だが答えたのは彼女ではなく、茶髪の男だった。

「J、20年じゃなくて、5年っすよ」

長話になると判断したのか、赤いレザーのソファへ腰掛けてヤスは訂正する。
それに倣ってJも近くの椅子に座す。
それから、にんまりと笑顔で答えた。

「ヤス君…俺は雇われたって言ったよ?儀式屋が拾ってきた手慰み品は、勘定に入れてない」
「J君、言葉を慎みなさいな」

手慰み品とは、なんてことを言い出すのか。
アリアは片眉を器用に上げ、不謹慎な物言いをした彼を窘める。
注意をされた彼は、はいはいと適当に返事をした。

「ま、だから従業員じゃない奴を数えないならってことさ」

言い直したものの、それでもまだ棘がある。
Jがそう言いたくなるのも、長い付き合いの彼女は十分理解している。
だが、もう少し言葉をオブラートに包んで言って欲しい。
なんて、何度言っても聞き入れはしないのだが。

はぁ、と美女は溜息を吐き、ずっと中断していたことを再開する。

「確かにそうっすけど…俺が従業員なら一番新しいし…」
「だろう?何であのコ、此処に来たのかなぁ?」

疑問形ではあるが、それは決して自分より背の高い男に聞いたのではない。
暗にアリアへの問いかけだとヤスも分かったのか、今度は口を挟まなかった。
金髪の美女も気付いているらしく、下を向いたまま答えた。

「あの子…ユリアちゃんって言うんだけど、“あの人”との契約破った罰なのよ」
「へぇ!ならヤス君と似たパターンじゃないか?」
「…ちょっと違うと思うっすけど」

Jは興味を持ったのか、金の瞳を輝かせて同僚へ振った。
だが話を振られた彼は、うーんと唸りつつ、此処へ来た理由を思い出す。

「俺は…道連れ形式でなっちゃったみたいな感じだったし」
「あら、でもユリアちゃんも守りたいものがあって、罰を受けたようなものなのよ?」

そんな彼の言葉に返したのは、真剣な顔でマニキュアを塗っていたアリアだった。
ピンクに染まった指先を見て、少し笑みを浮かべる。
予想だにしなかった回答をされて、ヤスは声をあげアリアの方へ身を乗り出した。

「大切な人から儀式屋関連の記憶を消す代わりに、ってね」
「ふーん…でも消したからって、どうなるのさ」
「さぁ?私はそこまで知らないわ…その記憶があれば、いつかまたその人が来て、同じ目に遭うかもしれないって思ったんじゃないかしらね」
「ま、何だっていいけど」

椅子の上で足を抱えて座っていたJはそう言うと、それきり興味をなくしたのか何も言わなかった。

「……あ、俺ちょっと思ったんすけど」

乗り出していた身体を戻しながらヤスがそう言った。
膝に顔を埋めたJが、くぐもった声を出して。

「何?」
「……いや、やっぱりいいっす」

ちらり、と見上げて来た視線を不機嫌なものとでも捉えたのか。
ヤスは首を横に振って、話をなかったものにしようとした。

「あら駄目よ。言い出したことは最後まで言いなさいな、ヤス君の悪い癖よ」
「え、うー…」
「そうそう、アリアの言う通りだよ」

二人に同じことを言われては、流石に引くわけにはいかない。
いつもならここで口を割るのだが、今日は何故か言いたくないと思った。

「…そんなに言えないことなの?」
「だって…」


「──僕のことを言いたかったんだよね」


室内の空気が一変した。

それは絶対的なオーラを放ち、自然とその中に佇んでいた。
全身でそれを感じた途端、Jとヤスはぞっとした。
実に楽しそうな調子で紡がれた言葉、その方向を二人同時に見た。

その声の主は鏡のすぐ横に立って、二人の視線を浴びると、笑った。

ひっ、とアリアが鏡の中で悲鳴を上げた。
その顔は、一気に血の気を失って真っ青である。

くすくすくす…笑い声が、ぴんと張りつめた空間に木霊する。


「今日和、みんな元気そうで僕は嬉しいよ」


銀髪の魔術師がそこに──いた。