二章§01

例え自分が鏡の中に居ようとも、お洒落を欠かすつもりはない。
歳を取らなくなったアリアにとって、それが唯一のメリットであり、楽しみであった。

「んー…この柄も飽きたわね……思い切って、変えようかしら?」

黒に黄色のドット柄、そんな指先を見つめ首を傾げる。
鏡の中にいると、どうしても相手からは顔しか見えない。
そのため、マニキュアはしてもしてなくても、あまり目立つことがない。
だが随分と同じ柄のままだ。
久しぶりに変えるのも、悪くないだろう。

「…新入りちゃんも来たことだし、気分転換に変えましょっと」

決めるとすぐに取りかかるのが、アリアの性格だ。
早速、必要な物を探し出した。

この鏡の中、覗く側からするとアリアの顔しか見えないのだが、実は中は意外と広々とした部屋になっている。
女の子らしく可愛い造りで、きちんと物が整頓されている。
ただ違うのは、この部屋には扉も窓もない、ということ。
外部との連絡手段は、部屋に置かれたドレッサーの鏡のみ。
その前に座って、アリアはいつも話しているのだ。

「ああ、あったわ…まずはこの古い柄を…」
「おはようっす、姐さ…ふぁああ…」

いざ始めよう、といったところで声がかかった。
ふと顔を上げれば鏡面の向こう、欠伸をしながら青年が入って来た。

「あらおはよう、ヤス君。眠そうね」

髪を茶に染め抜いた、やけにのっぽの青年ヤスは、鏡の前に来るまでにもう二、三回欠伸をした。

「そうなんすよ…昨日夜更かししたからだと思うんすけど」
「駄目よ、きちんと睡眠は取らなきゃ体壊すわよ?」
「ふぁああ…い」

立ったままでも寝そうな勢いで、ヤスは返事をした。
アリアはくすりと笑って、あっと声をあげた。

「そうそう…儀式屋からの伝言よ。新入りちゃんが入ったから、貴方が来たら様子を見に行くように、ですって」
「あれ、そうなんすか?じゃあ見てきまー…どの部屋っすか?」
「多分、どこかの客室にいる筈よ」
「うぃーっす」

頭を掻きながら、青年はゆったりとした足取りで部屋を後にした。

さて、とアリアは作業の続きをする。
古い柄を、除光液を馴染ませたコットンで丁寧に落としつつ、どんなのにしようか考える。
女の子らしく、ピンクにしようか?
それとも、ラインストーンでも……

アリアが楽しく考えていると、部屋が微かにだが揺れた。
だがこれは日常茶飯事、鏡の向こう、儀式屋の店が何らかの理由で振動しているためだ。
そしてその原因が、荒々しく扉を開けて入ってきた。

「ああああ姐さあああん!!!!!!」
「うるさいわね、ヤス君。私、今忙しいんだけど」

ちらりと鏡越しに一瞥すると、息を切らし完全に目の覚めたヤスが口をぱくぱくさせている。
あまりに何かに驚いたのか、声が出ないようだ。
はぁ、と小さくアリアは溜息を吐く。

「しっかりしなさい、どうしたって言うの」
「な……なな何で姐さん、言ってくれなかったんですかっ!」

声をかけてやれば、はっとしてヤスは抗議の言葉を口にした。
対するアリアは、そんなことを言われる筋合いもないので、少しむっとする。

「何に貴方怒ってるのよ…」
「姐さん、分かってます!?俺、男なんですよ!?」
「そりゃ貴方が女だったら気持ち悪いわよ」
「ですよね、いくらなんでも俺が女の人は無理…じゃなくて!!」

一瞬乗せられたヤスはすぐさま否定すると、一度大きく深呼吸をしてから一気に。

「新入り、お、おおお女の子じゃないですか!!!!!」

青年はその一言を叫ぶと、顔を真っ赤にした。
アリアは初めぱちぱちと瞬きしていたが、急に笑い出した。

「貴方、そんなことでここまで走ってきたの?」
「そんなことって言いますけどね!姐さん、俺がいくつか知ってるっしょ!?」
「………38?」
「……いやそんなリアルな年齢出されても凹むんですが…」
「冗談よ、永遠の18歳少年でしょ」

