いつの間にか街灯はなくなり、辺りは本当の闇に包まれた。
だがユリアにとってそれは、なんの支障にもならなかった。
目的の場所は分かっていた。
そこへの道は、ユリアの頭の中にはっきりと描き出されている。
近付けば近付く程に、大きくなるマサトの声。
間違いなく、ユリアはそこへ向かっていることを確信できた。
闇。闇。闇。
絶えることなく続く漆黒。
その中に、ぽつん、と橙色の何かが見えた。
目を凝らして見ると、それが家の明かりだと気付く。
ユリアは一度立ち止まる。
耳を澄ますと、マサトの声はそこから聞こえて来る。
再び進み出したユリアは、早歩きになっていた。
とにかく、早く会いたかった。
その一心で、ユリアは進み続ける。
橙色の小さな丸が、大きな光になる程に近付いた時、ユリアはほぅっと長い息を吐いた。
立ち止まり、目の前に現れた建物を見上げる。
小さな明かりは、この建物の玄関灯だったようだ。
それによって、闇に浮き彫りにされた建物は、重々しい雰囲気を醸し出していた。
もう何百年も昔からそこにあったような、威圧感さえある。
…暫くユリアは眺めた後、視線を再び前へ。
扉にはめ込まれた擦り硝子越しでは、中の様子は確認できなかった。
「マサト…いるの?」
ユリアはそっと呼びかける。
ここへ来るまで聞こえていた少年の声は、この建物が見えたら消えてしまったのだ。
目指していた場所とは、違ったのだろうか?
少なからず不安が、心の中でその密度を増していく。
だがそれも、次に耳朶を打ったそれで掻き消えた。
「ユリア……?」
「!マサト…!!」
ぱっと光が射したように、ユリアの心の内は急に温かくなった。
やはり間違っていなかった。
マサトは、この向こうにいるのだ。
どうして、とか。なんで、とか。
そんな疑問は浮かばなかった。
ユリアはノブに手をかけると、一気に扉を開けた。
「マサト、大丈夫!?」
「ユリア!」
扉を開けたその先、ユリアの探し人が立っていた。
薄暗闇の中、ぼんやりした明かりに浮かぶ、見慣れたシルエット。
その姿を認識した途端、ユリアは今まで堪えていた何かが弾けた。
唇を戦慄かせ、背の高い彼を睨むと。
「馬鹿!心配したんだから…馬鹿!馬鹿!!」
「なっ…お前、馬鹿馬鹿連呼すんなよ」
呆れたようにマサトは笑って、今にも泣きそうな少女の顔を覗き込んだ。
「全く…心配したのはこっちだって」
「うるさいなぁ…でも、生きてて…良かっ…」
そこから先は言葉にならなかった。
マサトがユリアの体を抱きすくめたからだ。
ユリアはその優しさに心を安らがせ…られは、しなかった。
はっとして顔を上げ、マサトを凝視する。
「ん?どうしたユリア?俺に惚れた?」
そのどこか意地悪な笑顔も、からかったような口調も、楽しそうな眼差しも。
何一つ変わらないのに、何処までもマサトに変わりないのに。
「マ、サト…」
「何だよ?」
「なんで…?なんで、こんな……冷たい、の?」
体に回された腕も、密着した体も。
氷のように、冷たかった。
「………………」
「ち、違うよ、ね?わ、私の体が冷たいから…あれ、でも…」
「──ユリア」
名を呼ぶ声は、低く闇を揺るがした。
びくん、とユリアは震えた。
次いで、勇気を振り絞りマサトの体を突き飛ばした。
突き飛ばしたつもりだったが、相手はびくともせず、ユリアの方が床へと倒れ込んだ。
「痛っ…」
起き上がり、強い視線を感じてその先を辿れば、三日月の形に歪んだ口元が動いた。
「何言い出すかと思えば…さっきあんな怖い目に遭ったせいで、混乱してるんだろ?でももうあの魔法使いはいないし…」
「……マサト、変だよ…」
「え?」
ユリアは俯き、そしてそのまま震える声で呟いた。
「あの時マサト…気絶してたのに、なんで知ってるの…」
そう。
あのレストランで見たマサトは、気絶していたのだ。
ユリアとサンのやり取りなど、知るはずがない。
気まずい空気の流れる中、マサトは目を細めた。
──闇に、紅く輝く瞳を。