三章§19

「ああでも、多分それは免れるかもね…」

顔を真っ青にして、震える金髪に軽い調子で声を掛ける。
どういうこと、と声なき声が尋ねる。
Jは、とっておきの笑顔を向けた。

「俺と同じ考えを持つ奴が、いるってことさ」
「それじゃあ」
「でもこの場合…ジュードって人が危険に晒される率が高まるよ」

自分から災厄が過ぎたと思えば、今度は大切な人に矛先が向いたことに、マルコスは息を吐く暇もない。
それは隣のサムも同じらしい。
ただし、サムはマルコスとは少し違う表情だ。
唇を戦慄かせて、声を絞りだして。

「まさか、ジュードがあいつらに…」
「その通り、だよ。つまり、俺と同じ考えを展開したら、君は助かる。でも、傷つけられたらあいつは全滅させるだろうさ。そうでなくとも、ジュードは君側なんだ、君が最初に俺に話したように、ちょっとシチュエーションは変わったけど悪魔たちに殺される。または、ミュステリオンに捕まっちゃうか」
「もういい!分かった、分かったから、それ以上言わないで…っ」
「若様…」

淡々と、思い付く限りのケースを挙げていると、甲高い少年の声が遮った。
耳を塞ぎ目を閉じ、ただ小さく縮こまって。
きっと、マルコスには受け入れがたい事象なのだろう。
ぎろっと、殺気立ちサムは睨み付けてきた。
が、Jは何処吹く風状態だ。
ぴょんとボンネットから飛び下り、ぱんぱんと服を払うと。

「ま、今から引き返せば間に合うんじゃない?じゃあね」
「待てよ」

去ろうとした背中は、仄暗い怒気を孕む声に呼び止められた。
Jは振り返らず、立ち止まる。

「何さ」
「あんたも一緒に来い」
「は…俺は急いでるんだ。あとは君たちでなんとでもなるでしょ」

自動車から降りたサムに、不機嫌そうにJは答える。
実際そうなのだろう、彼はこんなところで油を売る時間はないのだ。
それに──

「あんた…あのシスターと渡り合えるらしいじゃねぇか」
「…………」

やはり、そう来たか。
表情にこそ出さないが、黙り込んだことで肯定を無意識に示してしまう。
それに気付いてか、サムはJの前へ回り込むと、土下座をする勢いで頭を下げ頼み込む。

「だったら頼む…あのシスターを」
「俺は、儀式屋の物だ。悪いけど、あの人の許可なしに動くのはルール違反なんだよ」
「だが俺じゃあんな滅茶苦茶な奴を…」
「お願い、します…Jさん」

か細い声に、Jの眉が微かに歪む。

「ジュードは…ぼくの、ぼくの、大切な仲間なんです…いつも、ぼくを助けてくれて……だから」

と、そこでマルコスは区切ると、サム同様に自動車から降り、Jと対になるよう立つ。
金瞳を、一心に見つめて。

「今度はぼくが、助けたいんです。でも、ぼくなんかじゃ力不足で…お願いします、Jさん。ぼくに力を貸して下さい!」
「若様…!」

力強く少年当主は微動だにしない男へ訴えると、深く深く頭を下げた。
それに、サムは目を丸くして暫く呆然としていたが、やがて彼も先程以上に。

「若様が…頭を下げるなんて、よっぽどなんだ……頼む!この通りだ!!」
「………………」

Jの片目が鋭利なまでに細くなる。
三人しかいない通りを、遠くから風に運ばれてきたざわめきが、通り抜けていく。
それは、そのまま青い空に無散して……

「……馬鹿じゃないの、いつまでもそんなとこで突っ立ったまんまでさ」
「な……」

突き放したような物言いに、サムは弾かれたように顔を上げた。
だが、そこにあった男の顔は──

「言ったよね、俺。今から引き返せば間に合うって。でも、そこにずっと居たら助けられるものも助けらんないよ」

先程までとは僅かに違う、柔らかな雰囲気を男は纏っている。
Jは、こんこんと車体を手の甲で叩けば、依然動かない二人に告げる。

「ほら、早く車だしなよ。俺だって時間あんまりないんだからさ」
「じゃあJさん…!」
「当主にまで頭下げさせて断ったら、あの人に俺が怒られるんだよ…仕方ないさ」

そう言えば、ぱっと明るくなった少年当主の表情に、男は微かに笑った。

三章§20

戦いにピリオドが打たれたのは、サキヤマが事実を述べた、その僅か二分後のことだった。

「ふっ、やはり手加減せずとも良いのは、気が楽だな…サキヤマ、これで良いか」
「えぇシスター・エリシア。忘れずにそのブロンドだけを残し、かつ迅速な行動に僕は大変感心します」

