七章§21

覚悟を決めた彼女は、漸く彼に対して胸に抱いた秘密を話し出した。

「あれは、存在してはならないものなのです、閣下」
「存在してはならないとは?」
「閣下、私は神とミュステリオンに全てを捧げるしもべです、ですから全てを喜んでお話し致します。ただ、これは私から閣下に、個人的にご報告させていただくことですので、公の発表にはしないでほしいのです」
「約束しよう」

クロードは真摯的な面持ちで深く頷いた。
感謝の言葉をボニーは述べると、クレア局員が文字通り死ぬ思いで解析してくれた内容を口にした。

「あれには、世界を終わらせるための方法が書かれていました」

口にすればあまりにも軽い。
まるで冗談のようで、信じろという方が無理な話だ。
ボニーだって、クレアが報告してきた時には、解析が間違っているのではないかと疑ったくらいだ。
本当に冗談であれば良かったのに、そうではないと証明されてしまった。

「……世界を終わらせる方法か。何故そうだと断言できる?」

腕組みをしてボニーの告白を聞いていた総統が、疑問符を投げかけた。
あまり動きのない彼の表情からは、どう思っているのかは読み取れない。
ただ真実のみを正確に見極めようとする姿勢だけが、ボニーの目に映し出されている。
その彼に応えようと、ボニーは背筋を正した。

「閣下は、二十年前のあの事件を覚えていらっしゃいますか」
「十六区の反乱のことを指しているのなら、確かに覚えているが」
「十六区の当主、ジョナサンが几帳面であったことは、これまでの調査で判明しています。手記は、その悪魔が死ぬ直前まで書いていたものです。そんな悪魔が、果たしていい加減なことをしたためるでしょうか」
「……それでは及第点の答えとはならない。ジョナサンが嘘を書いて真実を拡散しようと画策した可能性もあるだろう」

クロードの答えは、当時自分がクレアに返した答えと同じだった。
その通りだ、几帳面であるからという根拠のみで、判断すべきことではない。
次にボニーは、及第点を遥かに越えるであろう根拠を持ち出した。

「では、閣下。私たちが毎朝ミサで必ず唱えるミュステリオンの誓いの言葉……それを、解読されていたのだとしたら?」
「誓いの言葉を解読?ボニー局長、あれは我々の信仰心を日々確認するための言葉であり、それ以上の意味はないものだ」
「えぇ、私もそう思っていました……クレアの報告を聞くまでは」

そこで一旦言葉を区切って、彼女はクロードの反応を待つ。
彼は涼しい顔のままで、ボニーの言葉の先を待っている。
彼女がどんな事実を突き付けるのかを、冷静に判断しようとしているのか。
それとも、端から馬鹿馬鹿しいと思ってのことか。
そのどちらでもないだろうと、ボニーは見当をつけていた。

「閣下、本当はご存知ですね。あれは、ただの誓いの言葉ではなく、守りの詩と呼ばれるものだと」
「……どうやら、君は大変優秀な局員を亡くしたようだな」

正解とも間違いとも彼は言わなかったが、その言葉だけで十分だ。
総統は深い溜息を一つ吐き出すと、ボニーに語り出した。

「……ミュステリオンの最重要任務は、世界を守り抜くこと。すなわち、悪魔の管理ではなく、現実世界への入口を、悪魔に悟らせてしまわないことだ。だが、その事実を知りうる者はほとんどいない。何故ならば、総統のみが代々その真実を知るからだ。が、誰も知らぬわけにもいかぬ。だから、無意識に刷り込むために誓いの言葉に隠したのだ」
「ですが、それではすぐに露呈してしまう恐れはなかったのですか?」
「一体誰が、あの文言に秘密があると疑おうか?」

クロードはそう呟くと、幼子に語り掛けるかのような穏やかな声音で、ボニーも聞き慣れた誓いの文句を諳んじた。


私たちは、闇を打ち砕き、光を照らし出すもの
友よ、大いなる力に屈することなかれ
私たちは、平和をもたらし、未来を作り出すもの
友よ、国が滅びることを恐れることなかれ
私たちは、支配せず、傲らず、慎ましく生きるもの
友よ、美しきものに惑わされることなかれ
私たちは、人を謀らず、真実の道を指し示すもの
友よ、虚偽を並べ立て真実を隠すものに臆することなかれ
悪を許さず、正義の名の下に裁きを下す力を、主よ、お与え下さい
真の王が、真の王国を治めるよう、主よ、お導き下さい


