この雰囲気を何とかして欲しかった。
「……………」
「……………」
「……お前、ワシが見えんのか?」
「ぅえ!?は、はい!」
ぬらりひょんからのいきなりの問に声が裏返る。予期せぬことだとはいえ(はっず!)と、顔が熱くなるのを感じながらかろうじて返事をすると、彼は更に驚きの表情を深めた。な、何なんだ一体。驚かれる要因もだが、質問の内容も訝しい。『見えるのか』って言われても見えるから反応したわけだし…。どうすればいいのかさっぱりなことにあ、だかう、だか口をパクパクと動かす。
頭がいっぱいいっぱいだからだろうか。次いで、ぬらりひょんが口を開いたとき、更に変な質問に私はまた間抜けな声を出すしかなかった。
「……お前、何だ?」
「へ?」
何だ、と言われましても人間ですが。
恐る恐る言葉を口に乗せれば、彼は眉にシワを寄せる。なんでそんな反応!?と若干傷つくが、またまた黙ってしまったぬらりひょんに、いたたまれなくなり私は心なしかしずしず体を縮こませた。勿論、更に心がチクチク痛むのはいうまでもない。
とりあえず、未だ消えないこの空気、誰でもいいから何とかしてくれないか。
嬢、陰陽師の家で遭遇する
((ひー、誰か助けてー!))
(なんやなんや、壱はん一体何があったん。いきなり式紙が戻って来たんやけど)
(秀元さん!(救世主ー!))(そう言えば式紙ちゃんたち消えてるし。いつの間に!?)
(…ってなんや、ぬらくんかいな。君また来たん?)
(ああ、秀元か。何だ、この娘は)
(ボクの知り合いや。公家の姫さんなんやけどおもろい子やで。なあ、壱はん)
(っ何でそんな親しげなんだあんたらぁぁぁ!!!?)
(ほらな♪)
(ああ、ナルホド)
(そこ!物騒な会話は止めい!)
初代時シリーズ。やっと真打ち登場ですどんぱふー。しかし書いてて秀元さん夢のように思えてならなくなって来たんですが…何故だ。ここから総大将に頑張って欲しいものだ。レッツ巻き返し。
ネタ時との変更点がここです。出会いのタイミング。それから総大将は何度も花開院家にこっそり忍び込んでるといいです。あれだけ親しげだったんだ。きっと秀元さんとの遭遇は多かった筈!(捏造)あと総大将は昼でも夜でも自由に歩けると信じています。流石に夜作りにこさせるのは…ね。珱姫に怒られちゃうよ、お姉さん←
ところで式紙ちゃんに名前はないのか。何となく辛いぞ。