がらんとした空間に、奇妙な空気が流れる。
何かが、崩れていくような、そんな空気が。

「い、今のは誤射なんだ!だから」
「誤射?嘘は感心しませんが?」

かちり、サングラスを押し上げ冷たくサキヤマは言い放つ。
隣に立つシスターが顔をこちらに向けたのが、気配で感じる。

「ふん?サキヤマ…この余を茶番に付き合わせた理由、それか?」
「ええ、シスター・エリシア。この悪魔たちは、誤射などしていません」
「では、どうしてそうではないのか、説明するがよい。それまで余は、待とうではないか」

がんっ、と地にメイスを突き刺して、攻撃しない意志を示す。
サキヤマはそれを見届けると、歪ませた唇から言葉を紡ぎだした。

「…この際、回りくどいのはなしにしましょう。シスター・エリシア、彼らは当主であるマルコス・ルシフォードを──」




「成程、つまりは早い話、君はぶっ殺されるかもしれないって訳だ。しかも、七区の悪魔どもに」

依然、ボンネットに腰掛けたままの男は、ことの顛末をそう結論付けた。
少し言葉使いが乱暴なため、痩せた悪魔が鋭い視線を投げ掛けた。
視線だけに抑えたのは、彼が幼い当主のたっての“お願い”に負けてしまったからだ。
そうであってもなくても、Jはそれを気に留めるつもりはないが。

──マルコスが、殺される恐れがある。

それは、現在助手席に座している少年マルコスから聞いた話を、簡潔にまとめた結果だ。

「しかし驚いたね。最近俺たちの耳にも入る程の喧嘩…まさか、君の現状維持派と革命派の争いだったなんてさ」
「万が一にも、ミュステリオンの耳に入れば、彼らは七区ごと消すでしょう…それは、双方どちらも望まないことです、だから」
「周囲には頻発するただの喧嘩、か。ま、確かに悪魔街じゃ珍しくもないが…ちょっと派手すぎるよ」

と、何処か遠くから聞こえてくる喧騒に、Jは肩を竦めた。
無論、今聞こえてくるのは、エリシアたちが絡んでいるからなのだが。

「でも、これで悪魔の大半が、ミュステリオンと争いに行った理由が分かったね」
「何…?」

疑問の声は、運転席から上がった。
奇抜な男は、ちらりと視線をそちらへ流し。

「君、未だに…ええと、ジュードだっけ?…その人が一人で戦ってると思ってる?」
「……さっさと結論を言えよ」

サムは苛々とした口調で訊ねる。
Jはやれやれといった具合に、溜息をひとつ。

「俺が此処へ来る前、隣の奴が七区が騒いでるって言ってさ。で、どうやらミュステリオンが絡んでるらしいけど、どうにもその騒ぎが妙だって話しでさ…」

今朝、ミシェルが言っていたことを思い出しながら、彼は言葉をひとつひとつ確かめるように呟く。

「そして、君たちと会う前…俺は儀式屋行くための近道によく七区を抜けるんだけどさ、入って思ったよ…足りないって」
「は…足りない?」
「そ。此処にいなければならないはずの悪魔が、足りない…もう分かるだろ、足りない奴らが、何処へ行ったのか」
「!」
「今、ミュステリオンから来た奴と戦ってるんだろうさ」

言われてサムは、初めて気付いた。
今までマルコスを守ることで頭がいっぱいで、周囲にまで注意が行かなかった──彼らのいる此処は住宅が立ち並ぶのに、全く生活する音が聞こえてこない。
サムは背筋に冷たい何かが走った気がした。

「更に言わせてもらえば、そいつらは今、君を殺すために罠を張り巡らせてるかな」
「え……?」

話が急に自分に振られ、辺りを見回していたマルコスは慌てて振り向いた。
相変わらずJは、やや笑ったような表情を崩さない。

「簡単だよ。君のお父さんがヤられた理由を、わざと作ればいいのさ」
「父を…?」
「わざと、ミュステリオンの奴を傷つけたらいい。そうすれば、否応なしに君はその首を差し出すことになる…なんせ、相手はあのエリシアだ、確実だろうさ」

首を、と彼は己の首を親指で切る仕草をしてみせる。
少年の息を呑む音がする。
サムは苦虫を噛んだような顔を作る。

暫く世界が、呼吸を忘れたかのように、時が止まった。