(ぬら孫/初代時シリーズ/ぬらりひょん)嬢






この時代、甘味は非常に高級品なことはご存知だろうか。

塩も大事だが、塩は基本的に海の水を加工すれば手に入るもの。だが、砂糖が手に入るのは一地域しか存在しておらず、しかもその一地域というのも南国(サトウキビ)と北国(テンサイ)なんだから、流通に手間と時間のかかる江戸のご時世で価値が上がっていくのは当たり前のことだった。ちなみに我が家では手に入る。嬉しいんだか、珱姫目的の貢ぎ物で悲しいんだか…。
まあそんな高価な砂糖だが甘味には必ず必要となってくるもので、時たま甘味が食べたくなるのは女の性。そしてあのオッサンに頼むことなく必要なときにそれを手に入れたいのが当たり前というものでして。


「おおー、今日もいい感じに採集出来てるね」
「これも恵姫の知恵のお陰様です!」
「うわぁ、綺麗!ねえねえ恵姫さま、これ凄く綺麗ね。まるで鼈甲みたい」
「そうだね、砂糖を溶かしたものを鼈甲飴って言うほどなんだから綺麗なのも頷けるね」


今いるのは京の町から少し外れた農村。雅やかな町とは違うが落ち着く雰囲気のこの村は私が度々訪れる所だ。というのも、ここは主に私が現代知識を有効活用させて貰ってる場所だったりする。
家のトマトだけじゃない家庭菜園の土や肥料もここのもので、何年もかかって出来たあれはここのみんなの協力のお陰でもある。まあ最初は不審がられたり公家って立場からバッシングも受けたけど。今じゃあ良い思い出だなあ。
そしてそんな所で今行われてること。それは養蜂――つまり、蜂蜜採集だ。目の前にある濾過したて(まあ不純物は多少入ってるけど)の黄金色の液体に、村人達は歓喜の溜め息をつく。ここまで嬉しがられると私も現代人冥利につきるというか、うむ。


「恵姫さま。これだけの量どうすれば良かろうか」
「そうだなぁ、腐りはしないけど虫が寄るのは嫌だから壷に小分けして早めに売った方が良いかもね。あと自宅用もあまり量はない方がいいかな。また採れるだろうし」
「それじゃあこれ位かい?」
「ああそんなもの。出来るだけ日の当たらない場所で、でも寒すぎると固まっちゃうから氷の傍も駄目よ」
「なるほどなぁ…」


そばで子ども達が蜂蜜を舐めている中、現代も過去も変わらず主婦な女性達と集まって後の扱いを助言していく。男達の仕事は蜜を採った蜂の巣を再度巣箱に仕舞うことだ。家計は女、仕事は男な典型的な時代だと少し苦笑いする。


「――よし、じゃあ明日には市場に出せるように頑張ってみるよ。あんた、さっさと運んでちょうだいな!」
「わかった!あ、恵姫さま。これ今回の収穫の一部です。受け取って下せえ」
「え、あ?一瓶でいいですよ。しかもこの壷私のじゃ…」
「いいのよ、受け取ってやって頂戴な」


押しつけられた自前の瓶と見覚えのない小ぶりな壷に慌てて返そうとするが、おばさんににかっと笑い告げられる言葉に躊躇する。
でも流石に管理も何もしてない私が2つもってのはなぁ…。そう焦って言うが、夫婦共々「いいのいいの」の一点張り。


「恵姫さまが来てから子ども達が元気になったり冬も凌げるようになったんだから。この位お安いご用だよ」
「そうだな、またうちの子らと遊んでくれれば問題ないさ。普段恵姫さま恵姫さま煩いからなぁ」
「……わかりました。有り難く頂きます」


ああもう、こういうのが人情って奴なんだろうなと胸を打つ。思わず苦笑して深く頭を下げれば「また頼むよ!」と強く背を叩かれて息が詰まる。感動と別の意味で涙目になって笑われてしまった。…恥ずかしいが今のは痛いです、おばさん。



「――って、感動してたのが一気に失せたんですがどう説明してくれるんですか帰り道に唐突にやってきてさり気なく隣に並んで睨みつけてもスルーして遂には荷物を奪い取ってくれた妖怪の総大将さん!?」
「なんじゃ、そんな他人行儀に。ほれ、落とすぞ」
「ぎゃあちょっと止めて下さいそんな乱暴に扱わないでー!!」
「冗談だ。はっはっは」
「…っ!(て め え !)」


ぶらぶらと壷と瓶を揺らすのを止め、何事もなかったように再びそれらを抱えるぬらりひょんさんに殺気が湧く。寧ろ殺気意外に何を出せと。だがしかしギッと睨んでも彼が応える訳ないのは既に学習済み。…どうやら涙には弱いみたいだけどあれは私の精神も削れるから却下!
飄々と笑うぬらりひょんさんにギリギリと歯を食いしばる。段々意地が悪くなってきてんじゃないのこの人?!(人じゃないけど!)


