覚悟を決めた彼女は、漸く彼に対して胸に抱いた秘密を話し出した。
「あれは、存在してはならないものなのです、閣下」
「存在してはならないとは?」
「閣下、私は神とミュステリオンに全てを捧げるしもべです、ですから全てを喜んでお話し致します。ただ、これは私から閣下に、個人的にご報告させていただくことですので、公の発表にはしないでほしいのです」
「約束しよう」
クロードは真摯的な面持ちで深く頷いた。
感謝の言葉をボニーは述べると、クレア局員が文字通り死ぬ思いで解析してくれた内容を口にした。
「あれには、世界を終わらせるための方法が書かれていました」
口にすればあまりにも軽い。
まるで冗談のようで、信じろという方が無理な話だ。
ボニーだって、クレアが報告してきた時には、解析が間違っているのではないかと疑ったくらいだ。
本当に冗談であれば良かったのに、そうではないと証明されてしまった。
「……世界を終わらせる方法か。何故そうだと断言できる?」
腕組みをしてボニーの告白を聞いていた総統が、疑問符を投げかけた。
あまり動きのない彼の表情からは、どう思っているのかは読み取れない。
ただ真実のみを正確に見極めようとする姿勢だけが、ボニーの目に映し出されている。
その彼に応えようと、ボニーは背筋を正した。
「閣下は、二十年前のあの事件を覚えていらっしゃいますか」
「十六区の反乱のことを指しているのなら、確かに覚えているが」
「十六区の当主、ジョナサンが几帳面であったことは、これまでの調査で判明しています。手記は、その悪魔が死ぬ直前まで書いていたものです。そんな悪魔が、果たしていい加減なことをしたためるでしょうか」
「……それでは及第点の答えとはならない。ジョナサンが嘘を書いて真実を拡散しようと画策した可能性もあるだろう」
クロードの答えは、当時自分がクレアに返した答えと同じだった。
その通りだ、几帳面であるからという根拠のみで、判断すべきことではない。
次にボニーは、及第点を遥かに越えるであろう根拠を持ち出した。
「では、閣下。私たちが毎朝ミサで必ず唱えるミュステリオンの誓いの言葉……それを、解読されていたのだとしたら?」
「誓いの言葉を解読?ボニー局長、あれは我々の信仰心を日々確認するための言葉であり、それ以上の意味はないものだ」
「えぇ、私もそう思っていました……クレアの報告を聞くまでは」
そこで一旦言葉を区切って、彼女はクロードの反応を待つ。
彼は涼しい顔のままで、ボニーの言葉の先を待っている。
彼女がどんな事実を突き付けるのかを、冷静に判断しようとしているのか。
それとも、端から馬鹿馬鹿しいと思ってのことか。
そのどちらでもないだろうと、ボニーは見当をつけていた。
「閣下、本当はご存知ですね。あれは、ただの誓いの言葉ではなく、守りの詩と呼ばれるものだと」
「……どうやら、君は大変優秀な局員を亡くしたようだな」
正解とも間違いとも彼は言わなかったが、その言葉だけで十分だ。
総統は深い溜息を一つ吐き出すと、ボニーに語り出した。
「……ミュステリオンの最重要任務は、世界を守り抜くこと。すなわち、悪魔の管理ではなく、現実世界への入口を、悪魔に悟らせてしまわないことだ。だが、その事実を知りうる者はほとんどいない。何故ならば、総統のみが代々その真実を知るからだ。が、誰も知らぬわけにもいかぬ。だから、無意識に刷り込むために誓いの言葉に隠したのだ」
「ですが、それではすぐに露呈してしまう恐れはなかったのですか?」
「一体誰が、あの文言に秘密があると疑おうか?」
クロードはそう呟くと、幼子に語り掛けるかのような穏やかな声音で、ボニーも聞き慣れた誓いの文句を諳んじた。
私たちは、闇を打ち砕き、光を照らし出すもの
友よ、大いなる力に屈することなかれ
私たちは、平和をもたらし、未来を作り出すもの
友よ、国が滅びることを恐れることなかれ
私たちは、支配せず、傲らず、慎ましく生きるもの
友よ、美しきものに惑わされることなかれ
私たちは、人を謀らず、真実の道を指し示すもの
友よ、虚偽を並べ立て真実を隠すものに臆することなかれ
悪を許さず、正義の名の下に裁きを下す力を、主よ、お与え下さい
真の王が、真の王国を治めるよう、主よ、お導き下さい
最後にほぅ、と息を吐き出してクロードはボニーへ視線を合わせた。