(軌跡/遊撃士主)

・続き






市外巡回と午後にまた新たに受けた依頼を数件とまたまたセルゲイからの無茶難題を数時間で終わらせクロスベル市東通りに戻ったユウリは、遊撃士協会クロスベル支部の前でここ数週間会っていなかった人物の姿を視界に収めた。


「アリオスさん」
「ユウリか。久しいな」
「ええ、今回は行き違いが多かったですから」


笑って答えると、《風の剣聖》という異名を持つ目の前の男、アリオス・マクレインは「そうだな」と小さく返しドアノブにかけていた手を下ろす。ユウリの師匠と同じ《剣聖》を持つアリオスだがカシウスとはまた落ち着いた雰囲気を持ち(決してカシウスが落ち着いていないとは思っていないものの、如何せん弟子をからかうあの姿勢は気に入らない。あんなの実力があろうがちょび髭扱いで十分だ)目の前にきたユウリの頭を軽く撫でる。師の弟弟子である彼にすっかり妹扱いされることを悔しく思うが、尊敬する人物だからか振り払うことはしない。少しだけ照れ隠しに眉を潜めてみたりしたものの、それもアリオスにはお見通しなのか優しく目を細められた。


「今回は怪我一つないようだな。なによりだ」
「んな毎回毎回怪我するほど弱くないんですが」
「半年前」
「……いつまでも昔のことをネチネチと」


ぎりぎりと反論するものの、半年前のことを言い出されると返す言葉もない。ユウリにとってもあれは思い出したくない出来事だ。しつこい親父だな…とこっそり思うだけで口にまで出せはしなかった。


「そっちこそいつまでもフラフラしてないでちゃんとシズクちゃんのところに顔を出すんでしょうね」
「ああ、俺のいない間すまなかった」
「いえ、その辺は構わないんですが。可愛い子供を寂しがらせる父親に厭味一つ言わない娘さんが私にとっても可愛くて可愛くて」
「…耳が痛い」
「お土産に本でも買って一日中読み聞かせてあげるくらいのことはしてくださいよ、お父さん」


仕返し成功。悪戯に笑うユウリに少し肩を落としたいアリオスは「そうさせてもらう」と苦笑しながら告げる。
最近の子供はどんな本を読むんだ。マルクと深き森の魔女なんかいいんじゃないですか。そういえばこの間カーネリアの点字の本が病室に置いてあったが。あああれ、私が作ってプレゼントしたものです。すまないな。いえいえ今度ウルスラ病院の三日煮込みシチュー奢ってくれたらそんな些細なこと。…考えておこう。
日は既に暮れ、真っ赤に染まった東通りで談笑を交わす二人だったが、出店が閉店の準備をし外に出ていた住民たちが帰宅している様子を見て、それそろ中に入るかとユウリは協会のドアノブを手にとる。


「――ユウリ」
「はい?」


ふと、ドアノブを傾けようとすると、先ほどとは違う様子で声をかけられ、力を入れるまえに振り返る。


「さすが兄弟というべきか……ガイに似てきていた、お前の幼なじみは」
「―――、」
「まあ、まだまだ甘い。あの状況で自己犠牲に走る実力ではしばらく苦労するだろうな」


幼なじみ、という言葉にすっとユウリの表情が変わり、感情が読めなくなる。
つい先程その幼なじみの上司(仮)から引っ越しの荷運びを手伝わされたばかりで彼らには魔獣退治させにいったと聞いたばかりだ。だがそれをアリオスが知るよしもないし、どうせ帰って早々その魔獣退治にいかせたジオフロントで緊急事態が発生してアリオスが向かった先に彼らがいたのだろうと予測することはできた。


「…全く、初っ端からやらかしたんですか。あいつは」
「途中まではいい判断だった。良い仲間たちもいるようだった。あのセルゲイさんが選抜した者達だ。一筋縄ではいかない人材ばかりだろうが」
「知ってますよ。…まあ、元気そうならなによりです」


言葉の端々で複雑そうな感情を込めていたようだが、最後の方では淡く微笑む様子に、アリオスはもう一度頭に手を伸ばす。
もういいですって、と二度目は払われてしまい少し機嫌を損ねたのか、もしくはそう見せているのか、ふうと溜息を大きくしている。