血の海の中に立ち、何処か満足そうな笑みの尼僧に、サキヤマは労いの言葉をかける。
ふふん、とエリシアは自慢気に笑い、それからメイスの矛先を、四肢を無くしながらもまだ生きている悪魔へ。

「さぁサキヤマ。此処からは汝の時間であろう…存分にいたぶるがよい、余は少し休む」
「どうぞ、構いませんよ……さて、ではいくつか確認させて頂きます」

エリシアと入れ代わり、もう戦意も喪失した悪魔にサキヤマは尋ねる。

「貴方は、我々をわざと傷つけ、あの時と同じことをしようとしましたね?」
「………そうですよ」
「つまり当主のマルコス・ルシフォードを謀殺しようとしたのは、間違いないですね?」
「えぇ…」
「……何故です?このような馬鹿げたことを、何故謀ったのですか」

それは、ずっと気になっていたことだ。
当主を葬るのも、珍しいことなんかじゃない。
この悪魔街では、よくあることと片付けられる。
だが、七区は違う。
七区は、ミュステリオンが当主を直接殺した“二番目”の区である。
だが、それはまだ一度だけだから、こうして今も存在している訳で。

「貴方たちは知っているでしょう、一度ミュステリオンが当主に手を掛けた場合、次にミュステリオンにどのような形であれ…たとえ、看過できることであっても、刃向かえばどうなるのか」
「知っていますよ…だからこそ、私たちは刃向かった!」

ブロンドの悪魔は、声を荒げて神父に答えた。
サキヤマは、表情を変えない。
だが、次に喉の奥から出た声は、地獄の業火を急激に冷やしたような、硬質な声音だった。

「……なんて愚かな…それでは貴方たちは、あの“十六区”になることを、望んだということですか…?」
「十六区……ああ懐かしい響きだ…そう、我々は第二の十六区になることを望ん──!?」
「ふざけないで、下さいますか」

途中までしか悪魔の言葉が続かなかったのは、サキヤマがその顎を蹴り上げたからだ。
驚愕の色が、トパーズの双眸から零れ落ちた。
蹴り上げた足を、そのまま今度は相手の腹の上へ落とす。

「ぐふぉっ…」
「何が、望みですか。貴方のその回答、どれほど愚かであるか、分かりました。救う価値、なしです。つきましては…」
「サキヤマ、落ち着かぬか」

言葉を吐き捨てていく度に、サキヤマはその体へ蹴を加える。
徐々にそれはエスカレートしていき、悪魔の声が小さくなっていったところで、傍観していたエリシアがその肩を小突いた。
それにはっとしたかのように、サキヤマは足を止めた。
エリシアはそろそろと、虫の息に近い悪魔に近付き、囁く。

「このサキヤマはな、実は十六区にかつて友人を持っておってな…だから、汝のその言葉に苛立ったのだ」
「……シスター・エリシア、」
「何故、汝らは敢えて十六区の二の舞になろうとしたのか、余に申してみよ」

自分の名を呼んだ彼の声が、いつも通りだったことに少しほっとする。
だが、何か言いたげな響きの籠もったそれは遮り、エリシアは続けた。
細々と呼吸を繰り返す悪魔は、血を吸った煉瓦の赤さを見つめながら。

「……簡単なことだ…どの区でもいい…あと一つ消えれば、全ての切っ掛けになる…」
「切っ掛けと…?」
「そう……今回は、たまたま我々の区に貴様らが来た…だからやったまでだ」
「……シスター・エリシア…」

背後から、微かな動揺と共に声が掛けられた。
エリシアはその意味を察して、片手で制する。

「そうか。なら最後にひとつ、ジュードとやらは何処におる?」
「……さっきの場所の、廃材の裏だ」
「感謝する。サキヤマ、汝は何か申したきことはないか?」
「……いいえ、シスター・エリシア」
「よろしい。では、汝、とく逝くがよい」

