「話しても、通じなさそうだからな」
「俺様の性格だ、諦めろ」

赤く染まった指先を舐め、アキはくつくつと笑った。
アキの意識が完全にジルから逸れ、こちらに向けられたことにラズは安堵した。
あのまま放っておけば、間違いなくジルはジェイミーと同じ状態にされていたろう。
せめて彼女が少しでも回復出来るように、この男をこちらに引きつけておく必要がある。
アキの背後に見える金髪の同胞を盗み見ながら、ラズは解決策を探すべく素早く頭を回転させる。
たった今、アキに傷を負わすことに成功したが、はっきり言えば無茶な戦法を決行したにすぎない。
全力で加速して、斬りつけたのだ。
それでも肩への裂傷だけで、ダメージは決して大きくない。
一つ分かったことは、単身での攻撃は無意味ということだ。

(だとすれば、ジルと共に……)

そう考えを纏めて、如何にして実行に移すかまでを叩き出したところで、ラズは我が目を疑った。
アキの後ろで、小太刀を握り全力で走り来るジルが居たのだ。
止めろ!と声に出す前に、ジルの腕はアキを切り刻もうと振るわれていた。



鞘から白刃を抜き出し、漆黒の僧衣の男に刃を向ける。
出来る限り静かな声で、ヤスは警告した。

「もう一度だけっすよ。その手記を、今すぐ中に戻すっす」
「その警告に、俺は応じられねぇな」

エドのその回答を聞いた途端にヤスの体は動き、手記を持つ腕を斬りつけようと振られた。
ヤスが入口から離れたことにより、室内は再び暗闇に逆戻りする。
朧気な明かりしかない中、エドはにやりと笑い、手記を素早くダイナの方へ投げると白刃を躱した。
間を置かずに剣を握る手に蹴りを放った。
即座にヤスは反応して、その攻撃を受け止めた。

「おい、ダイナ。五分だけそれを仕舞っとけ」
「五分で勝負が着くと思ってるっすか」
「ああ、五分後、お前はこの世から消えなくちゃならねぇんだよ」

反動を付けて離れると、エドはそう未来を決め付けた。
当然、ヤスはその内容に顔をしかめる。

「あんた、あんまり大口叩くと後悔するっすよ」
「ははっ、天下のミュステリオン様にそんな口を利く人間がいるとはな。面白い……俺はエド。ミュステリオン諜報局員だ、冥土のみやげに覚えてけよ」
「……俺はヤスっすよ」

手短にヤスは名乗り、膝を曲げ伸ばした瞬間の力を使って、剣の切っ先を突き出した。
一瞬エドは驚いたように目を開いたが、すぐに卑しい笑みを浮かべる。
僅かに身を逸らし、剣の鍔へ拳を叩き落とした。
バランスを崩し、前につんのめるヤスの襟首を掴み、自分の方へ手繰り寄せる。

「見かけによらず、お前は熱いな?ミュステリオンに入るといいぜ。すぐに使ってもらえる」
「あんたから言われても、全く説得力ないっす、ね!」
「いっ……!!」

ヤスが踵でエドの足の甲を思い切り踏みつけると、襟首を掴む手が離れた。
その瞬間を逃さず、更にヤスは剣の柄を相手の鳩尾に叩き込んだ。
二重の苦痛にエドは意識を持って行かれそうになるが、気力で現実に繋ぎ止めた。
お陰で彼は、ヤスが横へ薙ぎ払った刃を避けることが出来た。

「まぁ、あんたの腕だけは確かみたいっすから、信じてもいいっすけど」
「あーいってぇ……容赦ない確認法だな」
「でも残念ながら、俺は儀式屋の旦那と契約してるっすから、無理っすね」
「……儀式屋だって?」

エドは懐疑的な声を上げた。
何食わぬ顔でヤスは頷く。
俄かに神父は険悪な顔付きになると、今までこの流れをずっと見ていたダイナを睨んだ。
つられてヤスもそちらを見て、えっと思わず声を出しそうになった。
常にクールであまり表情の動かない彼女が、今、狼狽えたように後退りエドから距離を置こうとしている。
その彼女へ大きく一歩を踏み出し、白い手首を強く掴み取った。

「どういうつもりだダイナ!!儀式屋の人間だなんて、聞いてないぞ!」
「………っ」
「俺たち、儀式屋の人間をさっき一人手に掛けたんだぞ、どうなるか分かってんのか!?」
「それは、」
「あんな奴を殺してしまうなんて……!」
「……大丈夫よ。彼は、死んでないわ」
「何が大丈夫だ!奴はお前が…………おい、今、何つった?」

焦燥感が見え隠れするが、それでもダイナはぎこちなく笑って繰り返した。

「彼は、死んでないわ」