「そろそろミシェルさん待たせっぱなしもまずいでしょ」
「そうだな」
「何楽しそうに笑ってんですか……ほら、行きますよ」


今度こそ手に力を入れて協会の扉を開く。ミシェルに「あら、おかえりなさい」と言われ返答しているときには既に不機嫌さのかけらも残っておらず、「今日中に済ませられる依頼ってまだある?」などといって呆れられている始末だ。
全く素直じゃないというべきか、数年前は親友の可愛い妹分だったはずだが、と先日のセルゲイと似たようなことを考えているとも知らないアリオスだったが、ミシェルに招かれ思考を切り替える。


どの道、ただの警察と遊撃士であればともかく、遊撃士と似たような活動をするという特務支援課に彼らが所属する限り彼女も以降関わり合わずにはいられないだろう。
いつまでこの強情っ張りは続くのやら。


結局依頼を一つ取り付けたらしいユウリは間髪入れずして協会を飛び出してゆく。その後ろ姿に微笑んだアリオスに、押し切られた形のミシェルは「笑い事じゃないわよ…」とどこか疲れた様子で書類整備に戻るのだった。










「もしもし、姉さん?」


時間はまだあるからと西通りのパン屋である幼なじみの依頼を済ませたのは結局日付は変わってないものの深夜だった。幼なじみであるオスカー含め店長やベネットは申し訳なさそうにしていたが、翌日の仕込みには間に合ったし報酬としてオスカー特製のパンをいくつか貰ったしで問題はない。オスカーには彼と共通の幼なじみが帰ってきたことを言うべきか迷ったが、どうせアイツも市内巡回くらいするだろうと黙っておいた。
依頼の報告はまた明日でも構わないだろう。帰宅して、流石に晩御飯を作る時間はないのでオスカーに貰ったパンをかじっていると、ふとエニグマに備わっている通信機が鳴る。
こんな夜中に誰だ、と思い繋げた通信機から聞こえるのは『あら、繋がったかしら?』と少々おとぼけた優しい声色で、力が抜けたユウリは冒頭の声をかけた。


『ユウリ?よかった、ちゃんと繋がるものなのね』
「当たり前でしょちゃんと電波も通ってるんだから」
『だってエニグマにかけたのは初めてだったんだもの!最近の機械は凄いのねー』
「まだまだ一般向けじゃないけどね。で、こんな夜中にどうしたの姉さん。仕事は?」
『夜勤前にちょっと休憩中。ユウリももしかして今まで仕事してたの?ギルドに連絡したらいないっていうし。もう、お姉ちゃん心配してたんだから!』


電話の相手、年の離れた姉であるセシル・ノイエスは看護士であり普段は優しく少々シスコン気味な姉の少し尖んがった声に、これは本気で気を損ねたようだと苦笑する。
天然が入っているがしっかり者の姉を怒らせると多少面倒臭いことになる。看護士の夜勤も忙しいだろうに思うが、そのことを口にすると言い返されそうだったので適当に受け流すことにした。


「あーはいはい。ってかなんでギルドにまで…」
『だってエニグマの方にかけにくかったんだもん!』
「わかった、わかったからごめんて」


少しばかり大きくなった声がキーンとしたので謝罪を一言いれる。全くもう、という姉はまだ機嫌が直らないようだ。こういうときの姉には逆らわない方がいい。長年姉妹をしているのだ、ユウリにとってセシルはある意味強情っ張りでくせ者なものの扱いは手慣れたものだった。


「で、どうしたの姉さん。何かあった?」
『ああそうだった。ユウリ、貴女ロイドが帰ってきたの知ってた?』
「……知ってるけど」
『あら、やっぱり?』


今日はどうにも件の幼なじみのことを一日中聞いていたような。ロイド、という名前に少し声色が低くなった気がしたが、セシルは構わず続けており、心なしか少々浮かれているようにも思える。
多分心なしか、じゃなくて確定なんだろう。血の繋がりはないものの、セシルにとって自分たちの幼なじみであるロイドは弟のようなもので更に彼女はシスコンのついでにブラコンでもある。3年ぶりで嬉しいのだろう。とはいえそれはセシルに限ったことでユウリとロイドは別に幼なじみという枠を超えたことはない。血の繋がらない兄妹という仲でもない。セシルの声色が上がる中、ユウリはいたって平常…よし少しローテーションのようだった。数口しか食べていないパンを用意していた皿の上に置き、エニグマを持ちながらベッドに腰掛ける。普段は触るだけで眠気をさそう魅惑の存在が少し精神を安定させてくれた。


