三章§17

比較的おとなしい七区とはいえ、それは対ミュステリオンについてのみだ。
実際、仲が良くないという報告を受けているし、周辺の区からも七区は喧嘩が絶えないなどという噂を小耳に挟んでいる。
それに、ミュステリオンに楯突くことがどういうことかを、彼らは知っているはずだ。
それなのに、わざわざ当主を守るという大義名分のもとに、団結しこちらを攻撃するのだろうか。
こんなに、簡単に負けてしまうのに?
命を投げ出すということなのに?

(……あるいは…いや、違う…)

頭の中に浮かび上がる可能性を、次々と否定していき…途中で、否定出来ない可能性にぶち当たった。
サキヤマは人知れず顔をしかめる。
自分の立てた予想が、あまりに気に食わない。
だからこそ、それは真実だという確証を持てる。

(…これは、どうしたものですか…)

実に、面倒臭い。
だが、その事象を看過することは、出来ない。

溜息をひとつ。
それから、彼は漸く口を開いた。

「さて、先程も言いましたが僕は戦いが好きではありません。ので、今回はあなた方に有利な条件付きで、降伏を承諾して下さいませんか」
「…………」
「条件はこうです…あなた方が降伏して下さるなら、僕とエリシアはあなた方の当主を狙うことは、誓っていたしません」
「な、何だと!?」

その不満に満ち満ちた声音は、悪魔たちのものではない。
驚きのあまり、メイスを取り落としかけたエリシアからだ。

その条件は、つまり自分があの金髪悪魔に謝らせることが、出来ないということではないか。
そんなのを、認めるつもりは毛頭ない!

そんな視線が、深々とサキヤマの全身に突き刺さる。
視線だけでも、射殺す勢いだ。
サキヤマは律儀にも、そちらに向き直る。

「シスター・エリシア…、これ以上此処で時間を潰すのは、後に支えている任務に支障をきたします」
「そんなもの、後からいくらでも」
「……エリシア、分かって下さい」

言って、しゃらんと意図的に鳴らす。
それは、これ以上駄々をこねるようなら、武力行使も厭わない、ということか。
少なくとも、傍目にはそうみえたろう。
エリシアはふとその視線を弱める。
それから、あまり納得はしていないような顔をする。

「仕方があるまい…ふん、どうせ局長に言い付ける気であったのだろうが」
「ご理解頂けて何より、シスター・エリシア」

そう礼を簡潔に述べ、再び悪魔たちの方へ。

「ということですが…如何ですか?」
「……いいでしょう。それでは、今すぐに立ち去って下さいますか」

答えたのは、あのブロンドの悪魔だ。
どうやら、彼がこの一団のリーダーのようで、誰一人として反対意見を出すものはいなかった。
それに神父が頷いてみせると、エリシアはあの表情のままサキヤマの方へ近付く。

「それでは」

一言、サキヤマは告げると、エリシアと共に背を見せて歩きだした。
そのまま一歩、二歩、三歩…進んだところで二人は同時に振り返り、まるで初めから分かっていたかのように、背後から放たれた弾丸を避けた。

「サキヤマ」

短く、エリシアは呼び掛ける。
その彼は、珍しく笑みを口元に湛えている。
さっと服の裾を払うと、笑顔のまま唖然としている悪魔たちを見る。

「さて…シスター・エリシア、喜んでいいですよ。この方たちは今、自ら攻撃してきました。つまりこれは、立派な叛逆罪ですので、聖裁を加えて構わないということです」
「何!まことかサキヤマ!?」

途端に、ダークグレーの瞳はきらきら輝きだした。
神父はええ、と首肯してみせる。

「ただし、そう…あのブロンドの髪のだけは、生かして下さい。色々聞かねばならないので」
「任せるがよい!」
「ちょっと待て、貴様ら!!」

それまで傍観していた彼ら悪魔たちが、非難の声をあげる。
どうやら、話がまずい方へ流れているのに、焦りを感じているようだ。

三章§18

がらんとした空間に、奇妙な空気が流れる。
何かが、崩れていくような、そんな空気が。

「い、今のは誤射なんだ!だから」
「誤射?嘘は感心しませんが?」

かちり、サングラスを押し上げ冷たくサキヤマは言い放つ。
隣に立つシスターが顔をこちらに向けたのが、気配で感じる。

「ふん?サキヤマ…この余を茶番に付き合わせた理由、それか?」
「ええ、シスター・エリシア。この悪魔たちは、誤射などしていません」
「では、どうしてそうではないのか、説明するがよい。それまで余は、待とうではないか」