そう言った直後、エリシアのメイスは迷うことなく、悪魔の頭へ突き立っていた。

三章§21

とうとう、この場に立っているのが二人きりになった。
少しも疲れを見せない漆黒を纏った尼僧は、くるりと振り返る。
と同時に、灰眼を深海の煌めきによく似た色が覆った。
だが今はそれも、陽が雲に隠れたせいか、何処か沈鬱なイメージを抱かせる。

「申し訳ございません、シスター・エリシア。僕の未熟さのあまりに、貴女の手を煩わせてしまいました」

腰を直角に曲げて、つらつらと謝罪の言葉を紡ぎ出した神父に、エリシアは少し面食らった。
しかしながら、もうこのやり取りも慣れたもので。
エリシアは頭を垂れた彼を、緩くメイスで叩いた。

「……汝が十六区絡みのことで取り乱すことを、余が気にすると思っておるのか」
「シスター・エリシア…」
「汝は、余が認めた唯一のサポーターだ…なれば、そやつのサポーターはこの余以外に誰ぞおる?」
「…………」

エリシアからの意外な言葉に、サキヤマはやや驚いたような顔を上げた。
にぃっと、それに尼僧は笑ってみせた。
暫くサキヤマはエリシアの顔を穴が開くほど見ていたが、やがて小さくありがとうございます、と聞こえてきた。

「おぉ、汝もとうとう礼が言えるようになったのか」
「えぇ、社交辞令として…ところでシスター・エリシア。貴女の意見をひとつ聞きたいのですが?」

揶揄したようなエリシアに、ぴしゃりと釘を刺してから、神父は尋ねた。
尼僧は、やや首を傾げてみせ。

「何だ」
「きっかけとは…何だと思いますか?」
「……………」

その問い掛けに、エリシアはさらさら流れ落ちた淡い鳶色の髪を払いのけ、目を細める。
少しして、剃刀色の瞳が真っ直ぐ神父に向けられた。

「……、余には、分からぬ。ただ言えるのは…今は七区を─否、どの区も潰すのは…推奨出来ないということだ」

はっきりとした言葉に、迷いはない。
ただ何処か、苦しそうな言い方である。
それにいち早くサキヤマは気付き、その先を代弁した。

「ただし、決めるのは、局長たち審議会の方々、ということですか」
「そうだ…まぁ、そのきっかけとやらが分からぬ以上、上も不用意に動きはせんだろうが」
「それに、話してくれる証人もいませんし」

と、頭部を破壊され動かぬそれを一瞥すれば、否定の声がする。
今度はサキヤマが首を傾げる番だった。
尼僧はメイスを手中で、くるくると旋回させながら答える。

「どちらにせよ、それは口を割らなかったろう。さっきですら、遠回しな言い方をしたのだからな」
「でしたら…」
「だが余は、心当たりがある」

先刻前まで、ほんの少し暗かった世界に日が射し、サキヤマはサングラスを押し上げる。
きらきら、シスターの周りが急に輝きだしたのは、虹彩が狂ったのかもしれない。
そんなサキヤマには気付かず、エリシアは地を蹴り歩き出すと、言葉の続きを語る。

「ジュードという悪魔であれば、必ずや答えてくれよう」
「貴女が居場所を尋ねた人物ですか……誰です、その悪魔は」

たったか歩き出した漆黒のシスターを追いながら、サキヤマは尋ねる。
エリシアは彼を待つこともなく歩き、そのまま端的な説明を試みる。

「汝が来る前に、余の足を踏んだ悪魔の側近みたいな奴でな、その悪魔の代わりに自らが戦うと申したのだ。だが、そいつの仲間だとかが邪魔をしてなぁ…」
「……ああ、読めましたよ。つまり、そのジュードがどうであれ、このことを知らないはずはなく、」

そこで区切れば、大股に一歩踏み出してエリシアを追い越した。
それから、振り返りサングラスをずらして剃刀色の瞳を覗き込んで。

「関係あるならば当主のマルコス・ルシフォードを使って強請り、」
「うん」
「関係なき場合は、そのまま処分する、と」
「よく分かっているではないか?」

僅かに現れた淡いそれに、エリシアは子供のような、ただ無邪気な笑顔を返した。
それにサキヤマは口端だけを上げ、言った。

「貴女は、僕を誰だか一番ご存知でしょう、エリシア?」

何時もとは違う、少しだけ違う、何かが含まれた声が、そう告げた。

三章§22

(……大分…マシになったか)

