(ぬら孫/過去編シリーズ/雪羅)珱姫姉嬢













女の涙は一種の武器とはよくいったもので、多少なりとも良識のある人間にならばそれは案外効力がある。妖怪は正直知らないが…まあぬらりひょんさんの先日の態度によると人と大して変わらないのだろうと思った。多分。
そしてそれは美形という生まれながらに備え付いたスペックが存在していれば尚更なのだ。


初対面とはいえ目の前で号泣も号泣、ボロボロと涙を零し続けられて――ただでさえこちらは彼女を知っているというのだ――途方に暮れたのは数刻前。
目の前で泣きつづける女性に連れ添って正確にはどれくらいいるのだろうか。辺りはそろそろ夕暮れ時で、今から急いで帰っても最近過保護化している珱姫からの説教を確実に受けることになるのは違いない。だけどここで彼女を放っておいても後々命懸けになりそうだと本能が訴えてくる。


「ひっく、ひく」
「……」


目の前の女性――雪女さんは、今は泣きつづけているからボロボロな顔をしているが白い肌と紅をひいたようなふっくらした唇はどうなっても妖艶で、黒い濡珠のような美しい長い髪は真っ白で雪のような着物に映えている。要するに私もうっかりときめいちゃうほどのこの超絶美人で、私が関わりたくない人物の一人の筈だ。…多分。
どっちに転んでもここはうやむやにして逃げるが勝ちを選択したかった。物凄く逃げたい。だが、命云々何より泣いている女性を放置出来る訳もなく。


「あの…大丈夫ですか?」
「う、うっさい!簡単に近付くな!」
「……すいません」


不合理な罵倒を受けてこちらもこっそり泣きそうになりながら、私はずっと雪女の隣に腰を下ろしていた。漂っていた冷気は先程よりも少なくなったが、触ること=死亡フラグになりそうでかろうじて手ぬぐい――所謂ハンカチだ――を渡して、ただただ彼女が泣き止むのを待つだけ。
差し出された手ぬぐいをバシッと勢いよく奪い、すんすんそれで目元を拭う彼女は大分落ち着いたようだった。
そろそろ話を聞きたいが、先程の叫びからして私に不利益かつ不本意な話になることは請け合い。となれば下手に話掛けられる筈もない。時間が過ぎてゆくなか、はあ、と溜息つきながらじっとしている他なかった。


「……あんた」
「は、はい?」
「あんたが……本当にあの恵姫なの」


あ、やっと話が進みそう。
こちらの溜息に反応したのか、雪女は遂にピクリと反応したのち顔を上げた。その表情はおどろおどろしく、美人という相乗効果で思わずビクリと体が跳ねる。


「えっと……」
「……」
「…その、」
「……」
「…………い、一応巷では、そ、そう呼ばれてます」


すっげー不本意だけどとまで言わないが今更嘘をつける訳もなくギクシャクしながらゆっくり頷けば、彼女から再度流れるのは殺気も含んだ視線とそこから再びボロリとこぼれ落ちる涙だった。
ギョッとして再びあわあわしながら手ぬぐい…はもうないからなんとなく手を伸ばすが先程と同じように、先程より割と強めに拒絶される。流石に手で涙を拭うなんざ高等技術は私に向かなかったか…なんて呑気に思える訳なく、あれこれデジャヴュ?と考えといると、今度は時間を置かず雪女は顔を上げた。


「なんなの…なんなのよあんた、人間の癖してあの人の心に住み着いちゃってさ!図々しいにも程があるじゃないか!」
「え、えええ!?(理不尽な!)あ、あの人ってどなたのことですか!?その、私も訳がわからないことには…!」


嘘だ。大体予想はつくが、彼女が慕っており名前を模したといえる彼のことなのだろう。だがそれを知りながら心理戦を左右する力を私が持ち得ることは当たり前だが皆無で、勢いだけで殺されそうな雰囲気に辛うじて緊張感を保つための私の最後の抵抗だった。
ギッと睨みつけられる。わあ怖い。


「誰か、ですって…?」
「は、はい!わからないので是非教えて頂きたいんですが!」
「そんなもの……あんの馬鹿総大将のぬらりひょんに決まってんでしょ!?」
「……」


