「──…報告は以上です」
そう言葉を締めくくると、ルイは静かに着席した。
粗方の内容は、シスター・ミュリエルから受けた報告──第二区の悪魔三人及び神父エドの拿捕までの顛末──と、これまでの二区での妙な動きについてであった。
ルイが口を閉ざした後、呼吸するのも憚られそうな沈黙が各自の上にのしかかった。
ルイの背後に控えるアンリは、光を宿さない瞳で一人一人の顔色を観察した。
どの面々も、渋い顔をして考え込んでしまっている。
特に、今回の事件に深く関わってしまった諜報局長など、ただでさえ良くなかった顔色を更に悪くしている。
が、アンリには全く彼が哀れとは思えなかった。
寧ろ情けなく、愚かな男にしか見えない。
どうせ、その蒼白な顔の裏側では、いかに自分は関わっていないかだとか、あの神父エドがいかにあくどい人間だったかを語るために、つらつらと考えているのだ。
くだらない、そんなことに興味があるのは真向かいに座す外務局の男くらいだ。
あの男はいつもいつも、いらぬことに首を突っ込んでは事態を悪化させることを得意としている。
そう、それは自らの局長へのことで、十分経験している。
ちらりと視線を下方へ流せば、視界に入るのは、己が従うべき人ルイ。
話し終え、アンリと同じく周囲を窺っているらしかったが、ただ一つアンリと違うのは、彼は目で確認しているわけではなかった。
甘い鳶色をした髪の下にあるのは、彼に相応しい双眸ではなく、鼻から上全てを覆っている翡翠のアイマスクだった。
もうかれこれ二十年、アンリはルイの瞳を見ていない。
例えそのマスクを取ったところで、あるのは今も消えることない醜い傷跡なのだ。
『アンリ、見えなくなった私はもはやミュステリオンに必要ない』
もう二度と世界を直接見ることが叶わないと知った時の彼を、アンリは生涯忘れられないと思っている。
いつだって自信に溢れたルイの背中は、その時ばかりは見たことがないほど小さくて、弱々しかった。
ただでさえそんな状態だったのに、あの外務局の男は執拗なまでにルイを追い詰めたのだ。
「……確か神父エドは、」
猛禽類の瞳を携えた我らが総統の声に、アンリは無機質な目を総務局長から外した。
神父エドの名に、諜報局長アークの顔色が一段と青白くなる。
「二区の諜報活動を任せていたと、私は聞いているがその通りかな?」
「はい、間違いありません!」
アークは勢いよく起立し、己を叱責するが如く張りのある声で答えた。
が、ともすればそれは、そうしなければ自分を保てなかったのかもしれない。
少なくともアンリの目にはそう映った。
総統はゆっくり頷くと、やや背もたれから離れて前のめりになり、彼に尋ねた。
「では、彼に関する悪評は?」
「っ、それも、聞き及んでおります」
「じゃあ何で先に止めなかったんだい、え、諜報局長さんよぉ?」
間髪入れず、彼の隣に座す外務局長ガジェットがアークに絡んだ。
やはり、とアンリの目が眇められた。
相手を己の玩具のように見立てた眼差し、からかうように捲られた唇──あの時と変わっていない。
あの男の口から吐き出されるのは、手負いの人間に一撃でとどめを刺すためのものではない。
自分が満足するまでじわじわといたぶり続けるための、猛毒だ。
『使えなくなった奴はどうするか、知ってるか?』
アンリの頭の中で、過去のガジェットが悪魔のように囁いた。
一度思い出したら、しつこく何度も再生されるそれは、酷く憎らしく、恨めしく、妬ましい。
それらが混ぜ合わさった感情がアンリの胃の辺りで暴れ出し、その勢いに乗せてガジェットを糾弾出来そうだった。
が、すんでのところで抑え込めたのは、ルイの姿が視界にあったから。
今ここで感情に任せて全てぶちまけたら、彼を窮地に追い込むのは目に見えている。
そんなことは、愚者がすることだ。
(私は、しない)
強く胸の内でアンリは頷き、再び今取り交わされている会話に耳を傾けた。