ほんの少し埃っぽい空気を吸い込んで、吐き出した時に走った痛みも、今では微々たるものだ。

あのシスターのメイスの本当の恐ろしさは、ここにある──悪魔の再生能力を一時的に遅らせる、それ。
それは、悪魔にとって驚異的な毒物である“聖水”を織り交ぜた武器である、という証。
これを現実世界で浴びれば、ひとたまりもない。
何故ならば、悪魔は現実世界では実体を持たない─悪魔は現実世界に於いては時折召喚されることがあるが、その時に現実世界に現れるのは悪魔自身ではなく、弱々しい召喚主の用意した仮初めのもの─ためである。
実体のある精神世界であれば、ある程度の抗体はある。
それでも、暫くは動きが鈍くなるデメリットが存在する。

そうした経緯で、今までジュードはろくに動くことも叶わず、じっと廃材の裏で息を潜めていたのである。
ゆるりと腹を撫でつつ、ぼろぼろの壁を伝い立ち上がる。

(しかし…何故…)

汗に塗れた顔を、やや不快げに顔を歪めて、思い出すはあのシスターに止めを刺されそうになった瞬間。
あまりの激痛に、意識が吹き飛びそうではっきりとは覚えていない。
唯一分かることは、誰かが自分を助けたということ。
そしてその誰かが、ミュステリオン同様に脅威である存在の、革命派の悪魔だった。

これほど不愉快で不可解なことは、ない。

「何故だ…?」

疑問を口に出してしまうくらいに、理解の及ばない事象。

何故、わざわざ自分を生かしたりしたのか?
全くの意味をなさないのではないか?

ぐるぐるとジュードの思考は旋回し、途中で逆方向へと展開した。

(若は…!?)

自分は生きているが、此処には現在あのシスターも悪魔たちもいない。
ということは、自分の主であるあの少年に危機が訪れている可能性が、ある。
こんなところで、佇んでいる場合などではない。

巨漢の彼は廃材の陰から出ると、そのまま表通りへ出ようとして──それは、彼の予想を越えた形で阻まれた。

「今日和、ジュードさん?お迎えに参りました」







それは、大変エリシアを不機嫌にさせた。
彼女は廃材の一部を、思い切り蹴り飛ばす。
派手な音を立てて、木片が辺りに飛び散った。

「何故だ!何故居らぬ!?」
「シスター・エリシア、落ち着いて下さい」
「サキヤマ!余はあの薄汚い害虫に、これほどまでに侮辱されたのは初めてだ!」

今度は右手の凶器を振りかぶり、古びた建物の壁を抉る。
がらがら、砂埃と共に壁にはエリシアの怒りに比例して、大きな穴が空いた。
その行為に、神父は特に何も言わなかった。
ここまで荒れた彼女を止めたりすれば、被害はこちらに及んでしまう。

「……シスター・エリシア、確かに貴女はその悪魔に傷を負わせたのですか」
「当然だ!余のメイスを腹に見舞ってやった…汝も知っているだろう、この一撃を食らえば、そうそう動けはしないと!」
「えぇ、ですから疑問に思っているのです」

わぁわぁと喚き散らす彼女に、何度か頷いてみせ、それから引っ掛かっていることを告げる。
ぴたりと口を閉じれば、意味深な視線で彼を見つめ。

「何だ、申せ」
「貴女が攻撃をしてから、約半時間は経過している…ということは、その悪魔からも聖水の効力は抜けてきていることになります」
「ああそうであろうな」
「ですが、それでも妙です。逃げるとしても、この場所からそう遠くへは行けるとは思えません。なのに、全くそれらしい気配がありません」
「……汝の“それ”の正確さ、狂いがないことを余は知っている。では、何か?汝はつまり、奴を助けた者がいると?」