ああ、ですよねー。
わあああんと声を上げる雪女から目を逸らし空を眺めれば紺色が混ざり始めた色彩の中でキラリと光るものを見つける。わあい一番星だ。珱姫の説教フラグ、徹夜に決定。
半ばやけくそになりつつ仕方なくしゃがみ込んでいる雪女に目線を合わせる。目頭を押さえている私の手ぬぐいに霜がついてるのが見えた。自分がこうならないことを願うしかなかった。


「あの、ぬらりひょんさんのお知り合いですか?」
「何勝手にあの人名前で呼んでんのよ!?」
「……総大将さんのお知り合いでしたか」
「ぬら組の者よ!そんなこともわからないの!?」


んな理不尽な。
顔が歪みそうになるのを必死でこらえ、話を続ける。


「はあ…あの人が総大将って…その、組だとかどんな方がついて来ているのか知らなかったので。すいません」
「……ふん、まあいいわ。総大将ぬらりひょん率いるぬら組が一人、雪女よ。覚えておきなさい」
「雪女さんですか。私は壱といいます」
「はあ?恵姫でしょ?何いってんのあんた」
「いや、それ本名じゃないですし」


だいたい姫とか本当に止めて欲しいんだけど。鳥肌立つんだが。
真顔で返すが雪女……さんは「はあ?訳わかんない」みたいな顔するのでとりあえずスルーしておく。ただ恵姫呼びは改めて貰えないようだった。…もういいよ、それで。


「で、えーっと……雪女さんは私に何の用で?」


ピクリと彼女の肩が動く。次いでまた泣き出すかと思えば、今度は下を向いたまま動かなくなってしまった。
え、ええー。今度はなんなんですか…!


「………最近」
「はい」
「京に来てから最近、あの人はよく外へ出るようになった」
「は、はあ(最近って…昔からじゃないのかあの放浪癖は)」
「しかも朝から晩まで一日中。そりゃぬらりひょんはあんな性格だから何処かに留めておくのは大変よ、ええ大変ですとも。私たちだってとっくの昔に諦めてるわ!」
「(なにそれ切ない!)」
「だけどねえ――いくらぬらりくらりしてるからって、今までいつもおんなじところに、女のところに入り浸ってたですって!?はあ、ふざけんじゃないわよ!!この私が、雪女の雪羅が、人間の、しかもこんな小物くさい小娘に負けたとでも!?」
「こも!?入り、浸る……って、ぬらりひょんさんが!?私のところに!?」
「だから名前で呼ぶんじゃないわよ!!」
「すみませんっ!!じ、じゃなくて勘違い!それ勘違いです勘違いしてます!!」


あの人が入り浸る…つまり私に気を向けているいう意味にヒクリと頬肉が強張る。雪女さん(名前セツラっていうんだ、知らなかった)の表情も激怖だがそれどころじゃなかった。
なんだこの本人の知らぬところでフラグの嵐は。だいたいなんで彼女はそんな勘違いしちゃってるんだ。慌てて誤解を解こうと立ち上がる。


「あの、本当に違いますから!あの人が私に気があるなんてないない絶対ない!!」
「でも気まぐれなぬらりひょんが今までこんなに同じ女のところに足を運んだことなかったもの!!あんた一体何したのよ!?」
「な、何も出来るわけないじゃないですか妹や雪女さんじゃあるまいし!!大体そんな頻繁に私ぬらりひ…総大将さんに会いませんから!一日中ずっと一緒にいたことないですし!!」
「……そうなの?」


そうだ。外に出たときの行き帰りに会いはしたものの、今まで一日中一緒ということはない。一度もない。ついでに言うと毎日会っていた訳でもないし。
そう言い募れば段々落ち着いてきた雪女さんに、少し肩をなでおろす。


「大体、私なんかの小娘の何があの人のお目にかなったっていうんですか。雪女さんの方がよっぽど綺麗ですし、こんな人がずっと傍にいるんだったら私なんて娘どころかそこらへんの石にしか見えないじゃないですか!」
「……」


自分でいうのも何だが死にたくなってきたのは言うまでもない。いいもん、私普通に生きて普通に長生きするんだから…平凡って素敵…!