未だ笑いの収まらないアリアは、震える声でそう告げた。
そうだ、とヤスは激しく頷く。

二章§02

「そんな思春期真っ盛りの男がですよ、女の子が眠ってる部屋に入るなんて、完全に駄目じゃないっすか!!」
「そりゃ38歳の男が、14歳の女の子の部屋に入るのは犯罪よね」
「…だから姐さん、実年齢出さないで下さい」

鏡の前で膝を折って落ち込む男を、アリアは面白い生き物を見る目で見つめる。

「ふふ、文句は儀式屋にね?」
「分かってるっすよ…でも、何で先に女の子って教えてくれなかったんすか」
「あら、ちゃんと言ったわよ?」
「………へ?」
「“新入りちゃん”、入ったって」

束の間、ヤスはぽかんとした表情でアリアを見た。
アリアはただ、くすくす笑いを繰り返すばかりだ。
そしてやっと意味が分かったのか、再び顔を真っ赤に染めあげると叫んだ。

「そ、そんな表現の違いなんて分かるわけないじゃないっすかあああ!!!」
「頭悪い子ね、私、今まで一度たりとも新入りちゃんなんて言ったことないのに」
「悪かったっすね!頭悪くて!」

ムキになって怒る男をもう一度だけ笑って、今度は大きな体を器用に折り畳み、床にのの字を書き出したヤスを呼ぶ。

「ところで貴方、さっき走って逃げてきたけど…」
「逃げてないっす!びっくりして戻ってきただけっす!」
「……女の子って分かったってことは、貴方、側まで行って見たのよね?」
「まぁ…そうっすけど…」
「じゃ、どんな様子だったの?」
「へ?」
「様子見、貴方のお仕事じゃなかった?」

やっと全ての柄を拭き取り、綺麗になった指先を見つめながら問う。
ヤスは、見る間に“しまった”という顔に変わっていった。
その様を見て、アリアは左右に緩く首を振った。

「……わざわざ何をしに貴方は…」
「す、すいません姐さん…」
「予想はしてたけど…」

やれやれ、とアリアは内心どうしたものか考える。
この調子では、再度ヤスが部屋へ向かうのは無理だろう。
かといって、そのままにしておく訳にはいかない。

「仕方ないわね…なら私が」
「その必要は、ないよ」
「!?」

突如乱入した第三者の声に、二人は聞こえた方を見遣る。

「お早うございます、J、只今参上ー」

Jと名乗った彼は、口元から鋭利な犬歯を覗かせ、にぃっと笑った。
室内に居た二人は驚いたように彼を見たが、それもほんの僅かだ。

「珍しく早いわね、J君?」
「んっんー?あれかな、何か楽しそうなことが起こりそうって予感だよ」

アリアの問い掛けに、赤と白のツートーンカラーの髪、そのうち顎のラインまである白髪の方を、指先に巻き付けながら答えた。

「てか、必要ないって言ったけどどういう意味っすか?」

腕組みをしたヤスが、訝しそうに彼を見る。
Jは金の瞳を細め、少し首を傾げてみせた。

「それはーヤス君とアリアが丁度話してるのを聞いてーその足で見に行った、んだよ」
「立ち聞きしてたんすかJは…」
「そりゃあさ、あれだけ大声でしかも扉開けたままじゃあ、誰でも聞こえるよ?例えば、ヤス君の純情っぷりとか、ヤス君の情けない話とか、ヤス君の─むぐっ」
「J!!」

ヤスのことを赤裸々に語り出すJの口を、慌てて塞ぎにかかった。
耳まで真っ赤になった彼の手を、Jは邪魔だと叩き落とす。

「っは…ヤス君、俺殺す気?鼻まで塞いだら死ぬってば」
「そんなつもりは…いやでも一瞬殺意はあったかもなー…」
「怖っ、ヤス君、目が笑ってないよー…?」
「で?J君、報告は?」

しびれを切らしたアリアが、早く報告しろと急いた。
今にも自分を殺しそうな勢いの青年から解放されたJは、実に嬉しそうに告げた。

「はいはーい。あのコねーまだ眠ってたよ。儀式屋が深い眠りに就かせてるみたいだったしー」
「そう…有難うJ君」
「にしても珍しいね、ここ20年くらい誰も雇わなかったのに…しかも若い女の子じゃん?」

