Jの言葉に何か思うところでもあったのか、マルコスは相槌を打った。

「確かに……あの静けさは異常です。ただ人がいないから醸し出されているというものではないように思いますね」
「だからさ、本当はあそこに、まだ隠れてんじゃないかな」

Jのその推理に、マルコスは呆気に取られたように、口を半開きにした。

「──、まさか…だってミュステリオンは徹底的に、」
「たった二人で、あんな広い屋敷を徹底的に捜索なんて出来たか怪しいもんだよ。手がかりがあったなら別だけど、彼ら二人も手詰まりみたいな感じだったし」
「……でも、隠れているとしたら、一体…」
「だから今から戻って確かめるんじゃん」

何言ってんの、とでも言いたげなJの言い様に、少年当主は思考停止してしまいそうだ。
今から戻る?あの場所へ?

「……え、でもそれはちょっと…」
「大丈夫大丈夫、今頃あのミュステリオンは屋敷から慌てて出て俺らを探してるか、自分のお家に逃げ帰ってボスでも呼びにいってるさ」
「……、ますます嫌なんですが」
「なんでさ?鬼のいぬ間になんとやら、調べ放題なのにみすみすチャンスを逃すことなんか出来ないさ」

それにね、とJはこれまた楽しそうに犬歯をこぼして笑った。
それはもう、満面の笑みといって差し支えないが、同時にマルコスには不安を呼び起こすような笑みだ。
ひきつりそうな笑顔で、Jが言わんとしていることを待ち構える。

「それに、なんですか……?」
「俺の友達曰わく、貴族の屋敷に入るのは簡単、でも逃げるのは命懸けなんだってさ……だから、ますます楽しみになりそうだねって」

その言葉を聞いた途端、マルコスは毛穴という毛穴から汗が噴き出したような感覚になった。
さっと背中を翻し足早に現場に向かう彼を追いかけながら、少年は本当に手を組んで良かったのかといった、嫌な予感ばかり胸中に蔓延る。
その予感は、しかし全く違う形で的中することとなる。

「…………っ、え?」

再び屋敷前にマルコスが立ったとき、先刻前の死んだような雰囲気は鳴りを潜めていたが、その代わりに刺々しい、触れれば切れてしまいそうな雰囲気が醸し出されていた。
その変化に、少年悪魔は驚きを隠せなかった。

「なんでこんな……」
「だから言ったでしょ、隠れてるって」

少年の隣で同じように見上げるJだが、何かしら物足りなさそうに口をとがらせる。
彼としては、此処に立った時点で悪魔から“歓迎”があると思っていたのだ。

(……ま、侵入は楽って聞いてたから当たり前か)
「Jさん、どうやって入りますか?」
「……あれ、坊ちゃん、やる気になった?」

隣から聞こえた声に思考の海の底から意識を向けると、そんなからかいの言葉を投げかける。
マルコスは、しかし、それに腹を立てた様子はなく、むしろ凛とした面持ちでJを見返していた。

「此処まで来て怯むわけないじゃないですか。やるなら徹底的に、ですよ」
「ははっ……悪魔らしい。そうこなくっちゃね」

少年の言葉に吸血鬼はウィンクを一つ投げて寄越した。
ややむくれていた気持ちも、今の返事で帳消しだ。
さて、と俄然やる気になった彼は、答えを待つ少年に耳打ちした。





……Jがマルコスと手を組み貴族の屋敷に再突入せんとしている一方で、『儀式屋』でも動きが見られた。

「やぁ儀式屋クン。久しぶりだね」

相変わらず長い銀髪で、相変わらず白のスーツを身に付けたサンが、彼の言葉通り久しぶりに『儀式屋』を訪れたのだ。
最前まで儀式屋と話していたアリアは、既に別の鏡へ移っている。
室内──儀式屋個人の部屋──には、じわじわと部屋の主以外の存在感も漏れ出している。
それだけサンの持つ影響力は、強力なのだ。

「何か用事かね」

そんなサンに対する儀式屋は、他愛ない話をする気はさらさらないのか、魔術師にそう返した。
サンは、くすくすと可笑しそうに笑う。

「やだなぁ。せっかく来てあげたのに、そんなつっけんどんな態度、あんまりじゃない?そんなだから、偏屈モノって思われるんだよ?」
「貴方は私とそんな世間話をしに来たわけではあるまい?」
「せっかちさんだね、本当に……」

やれやれ、と銀髪の魔術師はこれ見よがしに溜息を一つ吐いた。