最後にほぅ、と息を吐き出してクロードはボニーへ視線を合わせた。

七章§22

「……全ての解釈は聞かないが、一つだけ。ボニー局長、“友よ”という呼び掛けを、これまでは何と解釈してきた?」
「私は、隣人だと解釈してきましたし、新人の頃の講義でもそう学びました」
「では、クレア局員が読み解いたものは?」

すぅっと、クロードの目が細くなる。
ボニーの回答が、己が受け継いで来たものと同じなのかを確かめようと、真剣なのだ。
確かに手記が世界の終わりを示しているのは事実だろう、だがその方法が自分が知りうるものと同じである保証はない。
もし違うのであれば、彼はこれ以上秘密について語るつもりはないし、無闇に真実を流布させる気もない。
何故なら今ボニーが口にしようとしていることは、長年守り続けられてきた最高機密なのだから。
僅かに早くなった鼓動を落ち着かせながら、彼女は記憶の中からその部分を引っ張り出した。

「友とは──悪魔です」

しん、とした部屋に、やけにボニーの声が響いた。
こういう場面でのこの静けさというのは、恐ろしいほど彼女の心を打ち砕こうとする。
だが、彼女にはそれに打ち勝つだけの、信念があった。
絶対に、クレアが間違って解読するはずがない。
でなければ、彼女が命を落とすことなんてなかったのだから。
真っ正面から見つめてくる総統をそんな気持ちで負けじと見ていると、ふむ、と彼の頭が縦に振られた。

「どうやら、解釈は間違っていないようだな」

その言葉に、彼女は一気に肩の力が抜けるのを感じた。
総統はやや視線を弱め、言葉を継ぎ足した。

「正確には、現実世界の入口を探す者への呼び掛けだ。これは本来守りの詩であり、現実世界を守るためには何を守らねばならぬかを示している」
「はい、そうですね」
「だが同時に、如何にすればその守りを突破できるかも示されている。それを、十六区の悪魔は気付いた……おそらく、エドのような裏切り者がこの秘密を教えたのだろうな」

長い足を組みながら、厳格な面持ちで彼は結論付けた。
ボニーはその意見に賛成だった。
昔からこのミュステリオンには、裏切り者がいたという。
そうした輩は、いなくなることはないし、今なお密かにいるのだ。
ボニーには、何故そうなるのかが理解し難かった。
何せミュステリオンに入ったその日から、自分たちはこの世界を守るための教育を受けるのだ。
それは見方によれば、洗脳教育に近いのかもしれない──何せ自分たちが死ぬほど憎み、恨んだ現実世界を守ることに、何の違和感も抱かなくなるのだから。
だが誰一人として脱落することなく、確実に矯正されて、神に誓い世界を守ることを躊躇わなくなるのである。
恐ろしいまでの強固な忠誠心と、絶対的な自分自身への自信を持ち、世界のためにその力を振るうのだ。
ボニーもその通りに、何の疑問も抱かずに今日まで忠実に仕事をこなしてきたし、多くの人間がそのはずだ。
だが、何処かでそのレールを踏み外して、徐々に悪魔達に心奪われていく人間もいるのだろう。
そうした輩が、世界の危機を助長させているのである。

「しかし分からない」

訝しむように首を傾げながら、ボニーが先程机に置いた写真を見つめ、クロードは呟いた。

「何が、でしょうか」
「エドの行動の動機だ。クレア局員の報告書を窃盗したのが彼だとしたら、何故手記まで欲したのであろうか」
「それは、クレアの報告書に問題があったからです」
「どういう意味だ?」

きゅいっと、鋭い眼差しが写真からボニーへ向けられた。
クレアから報告書を受け取った時のことを思い返しながら、彼女は総統へ答えを返した。

「先程閣下は、ジョナサンが真実を拡散しようとした可能性が否めないと、おっしゃいました。実は、半分それは正解なのです」
「…………」
「手記は、全て鏡文字で記されており、更に記された内容も、ランダムに飛ばされているため、ページのまま読み進めると支離滅裂になっていました。クレアはその法則を、報告書に纏めただけなのです」
「では、報告書だけでは意味をなさないのだな?」

総統の言葉に、ボニーは首肯することで答えとした。
そう、クレアの報告書は手記を紐解くための、いわばヒントでしかないのだ。
彼女はわざとそう作ったのだと、ボニーに口頭で伝えてきた。
もしも何かがあった時のためにと言った彼女に、そんなはずないと簡単に答えたあの時の自分が恨めしい。

