物悲しい響きに、まだ無傷の悪魔たちは背筋を凍らせた。
ゆっくりと振り返った悪魔たちは、そこで信じられないものを見た。

「…どうしました?悪魔は再生能力が非常に高い。ならばそのくらいの怪我など、痛くも痒くもないはずですが?」

かちりと濃い色のサングラスを押し上げ、彼は静かに問いかけた。
自分たちの後方、十分な距離──即ち、自分たちを完全に視界に入れられる距離に、神父は立っていた。
その彼は、僧衣の裾の末端さえも、乱してはいない。

実に奇妙である。
あの瞬間、彼が逃げられる隙など何処にもなかった。
いや、あるとすれば、彼がこちらの攻撃を凌いだということくらいだ。

その、指先に回るチャクラムを用いて。

「ご安心を。あくまで僕はエリシアのサポートに徹するのが役目…また、服務規程により無駄な殺生は禁則事項ですから、殺しはしません」

ちらりと、視線をメイスで悪魔を殴殺しそうな勢いの尼僧を追った。
隠れた瞳を細めるとすぐに彼は、依然敵意を失っていない悪魔たちへ向き直る。
それから、僅かに肘を引き。

「……動けない程度には、して差し上げます」

言い切る前に、チャクラムは彼の指先を離れていた。
向かってくるチャクラムは、たったの一つ。
それだけで、彼は悪魔たちを倒すというのか。

「神父め、俺たちをなめやがって…行くぞ!」

サキヤマの挑発するような言動が、癇にでも障ったのだろう。
頭に血の上った悪魔の一声と共に、数人の悪魔がサキヤマへと接近する。

悪魔の特性のひとつに、瞬間移動ともいえるほど特化した脚力がある。
それを使えば、チャクラムのような投射系武器のものは簡単に避けられる。
案の定、彼らは向かってきたそれを後ろへ見送り、突っ立ったままの男へ各々が攻撃を仕掛けた。
距離にして数メートルもない、今から回避することは不可能だ。
今度こそ、神父を仕留めたつもりだった。

しかし、彼らは失念していることがあった。

「……愚か、ですね」
「!?」

しゃらん

怖いくらいに、涼やかな音色が耳に届いた時、彼ら悪魔は腕か足を無くしていた。
それは、つい先程──仲間の悪魔が、突然手足をすぱっと切り刻まれた時──と同じ状況だ。
その理由に、感覚が痛みに犯されながら彼らは気付いた。

どさりと倒れて血まみれになった悪魔が見る中、サキヤマの元へと遠く飛んでいたチャクラムが帰ってきた。
だがそれは、一つ、ではない。
続けざまに、いくつもいくつも戻ってくるではないか。
それを器用に神父は指先で引っ掛けると、徐々に回転速度を落としていく。
そして動きが完全に止まると、彼はそれを袖口に仕舞った。

しゃら しゃらん

両手首にはまったそれは、この現状とは場違いなほど美しい音を奏でる。

(そういうことかよ…)

斬られた箇所を庇いつつ、悪魔は理解する。
この神父、自分たちが迫った時に、ブレスレットだと思い込んでいた武器を、一度に多く投げてきたのだ。
そんなのを至近距離、ましてミュステリオンの者からまともにくらえば、当たり前の結果である。

「僕がこんな輪っか一つで、エリシアのサポートなんか出来るわけないと、予想はついていたはずですが…」

サキヤマは、少しばかり残念そうに言葉を落とした。
だが表情に変わりはない、相変わらずの無表情のままだ。
それから、彼は自分を警戒し遠巻きに見てくる悪魔たちを眺め、ふと思考に囚われる。

(……当主の危機に、数名が動くのは分かりますが…しかしこの数は…)

ざっと見渡しただけでも、明らかに多すぎる人数。
これが当主を守るために立ち上がったといえば、感心するところである。
だが、サキヤマは引っ掛かりを覚える。
何かが可笑しい、と。