「しかし蜂蜜なぁ…。お前さん、こんなものも作れるのかい。やっぱり変な奴だな」
「変はあなたでしょう!なんですか、最近つきまとい過ぎじゃないですか!?」
「偶然だ。気にするな」
「人が帰ろうとすると出てくる偶然が5回も続いてたまるか!」


そう、5回。5回目だ。初回は花開院家での出会いの帰りからとして、それでも間に3回。しかもどれも後ろから手荷物を奪われるという屈辱感を味わされているため悔しくて悔しくしょうがない。「荷物を持ってやってるからいいだろう?」と彼は言うが、残念ながら自分のものは自分で何とかしたいんです!私は!
それは多分現代社会で自立ってことがどんなに大変か理解してるから。人を頼るのは素敵なことだと思うけど、やっぱり頼り過ぎるのは好きじゃないんだ。それはここでも当たり前のこと。


「というわけで返して下さい私の荷物!」
「だったら尚更返さんな。精々儂に頼るがいいさ」
「この鬼畜ーー!!バカ!鬼!妖怪の癖にひょろっこい癖に!」
「(ブチ)なんならこの前のようにお前ごと抱えてやろうか、壱?」


っ、やっぱり私この人嫌いだ!
顔を近づけて少しお怒りながら笑うそんな表情にぐっと言葉を押し黙る。この前っていうのはあれだろう、きっと屈辱の横抱き。あんな思い、二度としてなるものか!顔を逸らして「…すみませんでした」と小さく呟く。しかしこれで満足するはずのぬらりひょんさんは何故か舌打ちした。こら待て、人のせっかくの謝罪を舌打ちか。珱姫、お姉ちゃん心が荒みそうです。


「(ちくしょ、)(ああもう我慢我慢!)はあ、早く珱姫に会いたい…」
「…珱姫ってのはあれか。京随一の美人だって言われてる」
「あ、ご存知だったんですか?」
「お前の妹だとは思わなかったがな」


ぬらりひょんさんが食いついた珱姫の話題に目を丸くする。あれ、これってもしかして…もしかするのか!?
思わぬ所からのフラグ勃発に一気に表情が明るくなる。ぬらりひょんさんがギョッと驚いてたがどうでも良かった。だってだって、やっと公式の開始だ!
忘れかけてた本能が蘇った瞬間ともいう。


「そうなんですうちの妹可愛いんですよ!んでもって美人で美人で!でも中身も凄い清廉潔白!私に似ない完璧な子なんですから!!」
「……そこは普通、私に似て、じゃないのかい」
「やめてください鳥肌立ちます」


真顔で返すと変なもの見る目で見られ、ついでに溜め息つかれた。だがこの際どうでもいい。要するに、私がぬらりひょんさんと珱姫の梯になればいいんだもの!
身を乗り出して彼の衣を掴む。驚いた表情を見ることができたがそれも気になる訳なかった。


「凄い力を持ってるのに自分より他を優先するんですよ。私が帰ってきたら『姉さま、お怪我ありませんか?』って駆け寄ってくれたり!」
「ああ…」
「料理はそんなに上手じゃないんですけどね?でも私の誕生日には必ず手作りで夕餉を準備してくれるんです!それで2人で片付けするんですけど美味しかったって言ったら凄く喜んで抱き付いてくるんですよ、可愛いでしょう!?」
「へえ…そうかい」
「…ちょっとぬらりひょんさん、聞いてるんですか!?」
「聞いてる。聞いてるから顔近付けるんじゃねえよ。襲うぞ」
「せめて全部聞いてからにしてください!」
「……(良いのかよ)わかった。わかったから落ち着け」


いや、襲われるのは良くないけども。
それよりこの場は彼に興味を持って貰わないと意味がないのだからと更に乗り出した体はぐいと押し戻され、落ち着けと促された。…ぬらりひょんさんが疲れた顔してる。なんか貴重だ。


「…で、その妹君は屋敷の篭の鳥。姉上は外を出歩けるって訳かい」
「真実ですけど言い方ってもの考えて下さいよ…まあ私、父親に娘どころか家族の認識されてませんから」
「は?おい壱、それどういう」
「私の話は良いんですそれより珱姫ってば!」
「……(こりゃあ駄目だ)」


私より珱姫!何が何でも珱姫!そう話を続ける私は夢中になる余り彼が脱力するというまたまた貴重な姿を見ることが出来なかった。まあ最終的にぬらりひょんさんが珱姫に「会ってみるか…」って呟いてたんだからどうでもいいんだが。
ただし、私の目標と彼が妹に会う目標がズレてしまったことは、誰も気付くことはなかった。





嬢、目を輝かす





(よしきた待ってました!)(しばらく楽しめそうだなあ!)

(妹君ならコイツのこと知ってるだろうからな…)(話だけでも聞きにいくかねえ)


―――


嬢、ハイテンションver。もっと落ち着いた雰囲気にするつもりだったのに暴走したら止められなくなりました。…もうひとパターン書いとくかなぁ…少しおしとやかな妹思いな姉嬢。ちなみに蜂蜜フラグはまた拾っとく。
やっぱり総大将を疲れさせるのは嬢だなあと再認識しながらもこりゃ酷いですね。やばいやばい。流石に私もテンションがおかしかったから文章が酷い。そして総大将はストーカーです。ノット偶然。
シスコンの怖さを書いてて気付いてしまった←