「あんた…」
「ん?は、はい」
「少しは良いこというみたいね。なによ、わかってるじゃない」
「……は、ありがとう……ございます?」


だがしかしどうやら彼女の機嫌は回復したようだった。出会ってから初めて見る笑顔にきゅんとするのを感じつつ、何をする訳もなくただから笑いする。
…なんだろう、このだしに使われた感は。満足そうに笑う雪女さんはそれはもう美しく、比較されたことにショックを受ける間もなかった。


「しかし…今更だけど変な女ね」
「え゛、そ、そうですか?」
「だって私は妖怪よ?逃げるなりなんなり畏れるのが人間じゃない」
「す、すいません…」


まさか出会いの衝撃でそれどころじゃなかったんだよ…、とは言えず、仕方なく頭を下げる。
そんな私を見ていた雪女さんは、楽しそうな、なんだかちょっと意味ありげににまりとすると、私の隣に立ち上がった。悪寒が瞬間走った……気がした。気がしただけだ。気のせい気のせい。


「ふうん、あんたみたいな人間もいるんだ」
「変なものですから…」
「ただの小娘なのに」
「そりゃ長生きする妖怪からすれば人間はみんな子供じゃないんですか…」
「それもそうね。でもそういって返してきた人間も初めてよ」
「そりゃどうも…」
「手ぬぐい貰ったのも初めてだしねー」


そういって完全にカチンコチンになったハンカチもどきを無邪気に弄る姿を微笑ましいと思う一方、ああならなくてよかったと本気で安堵する自分がいる。
ってか今更だが冷気漂ってます、雪女さん。何をしてるのやら、手元にふーと息を吹き掛ける姿は大変可愛らしいのだが、こうたまに吹いてくる季節風や暗くなってきた空も伴いぶるりと体が震えた。……まずい、そろそろ本気で帰らないとまずい。地面に置いていた荷物を手にとり道に出る。


「すみません、そろそろ時間があれなので…その」
「あら、もう夜なの?人間って夜は外出ないとか面倒よねー。まあ最近京妖怪がたち悪くなってるみたいだし、さっさと帰れば?」
「……はい」


まるで人事のようだ…じゃなくて実際妖怪の彼女には無問題。不満は色々あるものの出てきそうになる前に口を閉じ会釈をする。
急いで立ち去ろうとしたとき、「恵姫」と呼ばれ、振り向いたら。


「ちゃんと受け取んなさい」
「へ?う、わ!な、何?……ゆき、だるま?」
「これ貰うから」


そういって凍ってしまった手ぬぐいを手にした雪女さんはニッと笑っている。次いで何をしたのかわからないが瞬間姿が消えたその場所を唖然と眺め、運よく受け止められたそれ、投げられても壊れなかった小さな雪だるまは冷たく手が霜焼けになりそうだったが、それよりも友好的な彼女が嬉しくて、誰もいないその場に私は頭を下げた。
―――後の地獄を全く考える気はしなかった。





嬢と恋する雪女





(姉さま……覚悟は出来てるんですよね)
(ひっ)
(こんな時間まで何を…!なんでこんなに手が冷たいんですか!?しかも霜焼けになりかけてる!!本当に何してきたんですか!?)
(ごめ、ごめんってば珱姫!お願いだから泣かないでーーー!!)


(なんで一日に二人も泣き顔見なきゃいけないのよ!!……くそ、ぬらりひょんさんの馬鹿ぁぁぁあ!!)





雪羅さんに嫉妬されるお話。
久しぶりに続き書いたら雪羅さんキャラ忘れるわ矛盾生じてる気がするわ大変でしたお久しぶりなぬら孫です。まあいいやいつか書き直す←
雪羅さんの恋する姿は本当に可愛いです。珱姫も好きだが雪羅さんも萌える。ただし嬢は原作的に珱姫と総大将のイメージしかないからそこまで覚えてないといいよ。ああ雪羅さんマジ可愛い嬢とは上下関係になると思われ。ヒエラルキー最下層な嬢でよろしくお願いします。
次も予定は決まってるんだが果してうまくいくものか…とりあえずのんびり書きたいときにいきます。ちなみに秀元さんか原作フラグの総大将の予定。さて、どちらを先に書くかな。