今度は奇抜なスタイルの男が、鏡に映る美女へそう尋ねる番だった。

二章§03

だが答えたのは彼女ではなく、茶髪の男だった。

「J、20年じゃなくて、5年っすよ」

長話になると判断したのか、赤いレザーのソファへ腰掛けてヤスは訂正する。
それに倣ってJも近くの椅子に座す。
それから、にんまりと笑顔で答えた。

「ヤス君…俺は雇われたって言ったよ?儀式屋が拾ってきた手慰み品は、勘定に入れてない」
「J君、言葉を慎みなさいな」

手慰み品とは、なんてことを言い出すのか。
アリアは片眉を器用に上げ、不謹慎な物言いをした彼を窘める。
注意をされた彼は、はいはいと適当に返事をした。

「ま、だから従業員じゃない奴を数えないならってことさ」

言い直したものの、それでもまだ棘がある。
Jがそう言いたくなるのも、長い付き合いの彼女は十分理解している。
だが、もう少し言葉をオブラートに包んで言って欲しい。
なんて、何度言っても聞き入れはしないのだが。

はぁ、と美女は溜息を吐き、ずっと中断していたことを再開する。

「確かにそうっすけど…俺が従業員なら一番新しいし…」
「だろう?何であのコ、此処に来たのかなぁ?」

疑問形ではあるが、それは決して自分より背の高い男に聞いたのではない。
暗にアリアへの問いかけだとヤスも分かったのか、今度は口を挟まなかった。
金髪の美女も気付いているらしく、下を向いたまま答えた。

「あの子…ユリアちゃんって言うんだけど、“あの人”との契約破った罰なのよ」
「へぇ!ならヤス君と似たパターンじゃないか?」
「…ちょっと違うと思うっすけど」

Jは興味を持ったのか、金の瞳を輝かせて同僚へ振った。
だが話を振られた彼は、うーんと唸りつつ、此処へ来た理由を思い出す。

「俺は…道連れ形式でなっちゃったみたいな感じだったし」
「あら、でもユリアちゃんも守りたいものがあって、罰を受けたようなものなのよ?」

そんな彼の言葉に返したのは、真剣な顔でマニキュアを塗っていたアリアだった。
ピンクに染まった指先を見て、少し笑みを浮かべる。
予想だにしなかった回答をされて、ヤスは声をあげアリアの方へ身を乗り出した。

「大切な人から儀式屋関連の記憶を消す代わりに、ってね」
「ふーん…でも消したからって、どうなるのさ」
「さぁ?私はそこまで知らないわ…その記憶があれば、いつかまたその人が来て、同じ目に遭うかもしれないって思ったんじゃないかしらね」
「ま、何だっていいけど」

椅子の上で足を抱えて座っていたJはそう言うと、それきり興味をなくしたのか何も言わなかった。

「……あ、俺ちょっと思ったんすけど」

乗り出していた身体を戻しながらヤスがそう言った。
膝に顔を埋めたJが、くぐもった声を出して。

「何?」
「……いや、やっぱりいいっす」

ちらり、と見上げて来た視線を不機嫌なものとでも捉えたのか。
ヤスは首を横に振って、話をなかったものにしようとした。

「あら駄目よ。言い出したことは最後まで言いなさいな、ヤス君の悪い癖よ」
「え、うー…」
「そうそう、アリアの言う通りだよ」

二人に同じことを言われては、流石に引くわけにはいかない。
いつもならここで口を割るのだが、今日は何故か言いたくないと思った。

「…そんなに言えないことなの?」
「だって…」


「──僕のことを言いたかったんだよね」


室内の空気が一変した。

それは絶対的なオーラを放ち、自然とその中に佇んでいた。
全身でそれを感じた途端、Jとヤスはぞっとした。
実に楽しそうな調子で紡がれた言葉、その方向を二人同時に見た。

