「まぁ、そういう理由があるから、私は彼らの価値、すなわち能力も自ずと分かるのだよ」
話の終わりをそう締めくくると、彼は乾いた口内を潤そうとカップを持ち上げた。
が、その軽さに眉をひそめ、席を立つ。
「お嬢さん、お代わりは如何かな?」
「あ、私はまだ……」
「そうか、では少し失礼するよ」
そう確認すると、彼は自分のカップを持って奥の間へと向かった。
アンソニーの姿が完全に見えなくなってから、ユリアは大きく息を吐き出した。
アンソニーの話し方が原因なのか、どうにも儀式屋と対話している気がして、緊張してしまう。
強張った肩を解すように思い切り伸びをして、ふと先程の言葉を思い出した。
“私の望むものを寄越せば、願いを叶える”
アンソニーはこれを、あの男に言われたと言った。
彼の言うあの男は、儀式屋のことだろう。
しかしユリアは、儀式屋本人からこの言葉を聞いた覚えがなかった。
更に言えば、この世界に来るよりも前に聞いたように思った。
まだ現実世界にいた頃の──
「あ……」
刹那、ユリアの中で情報が繋がった。
そうだ、これは確か“都市伝説”の中に出てきた“魔術師”の言葉なのだ。
「考え事かね、難しい顔だ」
新たな珈琲を注ぎ戻ってきた彼が、ユリアの表情を見てそう感想を述べてきた。
はい、とユリアは一つ頷いてみせる。
「儀式屋さんに願いを叶えて貰った時に、言われた言葉がありましたよね」
「……私の望むものを寄越せば願いを叶える、か?」
「はい、それです。それ、何処かで聞いたなぁって考えていたんです」
「ほぅ……で、分かったのかね?」
「サンさんと契約した時に、言われたんです」
「……………あの、魔術師に?」
細いアンソニーの目が、一層細くなった。
その反応をユリアは不思議に思いながら、首肯した。
アンソニーはテーブルに肘を突き、口元に手を当てた。
「ということは……噂は、本当だったということか」
「噂?」
「儀式屋が、ミュステリオンに疎まれて目立った行動を控えているという噂だ……事実、本人がこの二十年間で他人に姿を見せたのは、君たち『儀式屋』の者たちや魔術師、女王陛下に現ミュステリオンのトップだけなどと、限られている」
黒々とした液体の上を、円を描くようにしてミルクを注ぐ。
一瞬だけ、黒は白に支配されて、次には混ざり合う。
「君のとこの主は、様々な儀式を行うための場所を提供している。そこでは、時として悪魔召喚なることも行われていると聞く」
「悪魔、召喚……?」
「ああ、極稀に、ではあるらしいが。そうだとしても、ミュステリオンにとっては、悪魔と関わっているというだけでも、厄介な相手というわけだ……だが、殊更煩くなったのは、二十年前からだ」
まだらに染まったそれを一色に統合しようと、彼は器用にカップを回す。
くるくる渦を描いて、巻き込まれていく。
「ミュステリオン統治以後、悪魔による大きな事件は殆どなかった。あっても精々檻の中で暴れていたのが関の山だ。だが、此処に来るまでに説明したように、二十年前、十六区による大事件が起こった。全てが収拾した後、それまで無視していた儀式屋の所業に対して、突然厳しくなった……大方、儀式屋が何らかの形で絡んでいると見たのだろう。全く、考えが愚かすぎて呆れるな」
「……それで、儀式屋さんは?」
「自分がしてきたことを、全て他人に受け渡した。店は確かに儀式屋名義だが、接客はしなくなった。そして君の話によれば、願いを叶えるという役目は、魔術師が代わった……私としてはあまりこの噂は信用していなかったのだが、どうやら本当に、文字通り彼は精神世界で目立たなくなったと見ていいらしいな」
半ば感心したような口調で彼は述べて、満遍なく混ざったそれを一口飲んだ。
それから、小さなエメラルドの双眼を前方の人物へ向けた。
少女は驚いたというより、より深く、何かを考えているらしかった。
暫くして、漸くユリアが口を開いた。
「ミュステリオンは、それで満足してるんですか?」
「満足?とんでもない、奴らは優越感に浸っている。厄介者の儀式屋が大人しくなった上、従えることが出来たと、喜んでいるのだ……しかしそれは悲しい勘違いだ、儀式屋がそう易々と従うことなど、まずない」
「……じゃあ何か、理由があるから儀式屋さんは……?」
「ああ…どういった理由かは、分からないがね。分かるとすれば……あの男は、誰よりも恐ろしいということだけだ」
アンソニーは肩を竦めて、珈琲を啜った。
部屋中の影が、音もなく嘲笑った。