七章§27

あの二人は、普段見せる顔とは別の顔を持っているのではないかと、クロードは時に疑ってしまう。
今回とてそうだ、いきなりやって来たかと思えば、とんでもない爆弾を落下していくのだ。
しかも、それが何ともないとでもいうような言い方であるのだから、その思考が危ういとすら思える。
冷静だと言えばそれまでだが、何処となく状況を楽しんでいるような──

「今のが、かの有名な全異端管理局の人なのね」

鈴を転がしたような声が、すぅっと頭の中に入って来た。
そうだ、彼女がまだ残っていたのだ。
それに思い至った彼は、その位置に居たまま声だけをかけることにした。
今、自分が大変疲れた顔をしているのを、見られたくないのだ。

「ああ、そうだ」
「不思議な人たち、最初から二区に入りたいって言えばいいのにね」

鏡から聞こえる声は、彼らの行動を皮肉っていた。
クロードはその言葉に無言で頷いた。
彼らがただ純粋に、ボニーたちを手伝ってくれるとは、どうにも素直に思えない。
ただでさえ、悪魔街は緊張が高まっている。
いらぬ刺激を与えないことを祈るばかりだ。

「ところでアリア、君はさっき変と言ったが、それはどういう意味だ?」

ルイたちが訪ねて来る前、アリアが言いかけたことを不意にクロードは思い出した。
というよりも、ルイたちがアリアとの会話を中断させたのだが。

「……、アリア?」

なかなか返事をしてくれない鏡の美女に、総統はもう一度声をかけた。
ところが、いくら待っても彼女は何も言わなかった。
不審に思い席を立つと、彼は鏡に近付いた。

「……アリア」

鏡の前に立った彼の声は、寂しそうな音色だった。
映るのは自分の顔ばかりで、優しい彼女ではない。
どうやら、突然現れた愛しい人は、これまた突然帰ってしまったらしい。
せめてお別れの言葉を言って欲しかったなと思い、クロードはそれを全て溜息に押し込んだ。





「今、なんとおっしゃいましたの」

ボニーの怒りは、今や最高潮に達していた。
一つは、せっかくの休息を邪魔されたため。
もう一つは、たった今、この目の前の男が告げた内容が解せなかったためだ。

「ですから、貴方がたの調査に、是非協力させていただきたいのです」

言葉こそ丁寧に、翡翠のベレー帽を被るルイが繰り返した。
総統に話を通したその足で、ボニーのところまで彼は来たのだ。
ボニーはルイを、そして彼の後ろで人形のように立つアンリを睨み付けた。

「お断りしますわ」
「何故です?我々の方が悪魔街には詳しいですし、悪魔への対処も可能です」
「貴方の目的が不明だからです」
「我々は、事件の究明に尽力を尽くしたい、それだけです」

緩やかに弧を描く口から発される言葉が、ボニーには嘘にしか聞こえなかった。
本当の目的は、別にあるはずだ。
彼女のそんな思いを読み取ったのか、ルイは肩をすくめた。

「ボニー局長、貴方は私に対して、何かとんでもない誤解を抱かれてはいませんか」
「誤解ですって?」
「何も私は、貴方に意地悪をしたくて、昨日ああいったのではないのですよ。私はただ、これ以上この世界をかき回して欲しくないだけなのです」

もし彼の目が今も見えていたのなら、悲しみの色を頌えていたかもしれない。
そのくらい、彼の声は今にも倒れてしまうかのように、覇気のないものだった。
それほど心に思っているのだろうか。

「建て前はおよしになったら?」

だがボニーの目には、そうは映らなかったらしい。
本心からではなく、ただ真実を告げれば拒絶されるのが見えていたからではないのか。
それに加えて、彼女は彼らをほとんど信用していない。
だから、ルイが言ったことも、信じられるはずがなかった。
それを感じ取ったらしい疑いをかけられた本人は、苦笑いを浮かべた。

「やれやれ…貴方は本当に疑り深い人だ。ならば問いましょう、私の本音は、なんです?」
「簡単ですわ、私たちを出し抜くつもりなのでしょう」

ボニーが嫌みったらしく告げれば、ルイはふっと笑った。

「出し抜くとは、ボニー局長、また貴方も面白い冗談を仰るのですね」
「冗談なわけありません!」
「ボニー局長、一つ言っておきましょう。我々は本来、貴方に許可を貰う必要などないのですよ?むしろ、我々が貴方に許可を出す側のはずなのです」

