「ああでも、多分それは免れるかもね…」

顔を真っ青にして、震える金髪に軽い調子で声を掛ける。
どういうこと、と声なき声が尋ねる。
Jは、とっておきの笑顔を向けた。

「俺と同じ考えを持つ奴が、いるってことさ」
「それじゃあ」
「でもこの場合…ジュードって人が危険に晒される率が高まるよ」

自分から災厄が過ぎたと思えば、今度は大切な人に矛先が向いたことに、マルコスは息を吐く暇もない。
それは隣のサムも同じらしい。
ただし、サムはマルコスとは少し違う表情だ。
唇を戦慄かせて、声を絞りだして。

「まさか、ジュードがあいつらに…」
「その通り、だよ。つまり、俺と同じ考えを展開したら、君は助かる。でも、傷つけられたらあいつは全滅させるだろうさ。そうでなくとも、ジュードは君側なんだ、君が最初に俺に話したように、ちょっとシチュエーションは変わったけど悪魔たちに殺される。または、ミュステリオンに捕まっちゃうか」
「もういい!分かった、分かったから、それ以上言わないで…っ」
「若様…」

淡々と、思い付く限りのケースを挙げていると、甲高い少年の声が遮った。
耳を塞ぎ目を閉じ、ただ小さく縮こまって。
きっと、マルコスには受け入れがたい事象なのだろう。
ぎろっと、殺気立ちサムは睨み付けてきた。
が、Jは何処吹く風状態だ。
ぴょんとボンネットから飛び下り、ぱんぱんと服を払うと。

「ま、今から引き返せば間に合うんじゃない?じゃあね」
「待てよ」

去ろうとした背中は、仄暗い怒気を孕む声に呼び止められた。
Jは振り返らず、立ち止まる。

「何さ」
「あんたも一緒に来い」
「は…俺は急いでるんだ。あとは君たちでなんとでもなるでしょ」

自動車から降りたサムに、不機嫌そうにJは答える。
実際そうなのだろう、彼はこんなところで油を売る時間はないのだ。
それに──

「あんた…あのシスターと渡り合えるらしいじゃねぇか」
「…………」

やはり、そう来たか。
表情にこそ出さないが、黙り込んだことで肯定を無意識に示してしまう。
それに気付いてか、サムはJの前へ回り込むと、土下座をする勢いで頭を下げ頼み込む。

「だったら頼む…あのシスターを」
「俺は、儀式屋の物だ。悪いけど、あの人の許可なしに動くのはルール違反なんだよ」
「だが俺じゃあんな滅茶苦茶な奴を…」
「お願い、します…Jさん」

か細い声に、Jの眉が微かに歪む。

「ジュードは…ぼくの、ぼくの、大切な仲間なんです…いつも、ぼくを助けてくれて……だから」

と、そこでマルコスは区切ると、サム同様に自動車から降り、Jと対になるよう立つ。
金瞳を、一心に見つめて。

「今度はぼくが、助けたいんです。でも、ぼくなんかじゃ力不足で…お願いします、Jさん。ぼくに力を貸して下さい!」
「若様…!」

力強く少年当主は微動だにしない男へ訴えると、深く深く頭を下げた。
それに、サムは目を丸くして暫く呆然としていたが、やがて彼も先程以上に。

「若様が…頭を下げるなんて、よっぽどなんだ……頼む!この通りだ!!」
「………………」

Jの片目が鋭利なまでに細くなる。
三人しかいない通りを、遠くから風に運ばれてきたざわめきが、通り抜けていく。
それは、そのまま青い空に無散して……

「……馬鹿じゃないの、いつまでもそんなとこで突っ立ったまんまでさ」
「な……」

突き放したような物言いに、サムは弾かれたように顔を上げた。
だが、そこにあった男の顔は──

「言ったよね、俺。今から引き返せば間に合うって。でも、そこにずっと居たら助けられるものも助けらんないよ」

先程までとは僅かに違う、柔らかな雰囲気を男は纏っている。
Jは、こんこんと車体を手の甲で叩けば、依然動かない二人に告げる。

「ほら、早く車だしなよ。俺だって時間あんまりないんだからさ」
「じゃあJさん…!」
「当主にまで頭下げさせて断ったら、あの人に俺が怒られるんだよ…仕方ないさ」

そう言えば、ぱっと明るくなった少年当主の表情に、男は微かに笑った。