あの二人は、普段見せる顔とは別の顔を持っているのではないかと、クロードは時に疑ってしまう。
今回とてそうだ、いきなりやって来たかと思えば、とんでもない爆弾を落下していくのだ。
しかも、それが何ともないとでもいうような言い方であるのだから、その思考が危ういとすら思える。
冷静だと言えばそれまでだが、何処となく状況を楽しんでいるような──
「今のが、かの有名な全異端管理局の人なのね」
鈴を転がしたような声が、すぅっと頭の中に入って来た。
そうだ、彼女がまだ残っていたのだ。
それに思い至った彼は、その位置に居たまま声だけをかけることにした。
今、自分が大変疲れた顔をしているのを、見られたくないのだ。
「ああ、そうだ」
「不思議な人たち、最初から二区に入りたいって言えばいいのにね」
鏡から聞こえる声は、彼らの行動を皮肉っていた。
クロードはその言葉に無言で頷いた。
彼らがただ純粋に、ボニーたちを手伝ってくれるとは、どうにも素直に思えない。
ただでさえ、悪魔街は緊張が高まっている。
いらぬ刺激を与えないことを祈るばかりだ。
「ところでアリア、君はさっき変と言ったが、それはどういう意味だ?」
ルイたちが訪ねて来る前、アリアが言いかけたことを不意にクロードは思い出した。
というよりも、ルイたちがアリアとの会話を中断させたのだが。
「……、アリア?」
なかなか返事をしてくれない鏡の美女に、総統はもう一度声をかけた。
ところが、いくら待っても彼女は何も言わなかった。
不審に思い席を立つと、彼は鏡に近付いた。
「……アリア」
鏡の前に立った彼の声は、寂しそうな音色だった。
映るのは自分の顔ばかりで、優しい彼女ではない。
どうやら、突然現れた愛しい人は、これまた突然帰ってしまったらしい。
せめてお別れの言葉を言って欲しかったなと思い、クロードはそれを全て溜息に押し込んだ。
「今、なんとおっしゃいましたの」
ボニーの怒りは、今や最高潮に達していた。
一つは、せっかくの休息を邪魔されたため。
もう一つは、たった今、この目の前の男が告げた内容が解せなかったためだ。
「ですから、貴方がたの調査に、是非協力させていただきたいのです」
言葉こそ丁寧に、翡翠のベレー帽を被るルイが繰り返した。
総統に話を通したその足で、ボニーのところまで彼は来たのだ。
ボニーはルイを、そして彼の後ろで人形のように立つアンリを睨み付けた。
「お断りしますわ」
「何故です?我々の方が悪魔街には詳しいですし、悪魔への対処も可能です」
「貴方の目的が不明だからです」
「我々は、事件の究明に尽力を尽くしたい、それだけです」
緩やかに弧を描く口から発される言葉が、ボニーには嘘にしか聞こえなかった。
本当の目的は、別にあるはずだ。
彼女のそんな思いを読み取ったのか、ルイは肩をすくめた。
「ボニー局長、貴方は私に対して、何かとんでもない誤解を抱かれてはいませんか」
「誤解ですって?」
「何も私は、貴方に意地悪をしたくて、昨日ああいったのではないのですよ。私はただ、これ以上この世界をかき回して欲しくないだけなのです」
もし彼の目が今も見えていたのなら、悲しみの色を頌えていたかもしれない。
そのくらい、彼の声は今にも倒れてしまうかのように、覇気のないものだった。
それほど心に思っているのだろうか。
「建て前はおよしになったら?」
だがボニーの目には、そうは映らなかったらしい。
本心からではなく、ただ真実を告げれば拒絶されるのが見えていたからではないのか。
それに加えて、彼女は彼らをほとんど信用していない。
だから、ルイが言ったことも、信じられるはずがなかった。
それを感じ取ったらしい疑いをかけられた本人は、苦笑いを浮かべた。
「やれやれ…貴方は本当に疑り深い人だ。ならば問いましょう、私の本音は、なんです?」
「簡単ですわ、私たちを出し抜くつもりなのでしょう」
ボニーが嫌みったらしく告げれば、ルイはふっと笑った。
「出し抜くとは、ボニー局長、また貴方も面白い冗談を仰るのですね」
「冗談なわけありません!」
「ボニー局長、一つ言っておきましょう。我々は本来、貴方に許可を貰う必要などないのですよ?むしろ、我々が貴方に許可を出す側のはずなのです」
柔らかい雰囲気を急速に彼は冷徹な空気へと作り替える。
先程まで貼り付いていた笑みを、ごっそりと削ぎ落としたのだ。