にやけ顔の男を多少気味悪そうにダイナは見やった。
彼の癖なのだろうか、どうにも何かを謀られている気がしてしまう。
相手に分からない程度に息を吐き出し、冷静な頭を取り戻す。

「でも、貴方が属するミュステリオンは、いわば貴方が恨む現実世界を守る組織。矛盾しているわ……まさか、内側から壊そうと考えたの」
「おいおい、そんな最初から俺を悪いみたいに言ってくれるな。これでも一度は更正したんだぜ?ミュステリオンに入ったのは、俺を受け入れてくれたからさ」

軽く頭を左右に振り、乾いた笑いと共に彼はそう述べる。
真実かどうかは怪しいが、此処でごねても仕方がないので、先を促した。
促された彼は、一瞬だけ顔から表情を削ぎ落とした。

「だが、そんなものは俺の気持ちを誤魔化したにすぎない……どれだけ仕事をこなしても、現実世界への恨みは消えず、増幅する一方だった。だから、悪魔に手を貸した……それだけだ。俺らしいだろう?」

あっさりとそう告げ再び口の両端を持ち上げると、神父はダイナの反応を待つように目を細めた。
金髪の彼女は依然腕を組んだまま、ただじっと彼を見返した。
男の回答を、吟味しているのかもしれない。
やがて、すいっとダイナは視線をケースの中へ落とした。

「……過去の裏切った人たちも、そうだったのかしらね」
「まさに俺の目の前にその人がいると思うがな?ま、裏切り者を裏切ったお前は、ある意味尊敬するよ」

一際、エドの下卑た笑みが深く刻まれた。
その時ダイナは、何故彼が笑っていたのかの理由に思い至った。
実はダイナがした質問は、彼女がかつてしてきたことを、確認しているようなものである。
少し前まで同じ立場だったのに何を今更聞いているのだと、彼は嘲笑っているのだ。
だが今のダイナは、そんな負の感情を現実世界に向けることはない。

「……私には、もう分からないわ」
「ははっ、いい子ちゃんの皮を被ったって、お前の過去は消えやしないぜ?……まぁいい、さ、早く俺にくれよ」

こんこんとケースを叩き、中に納まるものを要求する。
分かってる、と言いおいてから、ダイナはポケットから指輪を出した。
アンソニーと同じその指輪を、ガラスケースの下方の窪みへ押し込んだ。
音もなくケースが開き、中身を外界へ晒す。
古びた冊子が、ダイナの白い両手により持ち上げられて──

「見損なったっすよ、ダイナさん!」

突然、目が痛くなる量の光が暗闇に差し込んだ。
隅々まで差し込む強烈な光に目を細めながら、ダイナはその声の主に問いかけた。

「ヤス……どうして此処に?」
「アキさんから、怪しい奴がいるから気を付けろって連絡もらったからっすよ」
「アキ……?ああ、もしかしてあの殺したピンク頭の奴のことか?」

警戒したようにダイナの背後から様子を窺っていた神父は、聞いた覚えのある名に反応した。
語調から、エドが笑っているのが分かる。
そんな男に対して長身の彼は、たった今出た不謹慎な単語に、表情を固まらせた。

「殺したんすか、あんたが……」
「おいおい、直接手を出したのはこっちの裏切り者の方だ。俺じゃねぇぜ?」

いつもは柔和な角度に保たれているヤスの目が、そんなものなかったかのように鋭くなっている。
そんな目が、薄い金髪の吸血鬼に向けられた。

「成る程……そういうことっすか…」

ダイナの体を貫くように睨み、何やら納得したのか唸るような声で呟いた。
それから、彼女の両手に乗るそれに視線が移る。
その行為そのものが悪であるかのように、彼の黒い瞳に憎悪が色濃く宿る。

「とにかく、それをそこから出さないで下さいっす」
「出したらどうするってんだ、兄ちゃん?」
「!!エドっ!」

ダイナの手から冊子を取り上げ、神父は挑発するように、のっぽの彼に笑いかけた。
非難するようにダイナが名を呼んだが、彼に従うつもりはなかった。
これが手に入りさえすれば、もう後はどうだって構わないのだ。
さっさと此処から抜け出したいが、丁度いいお遊びの相手が現れた。
少しくらい、遊んでもいいはずだ。

「なら、実力行使するだけっす」

ヤスの手が腰に差したそれに伸びたのを見て、エドはにんまり笑顔を深めた。