柔らかい雰囲気を急速に彼は冷徹な空気へと作り替える。
先程まで貼り付いていた笑みを、ごっそりと削ぎ落としたのだ。

七章§28

その変化に、僅かにボニーは身を硬くした。
だが、その程度で怯む彼女ではない。
強い口調で、ルイに問い掛けた。

「どういう意味です」
「そもそも悪魔の管理を行うのは、我々の管轄です。その一環として聖裁を行っており、我々が何処の区で行おうが自由なのです。だから本来、貴方に許可を取らずともいいと言ったのです」
「むしろ、貴方が我々に許可を取らねばならない。貴方の独断だけで事を運び、収拾がつくのであればともかく、更なる混乱を招いた場合、責任を取れるのですか」

沈黙を守っていたアンリが、ルイの言葉が切れたタイミングで、予め決められていたかのように話し出した。
全く抑揚のない彼の声は、それだけで威圧的だ。
それに加えて、無表情で言い切る彼からは、ボニーを責め立てるような雰囲気が放たれていた。
礼を失したのはお前だと、有無を言わさぬのだ。
ルイとアンリが言っている意味が分からないほど、ボニーは頭は悪くない。
悪魔街がこうなった以上、必ず彼らが二区の聖裁を行おうとするのは、火を見るよりも明らかだった。
その前にボニーは何としても、有力な情報を回収したかった。
彼らに先回りされるのが、癪だったのだ。
だが、それももう時間切れのようだ。
ならばせめて、彼らが自分の指揮下で動いてくれる方が、まだ受け入れやすかった。
事実、彼らは今のところそのつもりではあるらしい。
これ以上自分が駄々をこねれば、彼らは普段通りの職務を遂行しようとするだろう。
分かっていた、分かっていたが、彼らの申し出を素直に受け入れるのを、どうしても彼女の自尊心が許さない。
公私混同ともいえるこの感情が、ボニーに諾と言わせないのだ。
代わりに、稚拙な反論する言葉が喉元までせり上がって来ていた。

「私は──」

だが彼女の胸ポケットから鳴り響いた音のおかげで、それは未遂に終わった。
反論の機会を奪ったそれを確認すると、自分が今朝方二区を調査するよう命じた部下からだった。
何事か、と彼女は眉をひそめ、二人に失礼と断ってから、携帯を耳に押し当てた。

「どうしたの」
『申し訳ありませんボニー局長、応援をお願いしたいのです』

聞こえてきたのは、ボニーが長年信頼を置く部下の声だ。
いつもなら落ち着いた声なのに、やや早口気味なのが気にかかった。

「どういうこと?」
『実は、現在貴族の屋敷を哨戒したのですが、誰もいないのです』
「だ……何ですって」

一瞬、そのままオウム返しに「誰もいない?」と聞きかけて、言葉をすり替えた。
すぐそばには、最も話を聞かれたくない二人がいるのだ。
ちらりと横目で盗み見ながら、ほんの少し体を彼らから背けて部下の報告に耳を傾ける。

『二区の貴族に聞けば何か分かると思ったのですが、屋敷中捜してもいないのです、おかしくありませんか』
「えぇ、そうね」
『それに、……妙な男にも会いました』
「妙な?」

歯切れ悪く言うのは、何か不測の事態に遭ったためだろうか。
妙といわれて、ボニーは今までに自分が出会った妙といえる様々な人物を思い描いた。
だが、彼の報告した人物は、想像とは全くかけ離れたものだった。

『たまたま子どもの悪魔を屋敷で発見し、それを捕まえようとしたのですが、訳の分からぬ男に、その悪魔を奪われたのです』
「どんな男なの?そいつも悪魔?」
『いえ……サングラスを掛けていたものですから、悪魔かの確認は……ただ、妙に格好が派手で、それなりに手練れではあるようで』
「仲間……なのかしら」
『分かりません。しかし、何らかの事情は知っているものとは思われますが』

思われるが、自分たち二人だけでは、もうどうしようもない、だから応援がほしい。
そう彼が続けようとしたのが、ボニーには分かった。
判断を、迫られている、しかも早急に。
急激に体中を巡る血が冷え冷えとしていき、自分の鼓動がとんでもないことになっている。
何故こんなことで、緊張している?
状況を鑑みれば、必要なのは明らかなのだから、応援を送ればそれでいい。
そんなことだけで、どうして緊張するのだ。
──簡単だ、目の前にいる男が問題なのだ。
ここで自分が下した判断が、この男の行動さえも決める。
その重責が、彼女の決断を鈍らせる。
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