子供のように嬉しそうに飛んできた彼女を、彼はサングラス越しに睨んだ。

「…つかぬことを聞きますが。シスター・エリシア、この方々は貴女が原因ですか」
「馬鹿を申すな。余はただ、足を踏んだ悪魔を一喝してやろうと…」
「一喝?ならば何故、悪魔と戦うことになるのですか」
「簡単ですよ、神父様」

サキヤマの質問に答えたのは、エリシアではない、大剣を担いだ悪魔だ。
サキヤマはそちらの方を向き、首を傾げてみせる。

「どういうことです」
「そこのシスター、マルコス様に手をあげようとしたんですよ」
「……そうですか」

どうやら納得したらしい神父は、そのまま90度に腰を折り曲げた。

「申し訳ありません。全ては僕が目を離した隙に起きたこと、僕の責任です。とんだご迷惑をお掛けしました」
「は!?何を戯けたことを汝は……!?」

いきなり謝り出した相方に驚き、次いで悪態をつこうとした。
だがそれは叶わなかった。
神父が、エリシアを肩に担ぎ上げたのだ。

「な……な…サキヤマ!汝、何をしておるのか!?」
「…ですので、今回は僕に免じてお許し下さい。それでは」

喚く尼僧を無視して、サキヤマは素早く身を翻すと、その場を離れてしまった。
突然の行動に悪魔たちはぽかんとしていたが、“逃げられた”と気付くと血相を変えて追いかけた。



「この、降ろさぬか!!馬鹿者!」

魅惑的なアルトの声が、静かすぎる街に反響する。
聞こえてくるのは、ただサキヤマが少しも歩調を乱さずに足を動かす音だけだ。
肩の上の尼僧を、彼はちらりと見遣る。

「…馬鹿者はどちらです?シスター・エリシア、僕の話を聞いていなかったのですか」
「汝の話?そんなもの知らぬ」
「シスター・エリシア、僕たちは聖裁に来たんです。聖戦をしに来たのではありません」

僅かに咎める口調ではあるが、怒鳴り散らしはしなかった。
淡々と、彼女の非を述べていく。

「聖裁は、我々が悪魔を惨殺することを許されるものではありません。不審な動きをする悪魔のみ、処分することが許可されています。また、悪魔は…」
「回りくどいぞ、サキヤマ!はっきり申せ!」

この調子では、彼の長い長い話に付き合わされてしまう。
殴り倒したいところだが、生憎、己の武器は担がれた時に、サキヤマに奪われてしまった。
代わりに殺気を込めて、エリシアは叫んだ。

「ですから、貴女はいつも……」

そんな彼女へ説明を試みようとして、ふっと口を閉ざした。
いつの間にか、歩みも止まっている。
急変したサキヤマの様子から、シスターもその理由に気付いたらしく、不満げだった顔が真剣そうなものに変わる。

「サキヤ──」
「失礼」

結わえられた鳶色の髪があらぬ方向に舞ったのは、短くサキヤマが呟いた後だった。

「……!!」

ダークグレーの瞳は、青空を捉える。
少しして、ああ、サキヤマは自分を宙に投げたのだと理解した。
くるりと、その姿勢のまま回転して、砂埃をあげて着地する。
と同時に、神父が投げたであろう、降ってきたメイスを掴んだ。

「……貴女はいつも、こうやって悪魔を無駄に煽り、必要ない処分までしてしまう…」

サングラスを押し上げ、地に生えた無数の矢を踏み潰す。
それから視線を、武器を構える彼女へ移す。

「そして僕が、最も望まない状況を貴女は作る…知っていますか?今、七区の悪魔は全て、貴女を狙っているんですよ?」
「ふん…?漸く、汝が余を連れ逃げた理由が分かったぞ」

かつん、と煉瓦の地を打つ。
エリシアは辺りを見渡す──先程よりも、がらんと開けた場所。
そして、自分たちを取り囲むように立つ、何処からか集まってきた悪魔たち。

「汝、これだけの悪魔が居ることを余に教えるために、此処まで連れてきたのだろう?」
「……シスター・エリシア…」

何処か誇らしげにサキヤマの肩を叩き、彼の背を守るように立つ。
相方はといえば、彼女の甚だしい勘違いに嘆息を吐き、懐中時計を取り出す。
それは、訪れてから一時間が経ったことを正確に刻んでいた。