「なに、アイツから電話でもあったの」
『そうそう、ついさっきまで電話しててね。あ、私からしたんだけどね。これから警察の寮に住むみたいよ。特務支援課ってできたばかりだって聞いたし凄いのね!』
「あー…」


その特務支援課が住む寮を掃除し整理し住めるようにしたのはユウリであり、つい数時間前には幼なじみの荷物まで運んでいたのだが口には出さない。とはいえ、セシルと電話をゆっくりするくらい落ち着きはしたのだろうか、セルゲイのことだから初日とはいえ一悶着ありそうだったが。
よかったね、と軽く受け流すユウリはその考えが正しいことを知らない。少しべたついた肌にあーお風呂入りたい、と頭の片隅で思った。


『明日か明後日にはうちとガイさんのところにも顔を出しにいくっていっていたわ。私は残念ながら休みがとれなかったんだけど…ユウリはどう?』
「無理。休みなんて全然ないから。絶対無理」
『そう…残念ね』
「アイツももう子供じゃないんだから。別に一人でも大丈夫でしょ」


そもそも会うつもりはないのだが、本気で残念そうにしているセシルにいうと面倒臭いことになるだろうから言わないでおく。ガイ――3年前に亡くなったロイドの兄の墓には頻繁に顔を出していたユウリだったが会わないように行こうと密かに考える。セシルは妹がそんなことを考えているとは露ほども思わなかった。


「ところで姉さん」
『なあに?』
「アイツに私が遊撃士だってこといってないよね」
『え、どうして?』
「どうしてって…あーほら、びっくりさせたいじゃない?」
『あら、やっぱり仲良いのねあなたたち!大丈夫よ、ユウリのこと話そうと思ってたんだけどロイドのこと聞いてたら忘れちゃってたから!』
「…そう」


これだから天然は…と思ったが、いらぬことを言わなかっただけよしとしよう。別に仲良くはないけど。ロイドに関してのみユウリはどうやら辛辣なようだ。今日までで気付いたのは一部の人間だろうが。


「じゃあ…また今度病院に顔出すから、姉さん今から夜勤なんでしょ。看護士の不衛生なんて笑えないわよ」
『大丈夫!可愛い妹と弟の声が聞けたから元気100倍よ!』
「ははは…」
『ユウリこそ、また怪我したらお姉ちゃん本気で泣いちゃうからね』
「だからそんなに怪我してないっつーの」
『半年前』
「……わかったから。ごめんってば」
『全く…じゃあ切るわねユウリ』


疲れた様子で「じゃあね、姉さん」と返し、通信を切ったユウリは溜息を吐きながらベッドに倒れ込む。途端眠気が襲いこみ、結局数口した口にしていなかったパンが視界に入るがくれたオスカーには申し訳ないと思いながら明日の朝でいいかと放置することにする。お風呂…も明日の朝入ろう。ジャケットを適当に脱げば、あとは大丈夫だろうと思うほどどうやら疲れているようだった。


「明日…」


遠退く意識の中、明日の予定はなんだっただろうかとふと思う。指名の依頼があった気がするが内容が浮かんでこず、遊撃手帳で確認するほど元気はない。
そういえばロイドはガイの墓にいくと先程セシルが言っていたような。


「教会にいくのだけはやめとこう…」


できれば中央広場から西方面には行きたくない。そう片隅で思いながら、ついに瞼が重力に逆らえなくなってくる。
クロスベルを取り巻く事柄とそこに潜む社会の裏。漸く舞台が整ったと、ユウリは誰かの声を聞いた気がした。







ロイドにぷぎゃーーーm9(^Д^)wwwwwwといってやりたい連載本番開始。