七章§23

彼女の読みは正しかったのだ、そのおかげで幸か不幸か、手記の秘密は未だに暴かれていない。
だからこそ、何としてもボニーは手記の秘密を、守り通さねばならないのだ。

「だがそうなると……今度はエドが殺害された理由が不明だ」
「何故ですか?彼は秘密を知ったために罰を与えられた、それは明らかではないですか。そしてその秘密は、この世界を終わらせる方法で…」
「順番がおかしいとは思わないか?」
「……、順番?」

そう、とクロードは頷いて見せた。
ボニーは訳が分からぬようで、不思議そうに首を傾げた。

「我々はたった今まで、エドの知った秘密とはこの世を終わらせる方法だと考えていた。だが、それではおかしいのだ」
「申し訳ありません、総統閣下。私にはまだよく……」
「彼は、報告書を盗ったものの、それだけでは意味をなさなかったため、手記を欲した。だが結局彼は手に入れられず、挙げ句の果てに殺されてしまった。ということは、彼は我々が行き着いた秘密について、ほとんど知らなかったということになる」
「!」

彼女のつり上がった目が、驚きにより見開かれた。
自分たちは今まで、エドが秘密を確かに知っていると考えていた。
だが、それではおかしいのだ。
彼が秘密を知っていたのなら、報告書を読めば、己が元々知っている情報しかないことが分かったはずだ。
それゆえ報告書を入手し、なお手記までも必要とする理由がそもそもない。
逆に知っていなかったと考えるのが妥当となるが、そうなると自分たちが辿り着いた“秘密”が違うものになり、振り出しに戻ってしまう。
では、知っていたが何としても入手しなければならなかった、のだろうか?
そこまで考えて、ボニーはふとずっと気にかかっていたことを思い出した。

「総統閣下、もしかしたらエドは、何者かに命令されていたのかもしれません」
「何故だ?」
「私には、この事件をエド一人が起こしたものと、考えられないのです。エドは、一応は諜報局員でしたし、反逆者になればどうなるのかも、重々承知していたはずです。それを分かっていて反逆したということは、彼の心が余程の力で揺れたとしか考えられません」

決してエドを擁護する気はないが、ボニーにはそうとしか考えられなかった。
どれだけ腐っても彼はミュステリオンの人間だ、そして諜報活動という役割は、簡単に意志を覆すような者ではなし得ない。
それを変えてしまう何かがあり──恐らくは、彼に指示を出した人間がいるのだ。
彼女の推理を聞いたクロードはふむ、と納得したように呟いた。

「有りえなくは、ないな」
「しかしその場合誰が……」
「ボニー局長、それを調べるのが君の役目ではないか?」
「……、はい」

思わず、素で疑問符を口にしていた自分に羞恥を覚え、ボニーは僅かに俯いた。
そうだ、そもそも此処へ来たのは、今後の身の振り方を一度総統に相談しようとしたからではなかったか?
目的を再認識した彼女は、目線を上げクロードの鷹のような瞳を見つめた。

「では閣下、秘密に関しては現時点では伏せたまま調査を続行ということで、宜しいでしょうか」
「ああ、そうしたまえ」
「それから、二区への調査許可をお願いしたいのです」

クロードの唇が一瞬開きかけて、すぐさま閉じられた。
何故かを問おうとして、その理由に聡い彼は思い至ったのだろう。

「分かった、許可しよう」
「有難うございます」

ボニーは深々と頭を下げ、それではと立ち上がった。
もう夜も深まっており、これ以上総統に負担をかけるわけにもいかなかった。
それに今後の方向性も漸く定まり、ボニーは早々に戻って部下への指示を出さなければならないのだ。
総統も同じく立ち上がると、彼女を扉まで見送った。

「総統閣下、長々とお時間いただき申し訳ありませんでした」
「いや、構わない。だが、忙しいだろうが君も今日は少し休みなさい」
「はい…、有難うございます」

もう一度礼をすると、夜の挨拶をしてボニーは立ち去った。
そうして自身の部屋へ戻って来てから、今の今まで彼女はうつらうつらこそすれど、まともに休んではいなかった。
前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2013年04月 >>
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
プロフィール
奇吏斗さんのプロフィール
系 統 普通系
職 業 教育・福祉
フリーページリスト