バンクルが振動したのを合図に、ラズたち三人は場所を移動した。
限りなく美術館に近く、何かあってもすぐさま脱出可能な場所。
コンクリートの柱が一定の距離を置いて円形に何本も立ち並び、がらんとした空間へ四方八方から内へと風を吹き込む。
此処から見る限り目に映るのは、ただただ女王の庭と、天高く突き抜ける青空と、誰もいない道だけだった。
そこでかれこれ半時間、エドが持ってくるだろう物を待ち続けている。

「……一体いつまで待たせる気だってんだい」

苛立ちを隠さぬ声音で、ジルが吐き捨てた。
彼女の苛立ちの原因は待たされていることもあるが、いつ、何処から、ミュステリオンの人間が現れるか気が気でないせいだ。
この場所は、万が一に備えて素早く逃げられるようなところを選んでいる。
だがそれは、相手からの侵入も容易いというわけだ。
流石のラズもそれには同意せざるをえず、引き結んだ口を開こうとしなかった。
はぁ、と大袈裟なまでにジルは溜息を吐き、荒々しく腕組みをした。

「あたい達を馬鹿にしてるのかい、あの人間は」
「人間なんてそんなもんさ、俺たち以上に狡猾で、愚かしい生き物だ。信じる方が馬鹿を見るってもんさ」

頭の後ろを掻きながら、ジェイミーがラズに代わって口を開いた。
達観した、というより諦観したに近い彼の喋りは、ジルの心の内に芽生えた不安の芽を揺さぶった。

「でも、あの男はこっち側じゃないか」
「そうだとしても、簡単に心変わりしやがる可能性だってあるさ」
「…………」
「……お前さん、あの野郎共が来るのも気にしてるだろ?もし、あいつらが来るのを恐れてるなら……、お前さん、帰れ」
「!な、何を言い出すんだい、あんたは!?」

ジルの琥珀の瞳が、大きく見開かれた。
それまで周囲に気を張っていたラズも、ほんの少しそちらに気を向けた。

「あたいはただ、今ここにミュステリオンの奴らが来たら面倒だと思っただけで、」
「ジル、この仕事はお前さん自らが選んだ仕事だろ」
「……当たり前だ、あたいがやりたくて、選んだ仕事だよ」
「なら分かってるだろ。いいか、この仕事はいつ何が起こるか分からないんだ。もっと言えば、連絡寄越してからなかなか来ないのだって、想定内として処理すべき話だ」

長ったらしく伸びた前髪を掻き上げ、懇々と彼は説教するかのようにジルに述べた。
常はふざけている彼との違いに、ジルは呆気にとられて口を挟めない。

「それなのに、ミュステリオンが今来たら面倒だなんて……舐めてんじゃないぞ、自分の仕事」
「!」
「お前さんのすべき仕事は、そういうもんだって最初に言われたろうが。ジル、もう一度言う。自分の仕事が何か分かってないなら、さっさと帰れ」
「……、ジル!?」

ジェイミーが警告を繰り返した直後、沈黙を守っていたラズが驚愕の声を上げた。
彼女自慢の金髪が、自らが携帯していた小太刀を抜き去った瞬間に揺れる。
その小太刀はジェイミーの頭をかち割ろうと振り下ろされた。
対する彼も彼で、素早い動きでモーニングスターの継手の鎖を用いて受け止めた。
耳障りな金属音、その後すぐにけらけらと笑い声が聞こえた。
その発信源は、仲間に向かって刃を向けたジル本人からである。

「あたいの嫌な予感は、あんたにガキ扱いされるってこったろうね?」
「……ははっ、そうそう、お前さんはそうでなくちゃだ」

くしゃりと、トライバル柄が歓喜の形になる。
薄い氷が張ったような空気が融解して、何処かへ流れ去った。
やれやれ、この二人の衝突に何度ひやひやさせられたことか、とラズは思った。
そしていつも、何と面倒臭いやり方でしか、矛を収めることが出来ないのか。
よくもまぁこれまで死ななかったものだと、ラズはゆっくり溜息を吐き出した。

「……おい、ジル。お前の予感は間違ってなかったと見えるぞ」

お気に入りの帽子を深く被り直し、ラズは目を鋭くした。
彼が纏う空気ががらりと変わったのに気付き、一度緩めたそれを引き締めた。
彼に倣って、日が燦々と射す外を見やる。
数秒後、ジェイミーの足元で地面で小さく何かが弾けた。