至極邪魔そうな雰囲気を醸しているが、あまり強気に出られないのか、彼の語調を曖昧なものにさせる。
それが分かっているから、アキはにやにやとしながら二人に近付き、ユリアの肩に腕を回した。
そして、俯くユリアの顔を覗き込む。
ユリアの両頬が、さっと林檎色に染まった。

「どう?」
「だーかーら、止めろって言ってるっす!!」
「何?ヤスも俺様の顔が見たいってか?」
「違うっすよ!アキさん、いい加減に……!」
「分かってる分かってるって。相変わらず血の気の多い坊やだなー」
「そんな傷をこさえてくる奴が、言えた台詞じゃないだろう」

悪戯猫のようにからかう男を、冷ややかな言葉が諌める。
重たい溜息を一つ吐いた、アンソニーである。
えー、と大層不満そうな声を上げながら、アキは体ごとそちらに向けた。

「これはアンソニーの言いつけを守ったら、出来ちゃったんだぞ」
「だから何だ?ガキの屁理屈にしか聞こえんな」

ふんっと鼻を鳴らして唖然とする男は無視して、ぱんっと両手を打ち鳴らした。

「ともかく、全て片付いたのだ。感謝はしているぞ」
「何か言い方むかつくなぁ……」
「礼は後日として……とりあえず、一休みしていってくれ。ささやかだが、少しばかりもてなそう」
「ほんとっすか!?やったっすねユリアちゃん!」
「え、えぇ……そうですね」

きらきらした笑顔で同意を求めてきたのっぽの彼に、ユリアは僅かに笑みが硬くなってしまった。
ヤスこそ困らせてるじゃないかとアキがぼやくが、都合よく本人はそれを聞き流した。
さぁ、とアンソニーは皆を階段を上るように促す。
と、そこで背後を彼は振り返った。

「ダイナ、何をしている?君も来なさい」

彼らのずっと後方、ホールのほぼ真ん中に立ち尽くす吸血鬼。
微動だにせず今までずっとその格好のままだったが、傷が痛む訳ではない。
既に銃創は跡形もないのだ。
確かに撃たれたその時は激痛が走ったが、吸血鬼であるため直ぐに傷口は再生されている。
所々裂かれた服だけが、撃たれた事実を物語っていた。
その箇所をじっと見つめていたダイナは、呼ばれたことで何か言いたげな顔を上げた。
アンソニー様とダイナが呼び掛けると、彼の淡いエメラルドの瞳が何だと聞く。
彼女は固唾を飲むと、細かく震える声を絞り出した。

「何故、私を罰されないのですか……?」

不可解そうに、そして何処か悲哀を帯びた声だ。
アンソニーの眉が、ぴくりと動く。
一度は弛んだ空間が、再びきつく張り詰められた。
背を捻っただけだった姿勢から、真っ正面から彼女を見るように体位を転換させた。

「何のことを言っている?」
「ミュステリオンに連行されなかったとはいえ、あの男を此処に招き入れたため貴方を危険な目に遭わせた事実は、消えません」
「……………」
「はっきり言って、貴方を裏切ったも同然の行為です。ですから主人である貴方には、私を罰する権利があります。だのにそんな優しい言葉を私に掛けるなど、主人として示しがつかないのではないですか」
「……やれやれ、君の徹底ぶりには恐れ入ったな」

硬質の声音が、そう呟いた。
半ば感心したようではあるが、それとは裏腹に表情は険しい。
腕組みをし、細い目を閉じると彼は思考を巡らせた。
そして分かった、と声に出すと暗い面持ちの吸血鬼を見据えた。
分かった、とは罰するということだろう。
不安げにユリアはヤスの顔を見たが、こればかりは何も言えないと、彼は見返してきた。
アキも同様に、難しい顔をして成り行きを見守っている。
その口から飛び出す言葉を、様々に予想しながら。
すぅっとアンソニーは息を吸い込み、吐き出すと同時に告げた。

「“ごめんなさい”の一言、それから君の淹れた珈琲を所望する!」

凄まじいまでの糾弾が身を貫くだろうと身構えていたのに、アンソニーはたった六文字の単語と珈琲を淹れるよう怒鳴ったのだ。
これにはダイナのみならず、此処にいた全員が目を丸くした。
そんな面々を余所に、アンソニーは威張るように背を反らせて続けた。

「ふんっ?あまりに恐ろしい罰で言葉も出ないか?」
「……いやそうじゃないだろうよ」

アキが呆然と言葉を零したが、それもまた都合よく流されてしまった。