例え自分が鏡の中に居ようとも、お洒落を欠かすつもりはない。
歳を取らなくなったアリアにとって、それが唯一のメリットであり、楽しみであった。

「んー…この柄も飽きたわね……思い切って、変えようかしら?」

黒に黄色のドット柄、そんな指先を見つめ首を傾げる。
鏡の中にいると、どうしても相手からは顔しか見えない。
そのため、マニキュアはしてもしてなくても、あまり目立つことがない。
だが随分と同じ柄のままだ。
久しぶりに変えるのも、悪くないだろう。

「…新入りちゃんも来たことだし、気分転換に変えましょっと」

決めるとすぐに取りかかるのが、アリアの性格だ。
早速、必要な物を探し出した。

この鏡の中、覗く側からするとアリアの顔しか見えないのだが、実は中は意外と広々とした部屋になっている。
女の子らしく可愛い造りで、きちんと物が整頓されている。
ただ違うのは、この部屋には扉も窓もない、ということ。
外部との連絡手段は、部屋に置かれたドレッサーの鏡のみ。
その前に座って、アリアはいつも話しているのだ。

「ああ、あったわ…まずはこの古い柄を…」
「おはようっす、姐さ…ふぁああ…」

いざ始めよう、といったところで声がかかった。
ふと顔を上げれば鏡面の向こう、欠伸をしながら青年が入って来た。

「あらおはよう、ヤス君。眠そうね」

髪を茶に染め抜いた、やけにのっぽの青年ヤスは、鏡の前に来るまでにもう二、三回欠伸をした。

「そうなんすよ…昨日夜更かししたからだと思うんすけど」
「駄目よ、きちんと睡眠は取らなきゃ体壊すわよ?」
「ふぁああ…い」

立ったままでも寝そうな勢いで、ヤスは返事をした。
アリアはくすりと笑って、あっと声をあげた。

「そうそう…儀式屋からの伝言よ。新入りちゃんが入ったから、貴方が来たら様子を見に行くように、ですって」
「あれ、そうなんすか?じゃあ見てきまー…どの部屋っすか?」
「多分、どこかの客室にいる筈よ」
「うぃーっす」

頭を掻きながら、青年はゆったりとした足取りで部屋を後にした。

さて、とアリアは作業の続きをする。
古い柄を、除光液を馴染ませたコットンで丁寧に落としつつ、どんなのにしようか考える。
女の子らしく、ピンクにしようか?
それとも、ラインストーンでも……

アリアが楽しく考えていると、部屋が微かにだが揺れた。
だがこれは日常茶飯事、鏡の向こう、儀式屋の店が何らかの理由で振動しているためだ。
そしてその原因が、荒々しく扉を開けて入ってきた。

「ああああ姐さあああん!!!!!!」
「うるさいわね、ヤス君。私、今忙しいんだけど」

ちらりと鏡越しに一瞥すると、息を切らし完全に目の覚めたヤスが口をぱくぱくさせている。
あまりに何かに驚いたのか、声が出ないようだ。
はぁ、と小さくアリアは溜息を吐く。

「しっかりしなさい、どうしたって言うの」
「な……なな何で姐さん、言ってくれなかったんですかっ!」

声をかけてやれば、はっとしてヤスは抗議の言葉を口にした。
対するアリアは、そんなことを言われる筋合いもないので、少しむっとする。

「何に貴方怒ってるのよ…」
「姐さん、分かってます!?俺、男なんですよ!?」
「そりゃ貴方が女だったら気持ち悪いわよ」
「ですよね、いくらなんでも俺が女の人は無理…じゃなくて!!」

一瞬乗せられたヤスはすぐさま否定すると、一度大きく深呼吸をしてから一気に。

「新入り、お、おおお女の子じゃないですか!!!!!」

青年はその一言を叫ぶと、顔を真っ赤にした。
アリアは初めぱちぱちと瞬きしていたが、急に笑い出した。

「貴方、そんなことでここまで走ってきたの?」
「そんなことって言いますけどね!姐さん、俺がいくつか知ってるっしょ!?」
「………38?」
「……いやそんなリアルな年齢出されても凹むんですが…」
「冗談よ、永遠の18歳少年でしょ」

未だ笑いの収まらないアリアは、震える声でそう告げた。
そうだ、とヤスは激しく頷く。