その声の主は鏡のすぐ横に立って、二人の視線を浴びると、笑った。

ひっ、とアリアが鏡の中で悲鳴を上げた。
その顔は、一気に血の気を失って真っ青である。

くすくすくす…笑い声が、ぴんと張りつめた空間に木霊する。


「今日和、みんな元気そうで僕は嬉しいよ」


銀髪の魔術師がそこに──いた。

二章§04

にっこり笑って佇む男。
目は銀髪で隠れているが、確かにこちらを見ている。

いつからいた、とか。
どうやって入った、とか。

そんな常識など、この男に当てはまらない。
ただ、必ず見える位置にいたはずなのに、意識が向かなかっただけ。
この風景の中に溶け込んでいたため、気付かなかっただけ。

たった、それだけなのだ。

「……随分なご挨拶だね、ヘンジン」

妙な沈黙が降りた中、漸くJが口火を切った。
金瞳が、挑発的な色を覗かせている。
“ヘンジン”と呼ばれたサンは、やっと喋った相手に気をよくしたのか、先程より僅かに弾んだ声を出した。

「ふふん?“名無し”クン、君ったら人のこと言えるのー?」
「俺は個性が強すぎるだけで、生まれつき頭狂ったヒトじゃないさ」
「バケモノに言われたくはないなぁ」
「ふ、二人とも落ち着くっすよ!?」

双方の決して笑っていない笑顔が、急激に室温を降下させる。
このままでは、凍結してしまいそうだ。

変人度など、どちらも変わらないじゃないか。
だが口にすれば、それは自殺行為と同義である。
言いたいのをぐっと堪えて、ヤスは立ち上がって止めに入った。

「うーん…、そだね!名無しクン、勝負は持ち越しだ!!」
「俺は最初っから勝負してたつもりないけどね」

べぇっと真っ赤な舌を出すと、そっぽを向いた。
どうやら、これ以上温度が下がる恐れはなさそうだ。
ほっとして息を吐くのも束の間──ヤスがはっと目を上げると、眼前にサンが立っていた。
黒い瞳をこれでもかと見開くと、魔術師はくすっと笑った。

「お招きありがとう、僕ぁすっごく嬉しいよ」
「え?お、俺はサンさんのことは──」
「呼んだよ、ここで」

すっと白い手が伸びて、ヤスの胸に当てた。
まだ分からない顔をする彼に、サンは一言。

「“サンさん、このこと知ってんすか?”」
「!!」

悪趣味な黒のルージュを引いた唇が、ヤスの声を真似て、否、ヤスの声でそう言った。
びくっと、ヤスは身体を震わせる。

「あはっ、変なの!剣士クンってば、言った途端すっごい心臓ドキドキし始めてるよー?」
「っ……!」

指摘され、いっそう激しく脈打つ。
この魔術師、次に何をするのか読めないため、恐怖が倍に膨れ上がる。
ましてこの至近距離だ、相手の手中にいるも同じ。
ヤスは自然と身を硬くする。

サンは──しかし、それ以上は彼に何もしなかった。

伸ばした時同様、ゆっくりとした動作で手を離す。

「びっくりした?ごめんねぇ?ちょっと座ってて」

とんっと肩を指で押され、そのままよろけるとソファに座り込んだ。
魔術師から離れた瞬間、思い出したように汗がどっと噴き出した。
どくどくと、未だに鼓動の波は大きいままだ。

