“──忠告しておく。君は理不尽とはいえ、魔法使いに深く関わりすぎた。君があの魔法使いを気にかければ、彼は必ず現れる。いいね、よく覚えておくんだ”
かつて儀式屋に言われた忠告が、今更ながら頭の中で再生された。
舌打ちをして、ヤスは階段を駆け上る。
(魔法使いは喚ばれる者…そして俺は、喚ぶ者)
通常、彼を喚ぶためには手順を踏まなければならない。
だが自分は、それを飛ばして喚んでしまう。
それで嫌な目に遭う度に、何度も何度も二度と思うまいと決意するのに。
“ヤス、それは君には難しいことだ。君は、他者を本気で拒否できない──嘘だと思うかね?ならば何故ここに来たかを、思い出すことだね”
儀式屋に伝えたところ、そのような返答が来てヤスは打ちのめされた。
敵であるならば、容赦なく拒否できる。
だが、繋がりを持ってしまうと、躊躇いが生じる。
ヤスは──サンを、拒否することが出来ない。
(くそ、俺のせいであの子が……)
角を曲がり、等間隔にランタンが並ぶ廊下を駆け抜ける。
だからといって、いつでも彼を召喚出来る訳ではない。
サン絡みであること、尚且つそれが、ヤスの過去とリンクすること。
この条件が揃ったときのみ可能となる。
今回もそうだ。
ユリアとヤスは、状況は違えど似ている部分がある。
──誰かを守るために、自分を犠牲としたこと。
アリアからそう言われた時、ヤスは過去の自分を思い出した。
そして何となく思ったのだ、サンはこのことを──ユリアが自分と似た経緯でここに来たことを、どう思ったのだろうか?
完全に、無意識だった。
(だったら責任は俺にある…俺が、止めるんだ)
廊下の真ん中辺りで、ヤスは歩調を緩めて深く息を吸い込む。
魔術師は、最初からユリアがここにいることを知っていた。
遅かれ早かれ、彼は今日来るはずだったのだろう。
ただ自分が喚んでしまったため、早まっただけだ。
それはデメリットだが…実はメリットも存在している。
それは魔術師の“干渉域の制限”だ。
干渉域とは、そのテリトリーにおいて彼が許される行動、魔力の範囲だ。
自らそこへ訪れた場合、それは無効となる。
だが喚ばれた場合、それらは途端に制限される。
サンは人間に召喚され裏切られた時に、裁くのは苦手だと言っているが、本当はこの干渉域の制限がかかっているにすぎない。
だからこそ、代理者として儀式屋が執行しているのだ。
サンがここへ自ら訪れていたのであれば、直接ユリアの眠る部屋へ向かったはずだ。
それが出来ないのは、ヤスが喚んだからだ。
そのために大きく制限されてしまい、直接向かうことは不可能となる。
誰かが自分の行動、魔力の範囲を広めるための発言、または行動をしない限り手は出せない。
では、今のサンにかかる干渉域の制限は──?
「…………」
ヤスは足音を立てぬように歩き、一つの部屋の前で歩みを止めた。
そして、ノブに手をかけた時だった。
「あはっ、やっぱりここだったんだー」
「!」
脳天気ともいえる声と共に、ヤスの手にひんやりとした手が重なった。
すぐさまヤスは手をノブから離そうとしたが、意外なほどに強い力のため動かない。
くすくす笑う銀髪の魔術師は、ヤスの肩に顎を乗せ喋る。
「忘れてた?ここでの僕の干渉域の制限のこと…」
そう、得意げな声音で告げる。
『儀式屋』内での行動、魔力の範囲が極端に狭くなる。
これが、サンの今の制限だ。
自由に動ける範囲は、せいぜいアリアの鏡のあるあの部屋、魔力もほんの少しだ。
それでは、サンは今まで何処にいたのか?
「剣士クン、素直だから僕の挑発にも簡単に乗ってくるでしょ?そしたら君は自ら僕の範囲を広げてくれる…ふふ、つまりね、僕、最初から剣士クンの後をずぅっと付けてたんだよ?」
気付かなかったのかな?
耳元で囁く声は、何処か嘲りを含んだように聞こえた。