些か訝しそうに目を細めながら、エリシアは問い掛けた。
えぇ、とサキヤマ。

「更に言えば…僕と同等の考え方を展開でき、尚且つ先を読んだ相手が存在する、ということです」

エリシアの顔が、険しいものに変化した。

三章§23

しん、と薄暗い空間を沈黙が満たす。
陽が照っているにも関わらず、何故か空気は何処までも冷たく、硬い。
サキヤマは一呼吸、間を空けてから続ける。

「どうしますか?」
「…分かり切ったことをわざわざ聞くのは、汝の悪い癖だ」
「……、僕は、性格が歪んでいますから」
「ふん、わかっているではないか」

白い横顔がいたずらに笑う。
サキヤマはそれを一瞥してから、次なる行動の確認をする。

「では、件の悪魔を助けた者を罰する…ということで宜しいですか」
「大いに結構だ」
「それでは話はまとまりました──いい加減、出てきたらどうなんですか」

エリシアの了承を得、それから彼は何処へともなしにそう呼び掛けた。
既にシスターは、メイスを構え直し臨戦体勢である。

──此処まで暴れ、そしてわざわざ口に出して計画を告げたのは、理由があった。
二人とも、ミュステリオンに所属しているのである。
当然ながら、此処へ入った時点で異変に気付いていた。

何者かが、潜んでいる。

それがジュードではないと分かったのは、サキヤマの特殊な力によるものだが、二人ともただおとなしくジュードが待っているなどとは考えていなかった。
何かしらの、歓迎はあるだろう。
それが、なかなかないものだから、ならばこちらからその状態を作ることにしたのだ。

流石に此処までされて、現れない訳にはいかないだろう。
そしてその通りに、こつんと甲高い音を立てて、それは彼らの前に立った。

その姿に、構えていたエリシアの緊張の糸は、良い意味で解された。
が、正反対の効果がサキヤマには表れていた。

「ご機嫌よう、そしてお久し振り。俺としてはあまり、再会はしたくなかったんだけどさ」

首の後ろを掻きながら、そう目に痛い配色の髪を持つ男は、肩を竦めてみせた。
メイスは下ろさぬままに、シスターはそれを鼻で笑った。

「懐かしい…その容姿、その口調、そして雰囲気……!!汝であれば、確かにサキヤマと同等であり、そして更にその先も考えられよう」

実に満足そうな声音で、エリシアはその人物に賛辞を贈った。
それに対して、賛辞を受けた人物は答えようとしたが。

「聞こえていたはずですが…J、貴方が、妨害したのですね」

言葉こそ丁寧であれ、刺々しいものが含まれている。
それに、名を呼ばれた彼は笑みを浮かべた。

「怖いね、神父サキヤマ。どうして怒ってるのさ」
「しらばっくれるのならご自由に。今此処に、貴方がいるだけで貴方の罪は確定ですから」
「罪?分からないなぁ」

サキヤマの発言に、Jはわざとらしい物言いをする。
サキヤマは律儀にも、それを説明しだした。

「貴方はジュードを此処から連れ出しました、それは僕たちの仕事の妨害です。居場所を吐きなさい、今ならその罪も」
「言え、なんて言われて、俺は言うようないい子じゃないよ」

ひらひらと手を軽く振れば、何処か相手を馬鹿にしたかのように彼は言った。
その様に、エリシアが腹を抱えて笑い出した。
サキヤマが馬鹿にされたことが、少なからず面白かったのだろう。
からからと響き渡る笑い声にサキヤマは閉口し、彼女を恨めしそうに見やった。
やがて、涙を拭い落ち着いたエリシアは、Jへとメイスを向ければ。

「面白い!確かに、言う奴などおらぬ…良かろう、ジュードのことについては、余は諦めようではないか!」
「シスター・エリシア…また貴女は何を勝手に…」

相方の宣言に、サキヤマは呆れたように口を開いた。
それからとつとつと、神父はシスターに説教を始めたのを見ながら、Jは内心ほっと一息を吐いた。

エリシアがジュードを諦めることは、ほぼ不可能と言ってもいいくらいだった。
唯一あるとすれば、この自分の方へ意識を向かせること。
このシスターは、より面白い方へ興味をそそられる傾向がある。
ジュードと自分を比べた場合、間違いなくエリシアは自分を取る。
その通りに、彼女は興味対象を自分に変えた。

あとはただ、これ以上自分が巻き込まれないために、先手を打てばいい。

それだけの、はずだった。
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