「──という訳で、悪いが君たちで彼女のところまで行くように。何か質問は?」
「大有りなんだけど?」

始めよう、と言ってから一時間後のスタッフルーム。
やや暗い照明の部屋は、一時間前と何も変わっていない。
変わったのは、此処にいるメンバーだ。
ヤスとアリアは此処に見えない。

居るのは、ユリアとJだ。

Jは儀式屋の目の前に立ち、ユリアは顔を俯けてソファに位置している。
その距離が、二人の心境を表しているようにも見えた。
儀式屋は薄ら笑いを貼りつけ、見下ろしてくる人物を見遣った。

「言ってみたまえ」
「じゃあ言わせてもらうよ。あんたが魔術師に呼ばれた、だから行く。それはいいよ?でも何故、今彼女のところにまで行く必要があるわけ?」

ばん、と机を叩きつけてJは己の主人を詰問した。
それは、今し方下された命令──ユリアを“彼女”の元へJが連れていく、という内容。
“彼女”が、ユリアを今日連れてくるように言ったらしい。
本来であれば、儀式屋が連れていくべきなのだが、同時にサンから呼び出されたために行けなくなったのだ。

その両方を、理解することは出来る。
だが、それだけで自分が行く理由にはならないのだ。

「彼女は今日って言ったんだろ?だったら儀式屋が帰ってきてからでも、十分間に合うんじゃないの?」
「彼女の今日は、今すぐという意味だよ。ならば、私は行けないよ」
「でも、」
「だからといって、私の偽者を送るわけにはいかない。何故?彼女もサンも、偽者が大嫌いだからだ」
「確かにそうだ。けど、俺が行く理由には答えてない」

陽の光のような、しかし生物を焼き殺す勢いの瞳が、死者のような顔を睨み付けた。
儀式屋はさっと額に零れた髪を掻き上げた。
そして、挑戦的な目を彼はただ見返した。

「サンの方は、私でなくては絶対ならない。彼女の方は、私が行けなくともユリアさえ行ければいいんだよ。ところが、その付き添いにアリアは行けないしヤスも行けない、だから君に頼むんだよ」
「は?どうしてヤスくんまで行けないわけ?」
「ヤスはきっと、彼女に会った瞬間、魔術師を思い出してしまうだろうからね。すると、厄介なことになるじゃないか?…納得したかい?」
「……したくない、のが本音だよ」
「くくっ、実に素直だ」

喉を震わせ、彼は笑った。
どうやら、どうしても行く気にはならないらしい。
ならば、と彼は今一人の人物へ視線を送った。

「仕方ないな…ユリア、済まないが一人で行ってもらえるかな?」
「……え…?」

それまで俯いていた少女は、驚いたような顔をした。
話を聞いていなかった、というわけではないだろう。
ただ、話の飛躍に戸惑っているにすぎない。
現に、Jも怪訝な表情である。

「聞いていたろう?Jはどうしても行きたくないそうだ…私もいつまでも悠長に話して説得する時間はないからね。だから、ユリア一人で行ってもらおうかな、と。どうかな?」
「……あ…でも…」
「ああ、場所と行き方はきちんと教える。なに、歩いても精々小一時間程度だよ」
「………だったら、行きま」
「ちょっと待てよ儀式屋!」

ほんの少し間を置き、答えようとしたユリアを遮り、Jは声を荒げた。
儀式屋は、おや、と紅い瞳を見開いた。

「まだ居たのかね、J?君にもう用はないから、さっさと持ち場に行きたまえ」
「なっ…」

予想していなかった回答に、彼は絶句した。
が、そこで怯んでしまう程、柔に出来てはいない。
一拍置いて、口を開いた。

「ユリアちゃん一人で行かせるって、本気で言ってる……?」
「私が嘘を吐く理由など、どこにもないがね」
「──ふざけるなよ、儀式屋!」

叫ぶが早いか、Jは儀式屋の胸倉に掴み掛かった。
仮にも彼の主人なのだ、が、今の彼の頭には毛頭ないようだ。
儀式屋の真紅の瞳を、真っ向から覗き込んだ。

「彼女は、精神世界の中央にいるんだ…そんな場所に、一人で行かせるなんて、狂ってるとしかいえない!儀式屋、あんたは」
「…J、まだ喚くつもりかね?」
「!?」

Jを見返す瞳が──色を消した。