がんっ、と地にメイスを突き刺して、攻撃しない意志を示す。
サキヤマはそれを見届けると、歪ませた唇から言葉を紡ぎだした。

「…この際、回りくどいのはなしにしましょう。シスター・エリシア、彼らは当主であるマルコス・ルシフォードを──」




「成程、つまりは早い話、君はぶっ殺されるかもしれないって訳だ。しかも、七区の悪魔どもに」

依然、ボンネットに腰掛けたままの男は、ことの顛末をそう結論付けた。
少し言葉使いが乱暴なため、痩せた悪魔が鋭い視線を投げ掛けた。
視線だけに抑えたのは、彼が幼い当主のたっての“お願い”に負けてしまったからだ。
そうであってもなくても、Jはそれを気に留めるつもりはないが。

──マルコスが、殺される恐れがある。

それは、現在助手席に座している少年マルコスから聞いた話を、簡潔にまとめた結果だ。

「しかし驚いたね。最近俺たちの耳にも入る程の喧嘩…まさか、君の現状維持派と革命派の争いだったなんてさ」
「万が一にも、ミュステリオンの耳に入れば、彼らは七区ごと消すでしょう…それは、双方どちらも望まないことです、だから」
「周囲には頻発するただの喧嘩、か。ま、確かに悪魔街じゃ珍しくもないが…ちょっと派手すぎるよ」

と、何処か遠くから聞こえてくる喧騒に、Jは肩を竦めた。
無論、今聞こえてくるのは、エリシアたちが絡んでいるからなのだが。

「でも、これで悪魔の大半が、ミュステリオンと争いに行った理由が分かったね」
「何…?」

疑問の声は、運転席から上がった。
奇抜な男は、ちらりと視線をそちらへ流し。

「君、未だに…ええと、ジュードだっけ?…その人が一人で戦ってると思ってる?」
「……さっさと結論を言えよ」

サムは苛々とした口調で訊ねる。
Jはやれやれといった具合に、溜息をひとつ。

「俺が此処へ来る前、隣の奴が七区が騒いでるって言ってさ。で、どうやらミュステリオンが絡んでるらしいけど、どうにもその騒ぎが妙だって話しでさ…」

今朝、ミシェルが言っていたことを思い出しながら、彼は言葉をひとつひとつ確かめるように呟く。

「そして、君たちと会う前…俺は儀式屋行くための近道によく七区を抜けるんだけどさ、入って思ったよ…足りないって」
「は…足りない?」
「そ。此処にいなければならないはずの悪魔が、足りない…もう分かるだろ、足りない奴らが、何処へ行ったのか」
「!」
「今、ミュステリオンから来た奴と戦ってるんだろうさ」

言われてサムは、初めて気付いた。
今までマルコスを守ることで頭がいっぱいで、周囲にまで注意が行かなかった──彼らのいる此処は住宅が立ち並ぶのに、全く生活する音が聞こえてこない。
サムは背筋に冷たい何かが走った気がした。

「更に言わせてもらえば、そいつらは今、君を殺すために罠を張り巡らせてるかな」
「え……?」

話が急に自分に振られ、辺りを見回していたマルコスは慌てて振り向いた。
相変わらずJは、やや笑ったような表情を崩さない。

「簡単だよ。君のお父さんがヤられた理由を、わざと作ればいいのさ」
「父を…?」
「わざと、ミュステリオンの奴を傷つけたらいい。そうすれば、否応なしに君はその首を差し出すことになる…なんせ、相手はあのエリシアだ、確実だろうさ」

首を、と彼は己の首を親指で切る仕草をしてみせる。
少年の息を呑む音がする。
サムは苦虫を噛んだような顔を作る。

暫く世界が、呼吸を忘れたかのように、時が止まった。
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