「…迂闊すぎるよヤス君」
「ご、ごめん」

いつでも動けるよう降ろしていた片足を再度上げ、呆れたようにJはぼそっと呟いた。
罰が悪そうにヤスは謝る。

「聞きたいことはいっぱいあるんだけどー……君がいいかな?」

二人のそんなやり取りを傍目に、サンはその相手を指さした。

「ねぇ、“このこと”ってなんのことかなぁ──鏡ちゃん?」
「!」

指をさされた相手、アリアは青白い顔を引きつらせる。
爪先の向きを変え、サンはにこにこ笑いながら一歩踏み出す。

「…や…だ」
「あはっ、もう鏡ちゃん、そんな嫌がらないで?」
「やだ……嫌だ、来な、いで」
「でも、君なら何でも知ってるし」

一歩、また一歩、近付く男にアリアは、震えが止まらなかった。
蒼色の目には、うっすらと涙さえ見える。

アリアの心は、恐怖で埋め尽くされていた。
それは、一時的なものからではない。
もっと深い、彼女の心の中に根付いた──トラウマだ。

本能的に、彼が眼前に立つ前にばっと離れたが──


「お喋り、しよ?」
「──ひっ!?」


距離を一気に詰めると、魔術師の手は硬いはずの鏡をいとも簡単に通り抜け、鏡の中の美女へ伸ばされた。

二章§05

だがその手がアリアに触れることは、なかった。

「おおっとー…?」

サンは少し驚いた声を上げ、上体を反らした。
伸ばした腕はJがしっかりと掴み、顎の下には短刀をヤスが突きつけている。

「……あれかな、お姫様には触っちゃダメってこと?」
「いくらサンさんでも、これは許さないっす」
「…儀式屋が来る前に、何とかしたら?」

違うことを口にしていても、殺気が隠っていることに変わりはない。
アリアの震えは止まっていたが、じっとことの成り行きを見守っている。

「あはっ、ヤだなぁみんなってば。お遊びだよ?…いくら僕でも、干渉域はちゃあんと分かってるよぉ」
「なら、態度で示すことだね」
「あ、痛い痛い。名無しクンてば、バケモノなんだから手加減してよぉ」

ぐっとJが腕に力を込めると、痛みを訴えすぐさま腕を引き抜いた。
ぱっと離れた腕をさすりながら、サンは鏡の方へ顔を向ける。
まだ警戒を解かない深海の色をした瞳が、見つめ返してくる。
魔術師は、肩を竦めてみせた。
だが決して、それは諦めたという意味ではない。

「……、“このこと”のお話はあとにするね。僕、もう一つ訊きたいことがあったんだー」

再び口元に笑みを乗せると、一歩下がって視界に三人を入れる。
二人はアリアを守るように、鏡に背を向け立つ。

「とても悲しい悲しいお話なんだけどね。僕は人間が大好きだし、この世界じゃあ優しくしてあげてる方なんだよね」

更にまた一歩下がる。

「だから僕はよく手を差し伸べてあげる…なのに、よく裏切られるんだよねぇ。僕はいつもそれで悲しい思いをしてる…」

実に悲しみをたっぷり含んだ声で、サンは語りながらまた、下がる。
その動きに、ヤスは眉を潜める。
何故、下がるのだろう?

「でも、僕はその人間に手を下すことが苦手だ。だから代わりに、いつも儀式屋クンにしてもらっている」

あと一歩だけ後退すると、ぴたり、とそこで立ち止まった。
そしてにっこり、今まで以上に綺麗な笑みの形を作った。
だが黒い唇から紡がれる言葉は、毒のようなもの。

「そう、でね?昨夜も一人罰したって儀式屋クンが言ってさぁ?なのにねぇ…その内容、教えてくれなかったんだ」
「へぇ?で、魔術師は何が言いたいのさ?」

Jは内心苛々して来ていた。
サンの、ゆっくりと語る口調が気に食わなかった。
だがそんなものを表面に出すことは、決してしない。

「昨日のこと、聞いてないかな?彼から」
「…聞いてないね。てか儀式屋が罰したんだ、何故内容が気になるのさ?」

それ以上深入りはさせないよう、さり気なく話題を逸らした。
サンは気付いていないのか、それともわざとなのか、その話題に乗ってみせた。

「いつもならね、儀式屋クン、報酬のアレを欲しがるのにさぁ、いらないって言うんだ。で、もしかしたら、ここに匿ってるのかな?と思って、ね…精神だけの14歳の可愛い子を、さ」

──完全に知った上で聞いているではないか!
アリアはきゅっと唇を噛み締め俯く。
きっと“このこと”さえも、既に気付いている。
ただ、手を出せないのは、彼の干渉域を越してしまうから。

ヤスとJも同じなのだろう。
若干険しい表情に変化していく。

「…見つけて、どーするつもり?」

それでも平常心を保って、静かに問う。
サンはぞっとする程綺麗な笑顔のまま、丁寧にその問いに答えた。

「完全抹消、するんだよぉ」
「──!!」

魔術師は答えると、後ろ手に背後にあった扉を開いて、その向こうへ姿を消した。
それを見たと同時に、ヤスの足は勝手に部屋を飛び出した。

「ヤス君!……!……!!」

後ろからJが何か叫んだようだが、その時にはもう聞こえていなかった。

(いない!?)

彼を追ってすぐに出たものの、サンの姿はない。
耳を澄ますも、足音は全く聞こえない。
ヤスはぎりっと奥歯を噛むと、廊下を蹴って走り出した。
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