比較的おとなしい七区とはいえ、それは対ミュステリオンについてのみだ。
実際、仲が良くないという報告を受けているし、周辺の区からも七区は喧嘩が絶えないなどという噂を小耳に挟んでいる。
それに、ミュステリオンに楯突くことがどういうことかを、彼らは知っているはずだ。
それなのに、わざわざ当主を守るという大義名分のもとに、団結しこちらを攻撃するのだろうか。
こんなに、簡単に負けてしまうのに?
命を投げ出すということなのに?

(……あるいは…いや、違う…)

頭の中に浮かび上がる可能性を、次々と否定していき…途中で、否定出来ない可能性にぶち当たった。
サキヤマは人知れず顔をしかめる。
自分の立てた予想が、あまりに気に食わない。
だからこそ、それは真実だという確証を持てる。

(…これは、どうしたものですか…)

実に、面倒臭い。
だが、その事象を看過することは、出来ない。

溜息をひとつ。
それから、彼は漸く口を開いた。

「さて、先程も言いましたが僕は戦いが好きではありません。ので、今回はあなた方に有利な条件付きで、降伏を承諾して下さいませんか」
「…………」
「条件はこうです…あなた方が降伏して下さるなら、僕とエリシアはあなた方の当主を狙うことは、誓っていたしません」
「な、何だと!?」

その不満に満ち満ちた声音は、悪魔たちのものではない。
驚きのあまり、メイスを取り落としかけたエリシアからだ。

その条件は、つまり自分があの金髪悪魔に謝らせることが、出来ないということではないか。
そんなのを、認めるつもりは毛頭ない!

そんな視線が、深々とサキヤマの全身に突き刺さる。
視線だけでも、射殺す勢いだ。
サキヤマは律儀にも、そちらに向き直る。

「シスター・エリシア…、これ以上此処で時間を潰すのは、後に支えている任務に支障をきたします」
「そんなもの、後からいくらでも」
「……エリシア、分かって下さい」

言って、しゃらんと意図的に鳴らす。
それは、これ以上駄々をこねるようなら、武力行使も厭わない、ということか。
少なくとも、傍目にはそうみえたろう。
エリシアはふとその視線を弱める。
それから、あまり納得はしていないような顔をする。

「仕方があるまい…ふん、どうせ局長に言い付ける気であったのだろうが」
「ご理解頂けて何より、シスター・エリシア」

そう礼を簡潔に述べ、再び悪魔たちの方へ。

「ということですが…如何ですか?」
「……いいでしょう。それでは、今すぐに立ち去って下さいますか」

答えたのは、あのブロンドの悪魔だ。
どうやら、彼がこの一団のリーダーのようで、誰一人として反対意見を出すものはいなかった。
それに神父が頷いてみせると、エリシアはあの表情のままサキヤマの方へ近付く。

「それでは」

一言、サキヤマは告げると、エリシアと共に背を見せて歩きだした。
そのまま一歩、二歩、三歩…進んだところで二人は同時に振り返り、まるで初めから分かっていたかのように、背後から放たれた弾丸を避けた。

「サキヤマ」

短く、エリシアは呼び掛ける。
その彼は、珍しく笑みを口元に湛えている。
さっと服の裾を払うと、笑顔のまま唖然としている悪魔たちを見る。

「さて…シスター・エリシア、喜んでいいですよ。この方たちは今、自ら攻撃してきました。つまりこれは、立派な叛逆罪ですので、聖裁を加えて構わないということです」
「何!まことかサキヤマ!?」

途端に、ダークグレーの瞳はきらきら輝きだした。
神父はええ、と首肯してみせる。

「ただし、そう…あのブロンドの髪のだけは、生かして下さい。色々聞かねばならないので」
「任せるがよい!」
「ちょっと待て、貴様ら!!」

それまで傍観していた彼ら悪魔たちが、非難の声をあげる。
どうやら、話がまずい方へ流れているのに、焦りを感じているようだ。